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[短編小説] ホ・オポノポノ

いつだって、ワタシはここにいたのだ。

押し込められ、虐げられ、存在を無視され、否定され、この世から亡きものにされても、ワタシはいつだって、ここにいた。

最初は、「ここにいる!お願い、気づいて!」と、一生懸命声をあげていたけれど、いつしか、沈黙を守るようになった。

何を言っても、どう騒いでも、響かない。
誰にも、届かない。

どんな手段を使っても、何も変わらない。
変えられない。

もう、疲れてしまった。

喉が張り裂けんばかりに叫ぶことも。
爪が割れるくらい、壁を引っ掻くことも。
足が棒になるくらい、地団駄を踏むことも。

だから。

目を伏せて、膝を抱えて、ただ、うずくまった。
何も、見えない。
何も、聞こえない。
そうすれば、何も感じなくてすむ。

30年前のあの日、私は、ワタシを、封印した。
うずまったワタシのくるぶしまで、涙の池がひたひたと押し寄せていたけれど、やがてそれも干上がった。
しゃくりあげ、小刻みに揺れていた肩は、そうして、ピクリとも動かなくなった。
虚ろになったワタシの目は、力なく閉じられ、もう何も、映さなくなった。

「さき?」

はっと目をあげると、雄太の顔があった。

「また、あの夢、見てたの?」

その問いには答えず、黙って雄太の首に手を回し、その肩に顔を埋める。
私の頭を、いつものように、ゆっくりと大きな手のひらがなぜる。
右手はそっと腰にまわされて、私たち間の境界線がなくなり、ピタリ、と重なる。
雄太の匂いを肺いっぱいに吸い込み、大きく吐き出す。

封印していたワタシが、ゆるゆるとと溶け出し、閉じられていた瞳がゆっくりと開く。

ワタシの瞳に映る雄太。
雄太の瞳に映るワタシ。

ここは、ダイジョウブ。
私が、ワタシでいられる場所。
やっと見つけた、私の場所。

もう一度、ぎゅっと雄太の首を抱きしめる。
パズルのピースのように、私たちの体は一つになる。

今、ここにいるワタシは、満ち足りていて、なんの過不足もない。
ただ自分を愛して、彼を愛して、心のままに生きる。

それだけで、いい。
それだけが、いい。
他には、何も、望まない。

こんな簡単なことに気づくのに、ずいぶん長い旅をした。
本当のワタシを抱きしめてあげるまで、気の遠くなるような時間がかかった。

ずっと、無視していてごめん。
気づいていたのに、気づかないふりをしていた私を許してください。
今も、変わらず、そこにいてくれてありがとう。
あなたを、愛しています。


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