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短編小説 歌舞伎町の水先案内人

第1章
人を喜ばせると金になる

美味しいものを食べたい、ブランドものを身に付けたい、誰かに認められたい、芸能人と付き合いたい。

欲求の隙間を埋めることで、喜んでもらいその対価を払う。
それはまさしく客の欲を満たす、プッシャーだ。
Netflixでみた海外ドラマの麻薬の売人がそう呼ばれていた。

誰かを喜ばす喜びに翻弄される人がそこにはいた。

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2015年5月。新宿歌舞伎町区役所通り。飲み屋からたくさんの酔っ払いゾンビが湧き出てくる。
昔やったバイオハザードのようだ。終わりがない。

ピシッとしてて薄いストライプがはいった紺色のスーツ。真っ赤な無地のネクタイがアクセントを担当している。スマートウォッチをつけた右手にタブレットを脇に抱えて立ちすくむ。

ヒデはいつものようにレッドブル片手にタバコを蒸しながら、街を歩く人を眺めていた。

その日は歌舞伎町でも有数の人通りの多さ、風林会館横にあるファミリーマートの前で人の流れを見守る。
5〜6体のゾンビたちがこちらにふらつきながら歩いてくる。集団の先頭でケバブを食べているリーダーゾンビに声をかけた。

「お姉さん方おはようございます!?ちなみに2件目のお店は何をお探しで?」
「お姉さんって俺?おまえ俺還暦前のおっちゃんだよ?。」
「え、マジですか?てっきりこれからネイルでも行くのかと思いましたよ」
「んで、お兄さんは何屋さんなの?」

ほとんどのお声がけは目も合わされずただ無視される。
客引きを成功させるコツ。まずは対話を始めることだ。

まず、声をかける相手の年齢、性別、服装、アクセサリーから瞬時にタイプを判断する。そして聞き流して無視できような単語を選別し一度脳内シェイカーにかけてから言い放つ。

昨年発令された都が定める客引き禁止条例の施行によって、お店は直接的に客引きを行うことが難しくなった。
店が客引き担当を直接雇用していると、条例違反の違法行為で足がつくからだ。

だが、飲食店激戦区の歌舞伎町でお客さんを集めるには、顧客を集める手段として客引きは最も効果的なことも事実だ。

そして「フリーランス」となった客引きが、力ある「マーケティング担当」として権力を持ち、客引きと店の力関係は逆転した。

客引きにはグループごとにシマがある。それぞれのシマはせいぜい直線距離にして30メートルくらいの範囲だ。

長々と会話をしている余裕はない。
最初の一声で興味を引く。
3ラリーの会話でどんな欲求を満たしたいかを定める。
僕が紹介するお店にいって、お客さんが満足している様をLINEのトーク画面で見せ、安心してもらう。
一度お店を紹介したお客さんが再び歌舞伎町に足を運んだ際に、電話で連絡をくれるのだ。そのやりとりを見せて信頼してもらう。
ここでやっとお店を紹介する。
お店を紹介した後にすかさずぼったくりバーの実態とその客引きの見極め方をレクチャーするのだ。

接客が劣悪なキャバクラやぼったくりバーを紹介して稼いでいる、山賊のような客引きも多いが僕はそれをしない。

お客さんを満足させ、リレーションシップを気づくことが最も重要だ。
たとえ客を騙して目先の大きな報酬を手に入れたとしても、積み上げにはならない。

毎週木曜日決まって歌舞伎町で飲んでいる警備員のお兄さんから着信が入った。
「ヒデさん、お疲れ様です。」
「しゅんたくんお疲れ様。どうした?」
「今焼肉食ってるんですがこの後4人で2軒目行きたいんですが、いいお店ないですか。まだ行ったことないお店がいいです。」

ヒデはipadを取り出しメモした。
エクセルできれいに整理された顧客リストには、以前紹介したお店の情報はもちろん、顧客の年齢、職業、趣味まで管理されている。

「わかった。行ったことないとこね。いっつも一緒に飲んでる人たち?」
「いや、地元の友達が東京に遊びに来てるんですよ。それで焼肉食い来て。」
「そうなんだ。俊太くん地元秋田でしたっけ?」
「そうっす秋田です。後30分くらいしたら店出ると思います。」
「店予約しておくので、時間になったらファミマの前に来てください。」
「ありがとうございます。失礼します。」
電話が切れると、ヒデは秋田の夜の遊び場を調べ始めた。


まだ21時なのにもかかわらず今日は仕事が捗る。
明日は祝日だからなのだろうか。
ひっきりなしにくるLINEと電話を器用にこなして行った。

さっき新規のお客さんを紹介したキャバクラから着信が入る。
「ヒデさん、お疲れ様です。先ほどご紹介いただいたお客様が間も無くご帰宅です。もう一件くらい飲み行こうかなってお連れの方とお話ししていました。」
「お疲れ様です。連絡ありがとうございます。これから向かいます。」

ヒデは吸っていたタバコを急いで消し、お店が入っているビルの下に向かった。


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一日中立ちっぱなしの仕事の後に、20分のサイクリングは体が堪える。
だけど自転車を漕いでいる間は、頭の中を空っぽにできるので大好きな時間だ。

人のいない国道246号線ただひたすらにペダルを漕ぐ。

左手に登場する清冽な空気に包まれた代々木八幡宮の前を通過する時は、気持ち会釈しながら通過した。
出世のパワースポットには無礼なことはできない。

目黒川を超える頃には銀杏Boyzだ。
帰宅する際のプレイリストの大トリが登場するともうすぐ到着だ。

公園沿いにあるアパートの203号室にはまだ電気がついていた。
少し一服してから部屋に入ろうとした。
「こんな時間からどこにいくの?ねえ。おーい。」

カエデの声が家の中から聞こえた。かれこれ1年くらいは同棲している。
もう午前3時になるのにこんな時間まで何をしているんだろう。

ドアを開けて僕はいった。
「ちょっと一服してくるね。」
「おかえり。あ、違う。今の明日のwebcmのセリフ。明日8;00から撮影でさ。」
買ってきたポンデリングをリュックから出してそのまま献上した。

「車かなんかのCM?」
「違う違う。なんか最近できたばっかのアウトドアブランド。キャンプとか山上りとかの時に着るような服だよ。」
「なんか。似合いそうだね、アウトドアの服。CM完成したら教えて。」

「え、いやだ。そうだ、明後日午前中で仕事終わるから午後どっか行かない?」
カエデはいつも嫌だとは言うがなんだかんだいつも見せてくれる。

「午後ね、明日どこで仕事?その近くまでいくよ。」
「鎌倉だったはず。終わったら連絡するね。」

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携帯のバイブがどこかでなっている気がして目覚めた。
「え、今何時?外暗い?」
最高レベルの遮光カーテンをしているので、今何時かいつもわからない。
朝方眠りに落ちる人にとっては、睡眠の質を必須アイテムだ。

横でカエデは眠っていた。
「あった。なんでいっつもここに落ちるんだよ。」
ベットの隙間から携帯を引っ張り出して着信履歴を確認した。
「拳士さんからだ。なんだろ。今日休みって伝え忘れたかな。」

すぐに折り返しの連絡を入れた。
「お疲れ様です。すいません、寝てました。今日僕おやすみをとっていて.....」
「お疲れ。おやすみの日にすまん。ちょっと緊急事態だから歌舞伎町これる?」
「はい、すぐ家でれるので30分くらいあればつけますが、緊急事態ってどうしました?」
「きたら詳細話す。いつものファミマにきたら連絡して。」
「わかりました。すぐ出ますね。」

いつもきていたスーツはクリーニングに出していた。
休みだしいいかと思い、適当なパーカーを羽織って、あとで髪をセットするための小さいジェルを持って自転車にまたがった。

金曜日ということもありすでに結構混んでいた。
歌舞伎町の入り口に自転車を止めて歩いてファミマを目指した。

突然、歌舞伎町に設置されているスピーカーからは何かのラスボスのような声でアナウンスが流れた。

「はっはっはっはっはっは。歌舞伎町を楽しむ善良なる諸君。私は皇帝ウィンドブラストx。」
街を歩く人はざわざわする。

「一言ご注意申し上げる。貴公は知っておるか。客引きが全員ぼったくりであるということを。3倍どころではない。何十倍もの金額を請求されるぞ。
あえて言おう。奴らはカスであると。200%、200%ぼったくりだ。ぼったくりの客引き、ヤラセはせんぞ。」
街の中から笑い声が聞こえた。

そういえば昨日朝のニュース番組でやっていた。
東京オリンピックに向けて、東京の街をクリーンにする浄化作戦。
その一環として東京を代表する繁華街歌舞伎町のぼったくりを撲滅する計画だった。
健全なお店の客引きも込みでまとめて撲滅するつもりだ。
「客引きはカスだ」と。

笑い声がずっと耳に残る。

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翌日。少しずつ歌舞伎町でシャッターを閉めるお店が増えてきた。
歌舞伎町の奥にある店、ビルの中にある店は新規のお客さんを獲得する手段を失った。新規のお客さんが獲得できず、テナント料がものすごく高い歌舞伎町は、経営体力勝負になった。

人気のある店は、常連さんが来店しなんとか延命措置が施されていた。

「ごめんヒデさん、うちに優先的にお客さん流してくれない?」
お得意さんのキャバクラ、ルシールの店長から連絡があった。

返信を打ちながら根城のファミリーマートへと向かって歩いていると、客引きの大先輩拳士さんが何か考え事をしている様子で立っている。
ヒデ「あ、拳士さんおはようございます。さっきルシールの店長から優先的に客を流してくれって連絡きたんですけど、実際1日何軒くらい引けてますか?」

拳士「俺のとこにはエルメから連絡きた。実際新規のお客さんは1日1件くらいだよ。例の放送が30分おきにかかるからみんなビビって無視していっちゃうし。」

ヒデ「そうなりますよね。確実にぼったくられるみたいなこと言ってますからね。ぼったくりの取締りはわかるんですが、客引き自体を取締る意味がわからないです。」

拳士「そうなんだよね。今回はなかなかひどい。優良店でもお客さんくれって連絡してくるとこもあれば、条例違反になるからお客さんもう送客しないでって店もある。そもそもの話、ぼったくり店は条例なんて最初から守る気ないから、今回の取締りって優良店だけ苦しむと思うんだよね。」

拳士さんの懸念通りになっていった。取締りとは裏腹に、優良店は廃業に追い込まれ、ぼったくり店が幅を利かせていった。


その1週間後、ヒデは都ぼったくり防止条例違反の疑いで逮捕された。

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