オウトウショウジョウバエの産卵場所 ~微生物はお嫌いですか?~ 論文紹介
オウトウショウジョウバエの産卵場所 ~微生物はお嫌いですか?~
論文名 Drosophila suzukii avoidance of microbes in oviposition choice
産卵場所選択におけるオウトウショウジョウバエの微生物忌避
著者名 Airi Sato, Kentaro M. Tanaka, Joanne Y. Yew and Aya Takahashi
掲載誌 ROYAL SOCIETY OPEN SCIENCE
掲載年 2021年
リンク https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsos.201601
オウトウショウジョウバエの産卵場所選択における微生物の影響についての2021年の論文です。
ハエは世代交代の速さと扱いやすさから、遺伝学の発展とともに重要なモデル生物になり、今でも実験動物としてよく使われます。ハエの中でも、キイロショウジョウバエが主に研究に使われ、遺伝子の一部が変異した変異体が多く作られ、研究資源として維持されています。日本でも国立遺伝学研究所を中心に実験用のショウジョウバエが飼育維持され、研究機関に提供されています。このように、キイロショウジョウバエは研究の世界では非常に有名なのですが、今回の論文で主に扱われているのは、同じショウジョウバエですが、種が異なるオウトウショウジョウバエです。
熟したイチゴと腐ったイチゴがある場合に、キイロショウジョウバエは腐ったイチゴに、オウトウショウジョウバエは熟したイチゴに卵を産み付けることが分かっています(漫画「卵を産み付ける場所」参照)。産卵場所が重ならないようにしているのは、エサの取り合いによって産まれてきた幼虫の生存率が低下することを避けるためだと考えられます。つまり、生き残るために産卵場所を変えるように進化したと言えるでしょう。
では、卵を産み付けるメスは産卵場所をどのようにして決めているのでしょうか?ひとつは、産み付ける場所のかたさの違いが考えられます。腐ったイチゴは腐っていますので柔らかくなります。ハエがそこにとまった時にかたさを判断しているということです。しかしながら、これまでの実験で、かたさだけでは説明できない結果が得られたことから、他の原因も関係していることが考えられます。そこで、この論文では、イチゴを腐らせている微生物が一つの原因では無いかと仮説を立て、実験によってそれを証明しています(漫画「かたさだけじゃない?」参照)。論文の中では、非常に似た実験を行っていますが、最初の実験は、卵を産み付ける場所のかたさを揃え、微生物がいる・いないで比較し、次の実験では、微生物がいる・いないで揃え、かたさの違いで比較しています。それぞれの実験から得られた結果を比較し、2つの条件の優先順位について議論しています。
論文では、かたさと微生物の2つについて、オウトウショウジョウバエがこの2つの情報を処理しているのかについても考察していますが、その分子的メカニズムや、神経回路が実際にどのように活性化されているのかまでは分かっていません。この論文で明らかになった行動のメカニズムを全て明らかにすることは非常に難しいと思いますが、それが明らかになれば、近縁種であるキイロショウジョウバエと比較をすることで産卵場所を変えるという進化がどのようにして起こったのかを知ることができると思います。進化の過程を知ることつながる研究になる可能性があると考えると、今後の研究が楽しみになります。
補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。
この論文で分かったこと
・産卵場所が柔らかい場合、オウトウショウジョウバエは微生物がいないところに産卵する。
・産卵場所が硬い場合、オウトウショウジョウバエの産卵場所選択は微生物によって変化しない。
・微生物がいる・いないに関わらず、オウトウショウジョウバエには産卵場所の硬さの好みはみられない。
・ショウジョウバエでは微生物がいるところに産卵することは祖先的な特徴で、進化の過程でオウトウショウジョウバエは微生物がいるところを避ける特徴を獲得したと考えられる。
[背景]
産卵場所の選択は、昆虫種の子孫の生存率を決定する重要な因子です。栄養的に適した資源は他の昆虫に多く利用され、子孫は激しい競争にさらされるでしょう。オウトウショウジョウバエ (双翅目ショウジョウバエ科)のメスは、鋸歯状の産卵管を用いて成熟果実の皮を貫通し、果肉に産卵する能力を持っています。他の多くの近縁種のショウジョウバエは発酵した果実に産卵するため、この行動によってオウトウショウジョウバエは種間競争が激しくなる前に炭水化物が豊富な資源を利用することができます。
成熟果実に産卵するための行動の変化は、産卵器の形態だけでなく、産卵対象を評価するために用いる感覚系の変化を伴っていたに違いありません。これまでの研究で、熟したイチゴの果実と腐ったイチゴの果実がある場合に、他の研究と同じように、オウトウショウジョウバエは腐った果実より熟した果実を強く好みますが、キイロショウジョウバエは反対の傾向を示し、腐った果実を好むことが分かりました。同じ実験で、 オウトウショウジョウバエの近縁種であるbiarmipesショウジョウバエ(Drosophila biarmipes、和名が付いていない)は、熟した果実と腐敗した果実の間でどちらかを好むという傾向を示さず、 オウトウショウジョウバエとキイロショウジョウバエの間の中間の進化段階にあることが分かりました。biarmipesショウジョウバエとキイロショウジョウバエは同様に軟らかい基質を強く好みますが、 他の研究で報告されているように、オウトウショウジョウバエは硬い寒天と軟らかい寒天の両方に産卵しました。そのため、これらの研究から、 オウトウショウジョウバエは硬さの異なる基質を含め産卵可能な基質の範囲を広げており、必ずしもより硬い果実表面を好むとは限らないことが考えられます。(補足:基質は産卵される対象となる寒天や果実のこと。)そのため、産卵基質として熟した果実を強く好む理由を、その硬さだけでは説明できません。biarmipesショウジョウバエ系統から分岐したオウトウショウジョウバエが、未利用資源へ急進的にシフトした根底には他の感覚刺激があるように考えられます。
オウトウショウジョウバエの化学感覚系の進化的変化と、成熟果実からの誘引物質に対する応答は報告されていますが、発酵した果実が持つと思われる忌避作用については詳細に研究されていません。これまでの研究で、キイロショウジョウバエが事前に産卵した基質では、オウトウショウジョウバエの産卵数が有意に減少しました。このような忌避行動を引き起こす要因は知られていません。他のハエから付着した集合フェロモンが一つの有力な要因です。加えて、果実に訪れたハエや周囲の環境に由来する発酵した果実に存在する微生物集団は、集合シグナルの別の発生源となります。非病原性微生物の存在は、成虫の集合、摂食の決定、および産卵の選択を含む昆虫における幅広い行動決定に関与しています。共生微生物と提携することは、病原微生物からの保護、栄養資源へのアクセスの増加、および子孫の生存率の改善を含むいくつかの利点を昆虫宿主に提供します。微生物環境に対するオウトウショウジョウバエの産卵応答はほとんど研究されていませんが、本種における新しい宿主開拓の重要な側面を示している可能性があります。
果実の状態を評価し、産卵場所を決定するためには、複数の感覚的手がかりを統合しなければなりません。オウトウショウジョウバエは、資源の利用可能性を当てにして、成熟した果実と発酵した果実の間の複雑な決定を行う能力を持つことが報告されています。本研究では、オウトウショウジョウバエが感知する未調査の因子の1つが、同種および異種の個体によって付着された発酵した果実に存在する共生微生物であると仮定します。このような微生物からの化学物質 (微生物による代謝産物) を伴う果実を避けることは、過熟または発酵反応が進行する前に果実資源にアクセスするための効果的な戦略です。しかし、触感のような他の情報も知覚され、最終的な決定を行うために使用されているように思われます。実際に、キイロショウジョウバエでは、機械感覚 (触覚) と化学感覚 (味覚) の情報が統合され、摂食と産卵を直接決定します。そのため、産卵場所を選択するための異なる意思決定基準を持つbiarmipesショウジョウバエおよびキイロショウジョウバエと比較して、オウトウショウジョウバエでは異なる感覚情報がどのように処理され、統合されるかは興味深い問題です。
本研究では、オウトウショウジョウバエ、biarmipesショウジョウバエ、およびキイロショウジョウバエの産卵場所の好みに対する共生微生物の影響を、基質の硬さの影響とは無関係に、またはその影響と組み合わせて調査しました。本実験では、オウトウショウジョウバエは他のハエから付着させられた微生物を強く忌避しました。この反応は他の2種とは異なることから、この行動はbiarmipesショウジョウバエからの分岐後にオウトウショウジョウバエに至る系統で進化したと考えられます。さらに、産卵場所選択に対する硬さと微生物の有無の組合せ効果を調べました。基質の硬さによる機械的刺激は、微生物化学シグナルの影響に優先しました。この性質は、硬さと微生物に対する好みが異なるものの、 3種間で保存されていることが分かりました。
[結果]
微生物の存在に対する産卵場所の好み
産卵はフェロモンや微生物の存在によって影響を受けます。これら2つの可能性を区別するために、初めに、微生物だけが産卵場所の好みに影響を与えることを調べる方法を確立しました(図1a)。りんごジュースの寒天の上で成虫ハエ約150匹を8時間飼育した後、寒天の表面を水で洗いました。洗浄水には、成虫ハエから寒天に付着させられた物質が含まれています。その洗浄水を滅菌された培地に加え培養しました。対照群として、ハエを飼育していない寒天の洗浄水を用いました。ショウジョウバエの化学的コミュニケーションで使用されることが分かっているフェロモンの多くは、疎水性炭化水素、ワックスエステル、ワックスアルコールですので水に溶けることはなく、洗浄水には含まれていないと考えられます。成虫ハエを飼育した寒天の洗浄液を培養した培地では微生物のコロニーが確認できましたが、対照群ではコロニーは見られませんでした。これらの培地が混在する空間でショウジョウバエのペアを飼育し、産卵された卵を計測する産卵実験を行いました(図1b)。
柔らかい寒天培地(1%寒天)を使った産卵実験の結果から、オウトウショウジョウバエは微生物のコロニーが存在する産卵基質を避けることが分かりました(図2a)。付着物の含まれる基質と含まれない基質(対照群)との間の選択を考えると、オウトウショウジョウバエの付着物の含まれる基質に対する好み指数は明らかに0より小さくなることから、微生物が産卵を妨げていることが分かりました。対照的に、キイロショウジョウバエは微生物が存在する基質を好んだことから(図2a)、微生物の存在がこの種では産卵場所の選択に前向きに影響したことが分かりました。この好みの進化的軌跡を明らかにするために、同様の実験をオウトウショウジョウバエの近縁種であるbiarmipesショウジョウバエを用いて行いました。意外なことに、キイロショウジョウバエと同じように、微生物はbiarmipesショウジョウバエの産卵場所の選択に前向きに影響したことから(図2a)、共生微生物が存在する場所に産卵することを好むことはこれらの種では祖先的な特徴であり、biarmipesショウジョウバエはその特徴をまだ維持していることが分かりました。これらの結果は、付着させられた微生物が同種からでも異種からでも、同じになりました(図2a)。そのため、微生物が存在する基質に多く産卵する傾向から少なく産卵する傾向への劇的な変化は、biarmipesショウジョウバエの系統から分岐した後にオウトウショウジョウバエ系統が進化する過程で起こったと予想されます。
洗浄水に含まれる微生物の存在が、産卵場所選択の主な要因であることを確かめるために、洗浄水を0.22 μmのフィルターでろ過し栄養素、代謝物、フンに含まれる他の低分子化合物を維持しながら微生物と食物片を取り除きました。全ての種で、ろ過滅菌洗浄水の使用によって、前向きにも後ろ向きにも産卵場所選択の好みが消失しました(図2b)。そのため、ろ過によって取り除かれた微生物が産卵場所選択の好みに影響する主な要因であると考えられます。
ハエを飼育した寒天の洗浄水に存在する細菌種を同定するために、24-40時間培養した微生物コロニーを使い、16SリボソーマルRNA遺伝子の配列をPCRで増幅しました。(補足:リボソームはたんぱく質の合成に関わるたんぱく質であり、全生物で配列が非常に似ているため、共通配列を使ってPCRを行うことができる。その配列の僅かな違いをデータベースと照合することで、どの生物に由来する配列であるかを決めることができる。)細菌種を属まで同定したところ、本研究の産卵場所選択実験で使われた細菌は主にアセトバクター属とグルコノバクター属でした。(補足:ともに酢酸菌。)
微生物の存在と産卵基質の硬さの組み合わせ効果
化学感覚シグナルに加えて、ショウジョウバエの産卵場所の好みに影響を与えることが知られているもう一つの要因は基質の硬さです。これまでに報告された、異なる硬さの寒天培地を使った選択実験から、オウトウショウジョウバエのメスは、キイロショウジョウバエやbiarmipesショウジョウバエと比較して、傷み発酵している果実に似たより柔らかい基質に対する非常に弱い好みを持つことが分かっています。硬さと微生物の存在の組み合わせ効果を調べるために、微生物の存在する、または存在しない硬い基質(3%寒天)を使用して選択実験を行いました(図2c)。
基質が硬い場合、ショウジョウバエとbiarmipesショウジョウバエの付着物の含まれる基質に対する好み指数はほとんど1になりました。これは、1%寒天培地を使用したときよりも、より強く微生物の存在する培地を好むことを示しています(図2a、2c)。面白いことに、オウトウショウジョウバエが示していた微生物の存在する基質に対する忌避は、硬い3%の寒天を使用した場合に減少しました。産卵基質が全て硬い場合は、微生物の存在に対する明らかな好みや忌避は検出されませんでした(図2c)。この組み合わせ実験の結果から、基質の硬さは微生物に対する好みを変化させることが明らかになりました。
次に、柔らかい寒天(1%寒天)と硬い寒天(3%寒天)との間の選択が、微生物の存在によって影響を受けるかどうかを調べました(図3a)。微生物の存在しない1%と3%の寒天を使用した実験では、オウトウショウジョウバエはどちらの基質に対しても強い好みを示しませんでしたが、対照的に、これまでの研究で報告されたように他の2種は強い好みを示しました(図3b)。面白いことに、微生物が存在するかどうかについては、キイロショウジョウバエとオウトウショウジョウバエでは基質の硬さに対する好みに影響を与えませんでした。biarmipesショウジョウバエでは、より柔らかい基質に対する好みは微生物が存在しないときよりも存在するときのほうが僅かですが明らかに弱くなりました(図3b)。これらの結果から、微生物が存在するかどうかよりも、基質の硬さがキイロショウジョウバエとbiarmipesショウジョウバエの産卵場所選択の主要な因子であることが分かりました。オウトウショウジョウバエでは、基質が柔らかい、または硬い場合に多く産卵するという硬さの好みが無いことは、微生物が存在しても変わらず維持されました。
[考察]
ハエによって付着させられた共生微生物が、オウトウショウジョウバエ、biarmipesショウジョウバエ、キイロショウジョウバエの産卵場所の好みに影響し、オウトウショウジョウバエの好みは他の種とは異なる。
他の多くの昆虫と同じように、ショウジョウバエも生息域や研究室の状態によって非常に多様になる腸内細菌叢と共生しています。腸内細菌から発散される化学物質は同種特異的または異種特異的な行動の合図として機能するかどうかを明らかにするために、産卵行動に対するハエによって付着させられた微生物の影響を調べました。
本研究結果から、ショウジョウバエの産卵決定は微生物の存在によって強く影響を受けるため、微生物に由来する合図に敏感であると考えられます。柔らかい培地を使用した場合、微生物の豊富な培地を強く好むキイロショウジョウバエとbiarmipesショウジョウバエとは対照的に、オウトウショウジョウバエは微生物の付着した培地を避けました(図2)。産卵場所に対する好みの明らかな変化は、基質が熟した果実へと変わった時期と同じであるbiarmipesショウジョウバエからオウトウショウジョウバエ系統が分岐した後に起こったに違いありません。そのため、微生物に対する好みの変化は、この種の新しい生態的地位(ニッチ)の利用と関連している可能性があります。
酢酸菌はショウジョウバエ種の間で異なる影響を与える。
産卵場所選択実験に使用された主な細菌種は、ともにアセトバクター科に属するアセトバクター属とグルコノバクター属でした。アセトバクター科の細菌種はオウトウショウジョウバエを含む野生と研究室飼育ショウジョウバエの腸内細菌に共通してみられます。これらの酢酸菌は、成長を加速させたり、感染性細菌から子孫を保護したりすることで宿主であるショウジョウバエに利益をもたらします。これまでのいくつかのワインぶどうに関する研究では、オウトウショウジョウバエは果実の発酵に寄与する酢酸菌の運搬者である可能性が示されています。それにもかかわらす、培養したコロニーの構成は、使用した培地のタイプや栄養素によって成長が制限されるため、野生のハエに関連する細菌叢の実際の構成を反映しているようには見えません。野生のハエはより多様な細菌叢を持っています。さらに、本研究での微生物叢の特徴付けは細菌種だけに限定していました。ショウジョウバエの共通の共生体である酵母も付着物の一部であり、産卵場所選択の好みに関与していると考えられます。
キイロショウジョウバエ、biarmipesショウジョウバエ、オウトウショウジョウバエはアセトバクター属とグルコノバクター属を異なった割合で持っていました。しかし、同種または異種の付着物に対する3種の反応に違いはなかったことから、アセトバクター属とグルコノバクター属はともに産卵場所選択に同じような影響を与えることが分かりました(図2)。オウトウショウジョウバエは付着物の付いた柔らかい培地に産卵することへの明らかな忌避を示しましたが(図2a)、グルコノバクター属の揮発性物質に対するメスの反応は状況依存的である可能性があります。以前の研究で、24時間飢えさせたメスがにおい実験でグルコノバクター属に明らかに引き寄せられことが分かっています。オウトウショウジョウバエがグルコノバクター属の存在する場所に産卵することを避けるという本研究結果とあわせて考えると、生殖場所と摂食場所の好みはこの種では明確に分離していることが分かりました。摂食にとって魅力的な細菌叢の合図は産卵にとっては忌避するものである可能性があります。
細菌叢に対する異なる好みをもたらす化学的合図の解明のためのさらなる研究が待たれる。
果実の害虫対策としての産卵決定因子の探索研究では、ともに腐った果実に存在する微生物の揮発性代謝物であるゲオスミンとオクテノールの少なくとも2つの化学物質が、オウトウショウジョウバエの忌避行動を引き起こしていました。しかし、これらの化学物質は同様にキイロショウジョウバエの忌避剤としても知られているため、これらの物質に対する忌避は、オウトウショウジョウバエ特異的な産卵場所の変更の根底にあるようには思えません。
キイロショウジョウバエの研究では、メスの産卵は乳酸産生腸球菌による発酵を感じるために使われる化学的合図であるスクロースによって促されることが分かりました。面白いことに、嗅覚は、これらの細菌による産卵誘引になくてはならないものではありませんでした。対照的に、甘みを感じる味覚神経の伝達を阻害すると、発酵資源に対する産卵の好みは弱くなりました。オウトウショウジョウバエでスクロースを感じることが酢酸菌による忌避を調整するかどうかは追求すべき魅力的な問題でしょう。それにもかかわらす、これまでの研究で、オウトウショウジョウバエとbiarmipesショウジョウバエは同じようにたんぱく質(酵母)の炭水化物(スクロース)に対する比率が低い場所を産卵場所として好むことから、スクロースに対する異なった反応によって、酢酸菌の生産物に対する対照的な反応を説明するとは考えられません。微生物から発散される揮発性物質も決定において大きな役割を持っている可能性があります。そのため、産卵反応に影響する微生物由来の化学的合図についてはさらなる研究が必要です。
産卵決定に影響する可能性のある実験上の注意点の一つは、産卵させた飼育器の換気です。本研究で産卵させた飼育器は換気されていませんでした。換気がないと、におい物質の蓄積のため飼育器内の選択を不明瞭になる可能性、または不自然に蓄積した合図のために選択が偏ってしまう可能性があります。しかし、実験結果には明確な選択がされた場合とされなかった場合の両方があるため(図2a、c、3b)、本研究では、どちらの効果も結果に影響するようなものでは無かったように思われました。キイロショウジョウバエを使って産卵の好みと位置的反応に対する酸の影響を調べた以前の研究でも、それは重要な因子では無いようでした。それでもなお、換気がないことが好みに微妙な偏りをもたらした可能性を完全に排除することができないことに注意しなければなりません。
産卵場所の硬さは微生物の存在に対するオウトウショウジョウバエの忌避よりも優先する。
異なったタイプの刺激の統合は、子孫の初期の生存率に大きく影響する産卵場所の選択のような重要な決定過程のために必要不可欠です。キイロショウジョウバエでは、産卵場所に関わる神経網は異なった手段からの情報を組み合わせています。最近のいくつかの研究で、キイロショウジョウバエが産卵を決定するための機械刺激と化学刺激の情報の統合に関わる分子メカニズムが解明されています。本研究結果は、基質の硬さと微生物の存在という異なったタイプの感覚合図が、キイロショウジョウバエやbiarmipesショウジョウバエとは違った方法で、オウトウショウジョウバエの産卵決定において統合されていることを明らかにしました(図2、3)。オウトウショウジョウバエの微生物に対する忌避は硬い基質ではなく、柔らかい基質がある状況でのみみられました(図2a、c)。これらの結果から、表面の硬さからの機械的合図は微生物による合図によって促される決定よりも優先すると考えられます。対照的に、キイロショウジョウバエとbiarmipesショウジョウバエの両方に見られる微生物の存在に対する好みは基質表面が硬い場合に強められることから、機械的合図と微生物の合図は同列に統合されていることが分かりました。反対に、3種全てで、微生物の存在は基質の硬さと柔らかさの間の選択に影響を与えませんでした(図3)。
これらの結果から、これらの種では機械刺激と化学刺激は付加的に処理されていないことが分かりました。表面の硬さは微生物の合図に対する反応を修正しますが、その反対はありません。面白いことに、これまでの研究では、キイロショウジョウバエのメスで、化学物質、スクロース、果汁成分のどれか一つか全ての存在が柔らかい表面での産卵に対する好みを取り除くことが分かりました。機械刺激と化学刺激の間にある干渉方向の食い違いから、産卵に使用される合図の優先度は化学刺激の性質に依存している可能性が考えられます。
機械的合図と微生物刺激の統合は産卵場所選択で保存され、生態の違いを反映している。
実験で使用した1%と3%の寒天培地の硬さは、傷んで発酵している果実と成熟している果実をそれぞれ模倣したものです。しかし、実験で使用した寒天培地はどちらも均一な触感を持っています。この点は、野外の部分的に表面に傷のある成熟した果実の状態を完全に反映しているとは言えないかもしれません。実際に、ハエの産卵決定は果実が傷ついているかどうかに依存していることが分かっています。このような補足説明が必要ですが、本研究で明らかになったことはオウトウショウジョウバエの生態に関連して観念的に解釈することができます。
全ての果実が硬い、または他のハエによって付着された共生微生物が非常に少ない果実成熟時期の初頭では、オウトウショウジョウバエのメスは利用できる全ての果実に産卵することができるでしょう。このシナリオは硬い基質だけを使用した(図2c)、または微生物の存在しない基質を使用した(図3)本研究結果と一致します。果実が柔らかくなり、部分的に傷む成熟期間中は、メスはおそらく他種との競合を避けるために発酵の合図が少ない果実を選ぶでしょう。この予想は柔らかい基質だけを使用した本研究結果と一致します(図2a)。多くの果実が落下し、傷み、腐敗する果実成熟時期の終わりには、メスは微生物の存在する基質を使用した本研究結果でみられたように(図3)、次善の選択肢である発酵中の果実に容易に産卵することができるでしょう。これらの説明は、発酵していない果実が少ない場合と比較して、発酵していない果実と発酵している果実が同量ある場合は、オウトウショウジョウバエは発酵していない果実に産卵する強い好みがあることを報告した以前の研究と一致します。宿主である果実の状態の季節変化を通した状況依存的最適化は、この種では産卵決定において微生物の存在よりも基質の硬さが優先するという本研究結果の進化的背景を説明できるかもしれません。
オウトウショウジョウバエのように、キイロショウジョウバエとbiarmipesショウジョウバエでは、表面の硬さは微生物による合図に対する反応と相互作用していますが、これらの種の間で、生態に関連するいくつかの質的違いがあるでしょう。キイロショウジョウバエとbiarmipesショウジョウバエは微生物の存在する柔らかい基質に対して強い好みを示し、微生物に対する好みは、基質が硬い場合に強化されます(図2)。野外では、熟すにつれて表面が部分的に傷むことで、すぐに発酵が開始されることを示す、微生物が付着した硬い果実を、より利用したい場合があるでしょう。オウトウショウジョウバエとは対照的に、キイロショウジョウバエとbiarmipesショウジョウバエの両方は、付近の基質全てに微生物が存在する場合でさえ、柔らかい基質を好む傾向があることから、産卵場所選択では機械的合図が微生物の存在よりも優先することが分かります。そのため、他の近縁種とは異なる産卵戦略によって子孫の生存率を最大にするために機械刺激と化学刺激を統合する方向で、オウトウショウジョウバエは急速に進化した可能性があります。