春なのにセミの抜け殻になった日

7:00。
予定の30分遅れ。
慣れてないくせしてろくに化粧に時間をかけず、なぜかちゃんとゴミ出しと洗濯干しをおわらせた。
急いで飛び乗ったエレベーターで、兄のおさがりの時計を何度も見返す。
「大丈夫、まだ時間ある。」
駅までの自転車での道はもう慣れた。
「あの人も電車乗るのかな?」
「何の仕事してるんだろう?」
「子持ちっぽいな」
くだらないことまで考えられるようになった。
マスクの中は水滴でびちょびちょ。
「ああ、やっぱ化粧なんてちゃんとしなくてよかったわー」
とか、余計な言い訳を心の中で言う。
周りに合わせる必要なんてない。っていう考えを自然と持っているはずだったけど、最近は、なんか、違う。
無理にその考えにしがみついてる気がする。
けど、それでよかったりもする。
そのほうが、楽に生きれるから。
8:05。
電車に少し余裕を持った。
少しだけうるさい鼓動と息継ぎをみんなに聞こえないように余裕かました顔してイヤホンを耳に着ける。
あっつい。あっつい。とにかく、あっつい。
電車の窓に映った自分の髪形を見て驚いた。
大好きなお笑い芸人に寄せたはずの髪形は、ただの体育会系女子の勝負時の髪型だったから。
カチコチに固まるジェルを塗りたくってひっつめた髪形に、余裕かまして涼しげな表情を演出したその見た目は、ただただ、威圧感。
母に、顎を上げる癖をやめなさいが、身に染みた。
8:10。
電車が走り出す。
目の前には同年代っぽい女の子がいる。
上手なメイクで、息を切らして電車に乗ってきても、なんだか、学生らしくて、可愛かった。
もう、私の心拍数は静かだった。
8:20。
たった10分しか電車に乗ってないはずなのに、高校の時の片道30分とさほど変わらない気持ちだった。
なんか、せめても、とか思って、トイレで汗を拭う。
周りに誰もいないことを確認して、服をいくらか整えて、少し自分を見つめる。
「まあ、だいじょぶっしょ」
一時限目、二時限目。
だらだらと時間が過ぎた。
特に新しい友達ができるはずもなく。
唯一できた友人と初めての学食。いつもの面倒くさがりが炸裂したせいで、当初希望したカレーライスとは縄文時代にもつながりがなかったであろう、から揚げ定食を食べた。
並ぶ列を間違えたらしい。
どうして面倒くさがりが関係するんだろう、とか思う人もいるかもしれない。
並ぶ列が間違っていることは、割と並び始めた段階で気づいていたけど、面倒くさかったのだ。
いや、正直に言うと、恥ずかしかったのだ。
「え?そんなに戻るほど、カレーライスが食べたかったの?」って。
だから、私は、最初から「から揚げ定食を食べたかったんですよ」という顔付きで、まあ、正確に言えば、マスクを着けているんだから、目つきで?
まあ、どうでもいいか。めんどくさいから、ね。
昼を食べ終わって、三時限目。同じ学部の子が大勢集まって、陸上競技場でいかにも体育教師ですという感じの教授のでかい、長い説明を聞いてる。
あっつい。あっつい。いろいろな意味であっつい。
「200人以上います!できるだけ離れて座ってください!」
「聞こえない人はもっと前に来てください!」
「今日は暑いので、端的に終わらせたいんですよ。」
矛盾。矛盾。矛盾。矛盾が過ぎる。
早く終われというオーラを醸し出してみたものの、まったく伝わらなかった。周りの子は、顔を上げて真剣に聞いてた。
ちらちらと周りの女の子を見て、自分と同じように胡坐をかいているような子はいなかったことにちょっとだけうれしさを感じつつ、やっぱり恥ずかしくも感じた。
3コマが終わって、唯一できた私の友人と駅で少し遊んでみた。
遊んでみた、というのは私だけが太鼓の達人をやったからだ。
唯一の友人が見せてくれた写真はいわゆる「盛れてる」写真。
きっとプリクラ撮る?なんて聞いたほうがいいという思考回路には、一応は、到達した。なんなら、これで何周目だろうか。
何かしたいことない?大丈夫?とは聞いてるけど、「大丈夫。大丈夫」とかいう。
「大丈夫」をたくさん言っている人は、本当は大丈夫なんかじゃないんだなんて言ったのは誰ですか、まったく、困った。
ただ、偶然なこと、奇跡といったら、プラスな意味を持ってしまうから、ここでは「運悪く」と一応言っといてみます。
「運悪く」マックのアイスクリームを作る系統の機械が停止中だったのだ。
マックフルーリー食べよという流れを台無しにしやがって、、、。
そのまま、じゃあ、今日はお開きってことで!という唯一の私の友人による発言で私は友人に手を振った。
5分前には、「家に帰ってもなんもすることないし」とか言ってたっけな。
駅の地下歩道。なんにも音がしない。なんにもない。ただ涼しい。ただ一人、私が歩いてる。
マスクを少し外して、カッコつけずに汗を拭いて、グリーンダカラをがぶ飲みした。
「うま」
今日初めて言った心の底の言葉かもな。いや、あっついもそうか。
家に自転車の乗って、もと来た道とはちょっと違う、お気に入りの古びた通りをシャカシャカこぐ。
マスクの中で口角は太陽目線だ。
エレベーターに乗り込んですぐドアを閉める。そして、7を押す。
部屋に入って、下着とパンツ一丁になる。
さっきコンビニで買ってきたクーリッシュは、私の早業によりまだカチコチだ。
とっちらかった部屋を片付けて、下着とパンツ一丁でクーッリシュを吸う。
大好きなお笑い番組を見て。
洗濯ものをこんで。
鏡の前に居座って自分をぼーっと見つめた。変顔したり、自然な笑顔の練習したり、プリクラでやるっぽい決め顔の練習したり。
ふふ、自分が、情けなくて、むなしくて、可愛いな。
「人に合わせず自分は自分」の呪いにはまって、結局、周りの目をものすごく気にして、ほかの人と自分を違うものにとらえようと、ただただ、必死で。
自分を肯定するために、よく見せようと、電車、学校でカッコつけたり。
ふふ、笑えるね。
自分に心の中で爆笑と拍手喝采を送った。
部屋はすんと静か。
ただ、田舎にある実家では聞いたことのなかった車が走る音が聞こえる。
無駄に夜景もきれいで。
下着に、ドン・キホーテで買った、じゃがりこのハーフパンツをはいて天井を見つめる。
めんどくさがりでいいや。でも、カッコつけるのは、もういいや。
ぼちぼち生きてこうか。ぼちぼち。
0:28。
風呂に入って寝よう。
抜け殻だった今日の自分を愛そう。
おやすみ。

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