サンゴのGFPと褐虫藻 ~サンゴは褐虫藻を誘っている~ 論文紹介

サンゴと共生する褐虫藻と蛍光タンパク質の関係についての2019年の論文です。
 サンゴにはよくわかっていない事がたくさんあります。サンゴには褐虫藻という藻類(植物プランクトン)が共生しています。サンゴは、この褐虫藻が光合成により作り出す栄養を分けてもらうことで生きています。テレビなどで話題になるサンゴの白化、サンゴが真っ白になって死んでしまうこと、はこの褐虫藻がサンゴからすべていなくなってしまうことで起こります。つまり、褐虫藻がいなければサンゴは生きていけません。では、褐虫藻はどこからやってくるのでしょう?親から引き継ぐのでしょうか?親から引き継げない場合はどうしているのでしょう?
 水族館などで見たことがあるかもしれませんが、サンゴは光っています。これはある色の光を当てると違う色を発する蛍光タンパク質があるためです。蛍光タンパク質で有名なのは、2008年にノーベル賞を受賞したGFPがあります。GFPは青い光によって緑色に光る蛍光タンパク質です。多くのサンゴはこのGFPをもっています。
 本論文では、非常にわかりやすい実験により、サンゴのGFPの新しい役割と、サンゴが褐虫藻を手に入れる方法について明らかにしています。海には蛍光タンパク質をもつ生き物がたくさんいます。この結果は、サンゴだけでなく他の生き物が持つ蛍光タンパク質の役割についての理解につながっていくと思います。

論文掲載年 2019年
掲載雑誌 Proceedings of the National Academy of Sciences
論文タイトル Green fluorescence from cnidarian hosts attract symbiotic algae
宿主である刺胞動物(サンゴ)から発する緑色蛍光は褐虫藻を引き寄せる。
著者 Yusuke Aihara, Shinichiro Maruyama, Andrew H. Baird, Akira Iguchi, Shunichi Takahashi and Jun Minagawa
論文へのリンク
 https://www.pnas.org/content/116/6/2118.long

この論文で分かったこと
・サンゴに共生する褐虫藻はサンゴの発する緑色蛍光に引き寄せられる。
・野外の環境でも、褐虫藻は緑色蛍光に引き寄せられる。

[背景]


 サンゴ礁のサンゴは褐虫藻との共生関係がなければ生きていけません。いくつかの種類のサンゴは卵に含まれる親の褐虫藻を引き継ぐことができます。しかしながら、サンゴの種類の70%以上のものは親から引き継ぐことはできないため、卵から幼生体へ、そして稚サンゴへと成長するまでの間に環境、つまり周りの海中から褐虫藻を手に入れ、共生させなければなりません。
 サンゴはその一生を、幼生期を除いて、動き回ることなく過ごします。そのため、サンゴは褐虫藻を共生させるためには、海中の褐虫藻が自分に向かってやってくるのを待つ必要があります。褐虫藻は海中にいますが、広い海に散らばっているので動かないサンゴと褐虫藻が偶然出会うことは難しいでしょう。そのため、サンゴには褐虫藻を引き寄せる仕組みがあると考えられます。 多くのサンゴは紫外線や青い光を当てると緑色に光ります。これはGFPという蛍光タンパク質を持っているためです。この緑色蛍光はサンゴ礁の光環境を変化させることで、褐虫藻が光合成をしやすくする環境をつくることと、褐虫藻の光合成のしくみにダメージを与えることのある光から褐虫藻を守っていると考えられています。
 これまでの研究で、白い光をプリズムに当てることで7色の光に分けた時に、褐虫藻が緑色に集まってくることが知られています(漫画参照)。この結果から、褐虫藻はサンゴの発する緑色蛍光に集まってくるのではないかという仮説が考えられます。しかし、緑色を発するためには紫外線や青い光を含む日光に当たる必要があります。日光には緑色の光も含まれているため、褐虫藻はサンゴ(海底)ではなく日光(海面)に向かってしまうことも考えられます(漫画参照)。そこで、この仮説が正しいのかどうかを研究室だけでなく、野外でも調べました。

[結果]


褐虫藻の走光性(注)の特徴
注:走光性とは光が刺激と起きる運動。光に向かう場合と逃げる場合がある。
 これまでの研究で緑色の光に褐虫藻が集まることはわかっています。より詳しく、褐虫藻の走光性を調べるために、光の強さや、光の波長(色)を細かく変えて調べてみました。褐虫藻を四角い器に入れ、片方から光を10分当てた後に、箱を半分に仕切り、光に近いほうと遠いほうに分けました。近いほうと遠いほうのそれぞれにいる褐虫藻の数を数え、その割合を計算しました。計算結果が1に近くなればなるほど正の走光性、その光に集まり、逆にー1に近くなればなるほど負の走光性、その光から逃げることを示しています。
 その結果、褐虫藻は紫、青、緑、赤の弱い光に集まること、特に緑色の光には強く集まることがわかりました(図1)。また、紫から青にかけての強い光には、褐虫藻が逃げていくこともわかりました(図1)。

褐虫藻はサンゴに引き寄せられる
 次に、生きているサンゴが褐虫藻を引き寄せるのかどうかを、青い光を当てると緑色蛍光を発するキッカサンゴを使って実験しました。生きているキッカサンゴのかけらと白化して骨格だけになったキッカサンゴのかけらをお皿に置きます。その中に褐虫藻をいれ、お皿の上から光を10分当てました(漫画参照)。このとき使用したかけらは、サンゴから海中に物質が出ないようにプラスチックで覆ってあります。10分後にそれぞれのかけらの周りにいる褐虫藻の数を数え、最初の濃度との比率を計算しました。その結果、青い光を当てた時、つまりサンゴが緑色蛍光を発している時は、生きたサンゴの周りの褐虫藻の濃度は10倍以上になりました(動画:https://movie-usa.glencoesoftware.com/video/10.1073/pnas.1812257116/video-1)。一方で、骨格だけでは褐虫藻は集まってきませんでした(図2)。また、緑や赤の光を当てた時や、光を当てなかった時は褐虫藻の集まりは見られませんでした(図2)。

褐虫藻は緑色蛍光の塗料に引き寄せられる
 生きたサンゴが緑色蛍光によって褐虫藻を引き寄せているかどうかを確認するために、今度はサンゴと同じように青い光を当てると緑色に光る塗料を使って同じ実験をしました。先ほどの実験に使ったサンゴと同じ大きさのプラスチック片に塗料を塗ったものと塗っていないものを用意しました。先ほどの結果と同じ様に、青い光を当てた時は、塗料を塗ってあるプラスチック片に褐虫藻が集まってきました(動画:https://movie-usa.glencoesoftware.com/video/10.1073/pnas.1812257116/video-2)。塗料の塗っていないプラスチック片には褐虫藻は集まりませんでした(図3)。また、緑や赤の光を当てた時や、光を当てなかった時は、生きたサンゴの場合と同じように褐虫藻の集まりは見られませんでした(図3)。日光を当てた時は、青い光を当てた時に比べて弱いものでしたが、塗料を塗ったプラスチック片に褐虫藻の集まりが見られました(図3)。日光によって褐虫藻を集めるのは、弱い青い光よりもかなり強い光が必要であることがわかりました(図3)。

岩礁において、褐虫藻は緑色蛍光の塗料に引き寄せられる
 これまでの結果に基づいて、今度は野外において日光に含まれる青い光のみで光る緑色蛍光に褐虫藻が集まるかどうかを岩礁で調べました。先ほど使用した塗料を塗ったものと塗っていない小さなバケツを用意し、沖縄の瀬底島沿岸の深さ3から6メートルの海中に沈めました。13時から16時までの3時間、海中に置いた後に海中で蓋をしてから引き上げました。バケツの中にいる褐虫藻の数を数えたところ、塗料の塗ってあるバケツでは塗っていないバケツに比べて約2.5倍の褐虫藻が入っていました(図4)。この結果は、日光の当たる岩礁でも緑色蛍光に褐虫藻が引き寄せられることを示しています。

[考察]


 褐虫藻は緑色だけでなく、紫、青、赤色の光に対しても集まってきました(図1)。褐虫藻は光合成をおこなっています。この光合成に必要な光を受け取る色素がありますが、褐虫藻が持っている色素は、赤と青色をよく吸収するクロロフィルと、紫から青色にかけて吸収するカロテノイドがあります。つまり、光合成に必要な色の光に向かって褐虫藻は集まると考えられます。さらに、褐虫藻は紫から青色の強い光から逃げましたが(図1)、これらの色の強い光は光合成の仕組みにダメージを与えることが知られています。これらのことから褐虫藻は共生するためのサンゴを見つけるためというより、光合成にとって一番良い光があるところに集まると言えます。
 褐虫藻が共生する多くの生き物はGFPを持っていることが分かっています。このことから、GFPの緑色蛍光によって褐虫藻を引き寄せることは一般的なことなのかもしれません。しかし、褐虫藻と共生しないけれどGFPを持つ海の生き物のたくさんいます。走光性は動き回る生き物にとっては普通のことであるため、それらの生き物はGFPや他の蛍光タンパク質による光を、動物プランクトンのような餌を採るために使っているのでしょう。
 サンゴ礁のサンゴは褐虫藻と共生しなければ生きていけません。海中にいる褐虫藻を自分の体内に共生させることは極めて重要です。褐虫藻を共生させる確率は、自分の周りにいる褐虫藻の濃度が高ければ高いほど上がります。そのため、GFPの緑色蛍光によって褐虫藻を引き寄せることはサンゴを生かすことに役立っています。サンゴの幼生や稚サンゴのGFPによる緑色蛍光の強さは、褐虫藻が共生しているものよりしていないもののほうが強くなります。これはGFPの緑色蛍光がこの時期に幼生や稚サンゴにとって非常に重要であることを示しています。また、白化したサンゴが生き残るためには、もう一度周りの海中から褐虫藻を共生させられるかどうかにかかっていると考えられます。このことは、白化したサンゴのほうがGFPの緑色蛍光が強くなることからも分かります。また、白化は褐虫藻の種類によって条件が違うため、いろいろな種類の褐虫藻を引き寄せることで生き残る可能性が高くなると考えられます。今回の発見はサンゴと褐虫藻の間にあった知識の隙間を埋め、GFPの新しい役割を示すことができました。

よろしくお願いします。