暗殺者の眼差し⑤
しばらくして、予想通り普段通るルートから男の車がわたしの家の方角へ向かって行った。
それを交差点の隅に隠した自分の車の中から確認したわたしは、そのまましばらく車内でジッとしていた。
なにかアクションがあるはず。
ピピピッ!ピピピッ!
乾いた電子音が男からの着信を知らせた。
ピッ
「てめぇ、どこに行きやがった!どうせ男のどこだろうが!出てこい!!」
わたしの自宅にわたしの車がないことを確認した男が、よく分からない理論を振りかざしてぶちギレている。
想像力だけは天下一だ。
そして追いかけてきたとて何がしたいんだ?また暴力を振るうつもりなんだろうか?
今思えば、これは通報案件である。
おおごとにしたくない、恥ずかしいと言う気持ちから当時は通報できずにいた。おかげで男は前科者にならずに済んだわけで、本当に感謝していただきたい。
今なら即刻通報する。
「……。」ピッ
低レベル過ぎて話すだけムダ。いったいどう考えたらこんな思考になるわけ?
無言で電話を切る。
いや、むしろ会話することが不可能だと言った方が正解かも。
さぁて、話すことは無いし疲れたし、男が帰ったら自宅に戻るか。
少し間を空けてこれまた予想通り、わたしの家の方角からアクセルベタ踏みであろうけたたしいエンジン音の男の車が来た。交差点を駆け抜けていく。
きっとイライラしているだろうな。なんて短絡的な。血眼でわたしを探しているに違いない。
とりあえずやりすごした。自分、無事でなにより。
男の車が見えなくなり、わたしはすかさずエンジンをかけ自宅へと自分の車を走らせた。
これで一安心だ。
無事帰宅し、服を着替えて身体のアザをチェックする。
ちょっと左足の付け根が黒ずんだ気がする。
嫌だな、なんでこんな思いをしなきゃいけないんだろう。
痛いのもあるけど 、傷やアザができるのは気持ちが堪える。いい加減もう関わりたくない。
そんなことを考えてため息を付いていたら、嫌なアイドリング音が聞こえてきた。
まさか、また来たのか?嫌な予感がする。
カーテン越しにソッと外を覗くと、自宅の目の前の道路に男の車が停まっていた。
ピピピッ!
まただ。もう、本当にやめてくれ。
ピッ
「オイ!てめぇどこ行ってやがった!何帰ってきてんだよ!」
思わず吹き出しそうになったのをこらえて応対した。
家に帰ってきたことを咎められるなんて聞いたことがない。相変わらずおかしな理屈だ。
「自分の家に帰るのに文句を言われる筋合いはないけど。なんの用事?」
至極当然の返しだと思う。
「まだ話が終わってねーのに勝手に帰ってんじゃねぇ!!」
「暴力を振るうことが話なの?追いかけ回してまで話す話って?そもそも何を話すの?もう痛いし体が持たないし関わりたくないから終わりにして!話すことなんか何も無いよ!もう別れて!!」
ピッ!
言った……!!!終わった!!!
ついに言いました……!!!
フーッと大きく息を吐いた。目の前が明るく開けていくような気がした。
なんで今まで言わなかったんだろう。
これで男が納得するかはわかり兼ねるが、もはやそんな事は関係なかった。
この、しょうもない無限ループだと思っていた日々を、自分の手で終わらせるという決断をした自分を褒め讃えたい。
長い時間を要したけど終わりよければすべてよし。
そして命あっての物種。すり減った心も身体も、これから少しずつ取り戻していこう。
頑張ったね琥珀。
今日はゆっくりお風呂に入ろう。
わたしは全て終わったとホッとして心の重荷を解き放ったのだった。
つづく。
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