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238.存在しない友だちについてのリミックス(シュゼー/2で割って、ふたつ余る)

だから私は、いつでも君がいたことを証明できるんだよ、シュゼー。

2で割って、ふたつ余る 1

「早希ってさぁ、まだ二番目の女、やってるの?」
酔っ払って顔を真っ赤にした住吉が、隣に座る早希に聞いた。そこまでプライベートな話題に踏み込むなよ、と俺は内心ひやひやする。
「そうそう、今付き合ってる人もね、本命の子が別にいるんだ〜」
早希が平然と答えた。その口調から悲しみや後ろめたさは感じられず、かといって自虐ネタにしているわけでもなかった。心から「二番目の女でいること」の正しさを信じきっているのだ。
好きな人に期待して、何も手に入らないのは怖い。運良くその人にとっての一番になれたとしても、いつかその幸せが失われるんじゃないかと怯える日々を送らなければいけなくなる。それならいっそのこと、二番目になればいい。そうすれば期待がない代わりに絶望もなく、穏やかに日々を過ごせるのだ、ということらしい。
住吉は早希の言葉に聞き入っているが、わざとらしく「ふむふむ」と相槌まで打っているので、まともに聞いているのか悪ノリなのかわかったもんじゃない。俺は2人のやりとりをうんざりした気分で聞き流しながら、テーブルの上に残された唐揚げや厚焼き玉子を口の中に放り込んでいった。

「二番目でいいって話、もうすぐ結婚の久保っちとしてはどう思う?」
「え」
急に話を振られて面食らった。住吉め……。
「へぇ〜、久保くん、もうすぐ結婚するんだ!おめでとう」
お祝いムードの声色でそう言う早希だが、目は笑っていない。
「いやまぁ、俺の場合はさ、今の彼女が初めて付き合った人だし、二番目がどうこうって話はよくわかんないから……」
「久保くん、初恋の人と結婚するの! いいなぁ〜」
早希の声のトーンがどんどん冷たくなっていく。「いいなぁ〜」がうわべだけの言葉であることを隠そうとしていない。
「あれでしょ、久保っちの彼女って中学からの同級生なんでしょ?」
住吉、話を広げるな。
「そうなんだ〜! え、どんな人? どうやって付き合ったの?」
絶対興味ないだろ、と思いつつ、逃れられそうにも無いからしぶしぶ話す。

シュゼー 1

シュゼーと知り合ったのは大学のフランス語のクラスだった。写真が趣味のシュゼーは、憧れのカメラマンがフランス人だったり、将来は留学したいと考えていたりしたので、フランス語をかなり熱心に勉強していた。成績もよかった。
一方、私は「なんとなくかっこいいから」という理由でフランス語を選んだんだけど、めちゃくちゃ難しくて、かなり後悔していた。
さすがに一年生の必修の語学で単位を落とすのはマズい……。そう思って大学の食堂に自習をしにきたところ、たまたまシュゼーが昼食を食べているのを見つけた。その時は彼の名前も覚えてなかったけど、同じクラスで成績のいい人だと知っていたので、思いきって話しかけた。
「あの、語学のクラス、同じだよね。ちょっとわかんないところがあって教えてほしいんだけど……」
なんだかかなりテンパってしまい、ものすごく挙動不審な感じになっているのが自分でもわかった。
「えっと、住吉さんだよね」
シュゼーは私の名前を覚えていた。というか、彼は昔から記憶力が抜群で、最初の授業で一人ずつ軽く自己紹介したときにクラス全員の名前を覚えてしまっていた、ということをあとで知った。
シュゼーは食べていた学食名物のハヤシライスを脇に置いて、「語学、どこがわかんないの?」と言った。私が慌てて教科書をカバンから引っ張り出そうとしたら、手がぶつかってハヤシライスの皿をひっくり返してしまった。しまった……と一瞬血の気が引いたけど、彼は慌てすぎな私の様子を見て爆笑していた。

2で割って、ふたつ余る 2

「それってさ、ペア組むときに余ってたのが別の女子だったら、その子を好きになってたかも、って話?」
「は?」
「お互い向かい合って絵を描くっていう状況がさぁ、思春期の2人にはドキドキするシチュエーションで、ときめいちゃいました〜、って話でしょ?」
「いや、そうじゃなくて、ただ最初に依子のことを意識し始めたきっかけってだけで……」
「本当に、依子ちゃんだったから好きになったの? 別にどの子とペア組んでもドキドキして、好きになってたんじゃないの〜? ねぇ、沙穂もそう思うでしょ?」
「いやぁ、どうかなぁ……」
「……そんな過去にまで遡って、たらればの話しなくてもいいだろ」
「だってさぁ、実際そうじゃん? 他の子とペアになっても、絶対ドキドキしちゃって好きになってたでしょ。その相手がたまたま、依子ちゃんだったってだけで」
「そんなこと言い出したら、なんでも疑わなきゃいけなくなるだろ? そんなんだから、ずっと二番目の女に甘んじてるんだよ、お前は」
「え? なんでそんな話になるの」
「一番好きっていうのはさ、たらればなんか考えないってことだろ。相手をめちゃくちゃ信じるってことだろ。それをいちいちなんでも疑ってかかるから、誰のことも一番好きになれないし、誰かの一番にもなれないんだよ!」
「『信じる』って素晴らしいことみたいに言うけどさぁ、それって相手について考えるのを途中で投げ出してるのと一緒だからね。『あなたのこと信じてる』っていうのは、不安とか恐怖から目を逸らしたい自分を良しとするための言い訳なんだよ。信じてることにすれば、相手のことを疑わなくて済むから。それってさ、二番目に好きな人と一緒にいれば、不安を感じなくて済むっていうのと、そんなに変わらないでしょ。不安を見ないようにするか最初から避けるかの違いはあるけど、自分が安心したいっていう意味では同じでしょ。久保くんは私の方がおかしいってことにしたいみたいだけど」

シュゼー 2

大学3年生の年末、友達数人で忘年会をやった帰り道、駅のホームで電車を待ってたら、さっき別れたばかりのシュゼーからLINEが来た。なんだろうと思って見てみると、スマホの画面に私の写真が表示された。ついさっきの飲み会で酔っぱらって真っ赤な顔をした私の写真。撮られてたこと、全然気づかなかった。
「撮った」ってシュゼーからLINE。
「撮らないでよ(笑)いつの間に撮った」って私。
「いや、なんか楽しそうだったから」(漫画のキャラがカメラ片手に『シャッターチャンス!』って言ってるスタンプ)
「撮られてたの全然気づかんかった〜。ていうか人撮るの自体珍しくない?」
「そう?」
「そうだよ、無くなりそうな建物ばっかり撮ってるじゃん」
「あー(笑)でも、住吉さんもなんかの拍子にいなくなっちゃいそうじゃん」
「なんじゃそりゃ!(笑)」
LINEでやり取りしながら、酔っぱらいの私はゲラゲラ笑う。
「じゃあ、もし私がいなくなっても、シュゼーが覚えててくれるから安心だね」
「そうだね〜」(漫画のキャラが『任せとけ!』って言ってるスタンプ)

2で割って、ふたつ余る 3

「あれ、早希は?」
会計を済ませて店から出てきた住吉は、辺りをきょろきょろ見回す。
「もう帰った。終電間に合わなさそうだからって。住吉によろしくって言ってたよ」
本当はそんな会話なんてしなかったが、一応住吉を気遣って、そう言われたことにしておく。

「なんかごめんね。最後、変な空気にしちゃって。私が早希にあんな話を振るから……」
駅まで歩く道すがら、住吉が申し訳なさそうにそう言った。酔いはすっかり覚めてしまったらしい。
「……実は最近ね、会社で『もしかしたら私のこと好きなのかな?』って思う人がいて。でも正直、私はその人のこと、『優しいな』とか『一緒にいると楽しいな』とは思うけど、一番好きってわけじゃなくて……。そういう人と付き合ったりするのってどうなのかなぁって悩んでたから、早希に話を聞いてみたかったんだよね」
「ああ、そういうこと」
「でも、参考にならなかったなぁ」
住吉が苦笑する。
「あれは極端だもんなぁ」
「久保くんだって『信じるっていうのは〜』とか言って、結構極端だよ」
「え、あれ、聞こえてたの?」
「聞こえてたよ! 声、大きかったもん」
「うわー、恥ずかしいわ」
「久保くんもなかなか極端だと思うよ」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
駅の改札を通り、ホームへ上がる。なんとなく、思いついたことを住吉に聞いてみる。
「住吉はさぁ、今までの人生で『この人、一番好きだな』って思ったことないの」
「うーん……。昔を振り返ってみて『あー、私ってあの人のことが一番好きだったんだなぁ』って思うことはあるかな」
「え、そういう人いるんだ。一番好きだって思うんだったら、今からでも連絡とってみるっていうのは……?」
「……でも、もうその人、いなくなっちゃったから」
宙をぼんやりと見上げながら、住吉が呟いた。
「それって……」
詳しく聞いていいのかためらっていると、住吉の家の方へ向かう電車がホームに滑り込んできた。
電車に乗り込んだ住吉はドアが閉まる直前、まっすぐ俺の方を見て言った。
「久保くん、依子さんのこと、大切にしてあげてね。一番好きな人と一瞬でも一緒に過ごせることって、本当に、ものすごく素晴らしいことだから」

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