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[長編小説] あいのかたち 〜刹那〜

「ん・・・」

ゆっくりと、唇を啄む。
だんだんと角度が深くなり、やがて私の両腕が彼の首の後ろに回され、後頭部を優しく抱きしめる。
唇だけでなく、手のひら、腕、胸、お腹、太もも。
全身で彼の感触を感じながら、お互いがお互いに溶け込むように、抱きしめ合う。
心地よい粘着質な音が、私の中の、何かをゆっくりと呼び覚ましていく。

ひとしきり、お互いを貪った後は、そっと唇をはなし、見つめ合う。
少し照れ臭そうにはにかんだ後、ちょっと背伸びをして、彼のうなじに顔を埋める。
タバコの匂いと、彼の体臭、ほのかなコロンの香り。
胸いっぱいにその匂いを吸い込み、もう一度、彼をぎゅっと抱きしめる。

愛しい。
ただそれだけの時間。
こんな感覚、いつぶりだろうか。
時が止まるって、こういうことを言うのだろう。
この時間だけは、私たち2人だけの時間なのだ。
このひと時だけは、誰にも邪魔できない。

「何考えてる?」

吐息と共に、耳に忍び込んでくる彼の囁き声。
私の体は、もうそれだけで、ビクッと戦慄いてしまう。
体の奥底から何かがじわっと溢れ出して、私の中の予感が、確信に変わる。

私はこの人を、愛しているのだ。
理由なんてわからない。
そんなのどうでもいい。
ただ私の心と身体が、この人を求めているだけ。

「あなたのこと」

真っ直ぐに目を合わせる。
自然と口元がほころび、笑みがこぼれる。

黙って彼が、私の唇に、再びその唇を合わせる。
今度は少し強引に、私の中をゆっくりと蹂躙するように深く、口付ける。
彼の舌の動きに全身で答えながら、たまらず、吐息がこぼれる。その吐息すらも飲み込むように、彼は包み込むようなキスを続ける。

トロけてしまうのだ。
彼の腕の中で、抱きしめられ、キスを浴びるだけで、私はもう、全身軟体動物みたいに、骨抜きになってしまう。

彼の唇が、名残惜しそうに、優しく離れる。
その唇を追いかけるように、私からまたキスをせがむ。

終わりがない私たちの行為は、どこへ辿り着くのだろうか。
ふと頭をよぎる考えは、さらに深いキスでどこかへ押し流される。

今だけでもいい。
明日がなくてもいい。
刹那的でもいい。
この瞬間を生きたい、という私の欲望と直感に、今は身を委ねていたい。
どうしようもなく迸るあなたへの愛を、あなたに、私に、刻みつける。




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