アシナガアリの防衛戦術 ~ヘビの識別が命綱~ 論文紹介

アシナガアリの防衛戦術 ~ヘビの識別が命綱~

論文名 Novel cooperative antipredator tactics of an ant specialized against a snake
    アリの捕食者に対する新しく協調的な戦術はヘビに特化していた
著者名 Teppei Jono, Yosuke Kojima and Takafumi Mizuno
掲載誌 ROYAL SOCIETY OPEN SCIENCE
掲載年  2019年
リンク https://royalsocietypublishing.org/doi/full/10.1098/rsos.190283?url_ver=Z39.88-2003&rfr_id=ori:rid:crossref.org&rfr_dat=cr_pub%3dpubmed#d3e1326

マダガスカルのアシナガアリが天敵とそうでないヘビを識別して反応していることを明らかにした2019年の論文です。
 アリはハチと同じように、役割分担されたカーストからなる集団を作る社会性昆虫であることが知られています。この研究では、ワーカーと呼ばれる働きアリが天敵に対してどのような集団的な反応を見せるのかという点と、天敵と似た生物を識別しているのかという点の2つについて調べています。アリの天敵として登場するのはメクラヘビです。メクラとあるように眼が退化したヘビでミミズの様に見えます。また、別のヘビとしてアリノハハヘビも登場します。非常にインパクトのある和名ですが、マダガスカルでは、現地の人に“アリの母”と呼ばれていることから、そのまま和名になったようです。どうしてアリノハハと呼ばれるのかは、この研究の結果から分かると思います。
 インパクトがあるのはヘビの名前だけではありません。実験方法では、ヘビをアリの巣に提示する、英語では”show”と書いてありますが、実際に実験をしている時の動画を見ると、そんな生易しいものではありませんでした。是非、動画を見ていただけるとそのインパクトが分かると思います。
 この研究では、実質的に行った実験は1つだけです。それでも、その結果から分かることがあり、新しい疑問が生み出されます。それを理解するためにも結果だけでなく考察の部分を読み、さらに自分なりに結果から何が分かるのかを考えてみると楽しめると思います。
 考察に少し書かれていますが、このアリがどの様にヘビを識別しているのかについては明らかにはなっておらず、今後の課題となっています。この点は非常に興味深いですので、是非研究していただければと思います。

補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。


この論文で分かったこと
・マダガスカルのスワデルダームアシナガアリは、捕食者であるデコルセイメクラヘビが巣に入ると、蛹や幼虫を巣から運び出す退避行動を示す。
・デコルセイメクラヘビを食べるゴノメアリノハハヘビが巣に入る場合、このアリは特別な反応を示さない。
・デコルセイメクラヘビとゴノメアリノハハヘビは共生関係にあると考えられる。

[背景]

 社会性昆虫は驚くほど多様で複雑な協調的な行動を示します。コロニーを形成するそれらの成体メンバーは生殖可能なカースト(階級)と生殖不可能(少なくとも生殖能力の低い)なカーストに分けられます。後者のカーストは、協調的に子の世話をし、餌を取り、巣を作り、コロニーを守り、コロニーの快適度を高めることによって繁栄に貢献しています。真性社会の進化を理解するには、非生殖的カーストが示す複雑な協調行動の生態学的原因に関する知識が必要になります。(補足:真社会性とは、昆虫の社会性の一つで、非生殖的カーストを持つ高度に分化した社会性のこと。ハチやアリに見られる。)
 捕食リスクは、極端な社会性や効果的な捕食者対策を持つ集団生活を生物に選択させる主要な生態学的要因の1つです。多くの脊椎動物と無脊椎動物は、多くの真社会性昆虫を捕食します。そのため、子や生殖可能なカーストのような攻撃を受けやすいコロニーメンバーは、敵の多い空間から隔離された巣に残ることが多くなります。多くのワーカーカーストが、威嚇、咬みつき、針で刺す、毒の散布、自滅防御などのさまざまな捕食者に対する行動によって、侵入者を攻撃することで、子や生殖可能なカーストは協調的に保護されています。(補足:ワーカーカーストは働きアリ、働き蜂などがそれに当たり、非生殖的カーストになる。)マダガスカルに分布するアリであるスワデルダームアシナガアリのコロニーは、約100~1500匹のワーカーを含み、入り口であるひとつの大きな穴と目立つ塚を持つ、大きな地下巣に生息しています。このアリは大型のメクラヘビであるデコルセイメクラヘビと同じ地域に生息しています。(補足:メクラヘビは眼が退化している盲目のヘビ。)一般にメクラヘビは、アリの巣の中で、シロアリやアリの卵を食べることを専門としています。一匹のメクラヘビの胃の中には、ときには1000もの餌が入っていることもあります。そのため、マダガスカルで最大のメクラヘビであるこのヘビも、おそらくアリの子たちにとって恐ろしい捕食者になります。アリの捕食者であるデコルセイメクラヘビに加えて、メクラヘビを含む様々な脊椎動物を捕食するイエヘビ科のゴノメアリノハハヘビは、アリの活発な巣でしばしば見られます。(補足:ゴノメアリノハハヘビはアリを食べない。)そのため、マダガスカルの地元の人々からは 「アリの母」 と呼ばれています。「アリの母」とメクラヘビは共に頻繁にアリの巣に入る可能性があり、後者はアリの子に強い捕食圧を与えるため、ワーカーは捕食性と非捕食性のヘビの種類を識別し、違った反応をすると仮定しました。捕食者または共生者と言った異なる生態学的関係を持つヘビに対するアリの識別能力と反応を調べるために、最初に、ヘビによるスワデルダームアシナガアリの捕食を確認するために、デコルセイメクラヘビの保存標本の胃の内容物を調べました。その後、デコルセイメクラヘビ、ゴノメアリノハハヘビおよび対照としてワキスジスベウロコヘビ(同じ地域に生息するカエルを食べるヘビ)をスワデルダームアシナガアリの巣の入口に置き、それらに対するアリの応答を比較しました。

[結果]

 デコルセイメクラヘビの胃に含まれていた全てのものは、スワデルダームアシナガアリの蛹でした(2匹調べ、それぞれ51/51、10/10で蛹)。ワキスジスベウロコヘビに対しては攻撃的な反応、ゴノメアリノハハヘビに対しては反応なく、そして、デコルセイメクラヘビに対しては迅速で協調的な蛹と幼虫の退避反応をワーカーアリ(補足:いわゆる働きアリ。)は見せました(図1、動画)。ヘビに咬み付くアリの数には、デコルセイメクラヘビとゴノメアリノハハヘビの間(p=0.014)、ワキスジスベウロコヘビとゴノメアリノハハヘビの間(p<0.001)で明らかに違いがありました。しかし、デコルセイメクラヘビとワキスジスベウロコヘビの間には違いは見られませんでした(p=0.316、図1c)。実験の中では、咬み付き以外の攻撃行動は観察されませんでした。退避行動は、デコルセイメクラヘビを置いた全ての実験で見られましたが、他のヘビでは見られませんでした。

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 デコルセイメクラヘビを置いた場合、ほとんどのワーカーアリはすぐに巣の中に駆け込み、その結果、巣の周りのアリの数が減少しました(図2a)。この現象は、他のヘビを置いた場合には観察されませんでした(図2a)。デコルセイメクラヘビとワキスジスベウロコヘビに対して、ワーカーアリは警戒行動(5 cm/s以上の速さで走り回る行動)を見せましたが、ゴノメアリノハハヘビに対してはほとんど反応しませんでした(図2b)。デコルセイメクラヘビを置いた場合では、ワーカーアリは警戒行動と退避行動を見せました(図2b)。警戒行動をするアリの数は、ヘビを置いてから1分で最大となり、続いて退避行動は2-5分の間に最大となりました(図2b)。巣の中に駆け込んだ数以上のアリが、蛹や幼虫を抱えて入り口から出ていき、近くの植物の上方へ登っていきました。卵やオス、女王アリを運ぶワーカーはいませんでした。退避行動は巣の移動につながることは無く、一時的なものでした。巣が捨てられることはなく、デコルセイメクラヘビを置いてから1日後には11個の巣のうち10個の巣で通常状態に戻りました。

画像2

[考察]

 本研究では、スワデルダームアシナガアリのヘビに対する識別能力を明らかにしました。さらに、2つの非常に特殊化されたアリとヘビの間の関係性を発見しました。1つ目は、アリがゴノメアリノハハヘビの巣への侵入を受け入れること。2つ目は、アリを食べるデコルセイメクラヘビから守るために、子を巣から協調的に退避させることです。デコルセイメクラヘビの胃の中身を調べた限定的な結果からは、スワデルダームアシナガアリの蛹を食べていることが分かりました。調べた2匹の胃の中には幼虫は見つかりませんでしたが、このメクラヘビは他のメクラヘビと同じように、幼虫も食べていると考えられます。残っていた蛹の外骨格に比べて、幼虫の柔らかい体はより早く消化されることが、調べた胃の中に幼虫が居なかったことの理由であるかもしれません。全体的に見て、スワデルダームアシナガアリの子や幼虫を巣から協調的に運ぶことは、メクラヘビによる捕食に直面したアリの退避行動だが、結果的にメクラヘビ以外の捕食者から攻撃されるリスクが高くなる地上に移動しているように見えます。巣からの退避行動は、デコルセイメクラヘビに対してだけ見せる行動ですので、スワデルダームアシナガアリのこの行動は、デコルセイメクラヘビやおそらく他のメクラヘビ科のヘビに対する非常に特殊化された戦術だと考えられます。
 アリクイ、クマゲラ、ツノトカゲ、メクラヘビを含むある種の脊椎動物は、アリを主食にしていることが知られていますが、それらの捕食者に対するアリの特殊な防衛戦術はこれまでに報告されていません。知る限りに置いて、これはそのような捕食者に対するアリの防衛行動に関する最初の報告になります。いくつかの研究では、軍隊アリに攻撃されるアシナガアリを含む同属のアメリカのアリで同じような行動が報告されています。ジバクアリは、軍隊アリと接触すると数分で、子とともに協調的に退避します。これは本研究結果と一致します。それは脱出後数時間で戻ってくることから、これらの行動も一時的な避難であると考えられます。マダガスカルでは軍隊アリはいませんので、スワデルダームアシナガアリの協調的な退避行動は、メクラヘビに対する特殊な防衛行動であると考えられます。メクラヘビ科のヘビはアメリカ大陸にも分布していますので、アメリカのアシナガアリは軍隊アリだけでなくメクラヘビに対しても協調的な退避行動を示す可能性があります。アリの捕食者のほとんどは、侵入に対して効果的な戦術である咬み付き行動が頻繁に起こる巣の入口付近で主にエサを探し回り、メクラヘビと軍隊アリは巣に入り、時には一度の侵入で非常にたくさんの子を捕食します。さらに、メクラヘビは巣の中の子を捕食することに特化している可能性があります。そのため、そのような特殊な捕食者に対して、防衛戦略を攻撃にから巣の外への子の避難へ変更することは、コロニーが生き残る可能性を高めます。特殊な捕食者によるリスクはその捕食者に対する行動の進化を促し、その結果アリの複雑な協調的防衛システムが出来上がります。メクラヘビに対する避難行動が、軍隊アリに対する避難行動とは独立に進化したのか、または、2つの行動が共通の進化的起源を持つものなのかを調べることは興味深いことです。
 スワデルダームアシナガアリがワキスジスベウロコヘビに対して咬み付き攻撃をしたことから、アリは通常、巣への侵入者に激しく攻撃をすると考えられます。それにも関わらず、このアリはゴノメアリノハハヘビに対して事実上なんの反応もしませんでした。触角によるヘビの確認のあと、スワデルダームアシナガアリは攻撃をすること無く通常の行動に戻りました。これまでに、北アメリカにおけるアリとヘビの共生についてわずかながら報告があります。しかし、報告されたケースは、アリの活動が活発ではない非繁殖期に観察されたものだけでした。アリの巣は、一般的に温度と湿度が比較的一定に保たれているため、ヘビにとって避難所または静養所として利用するのは有益なことのように見えます。本研究に利用したヘビは6ヶ月にわたって厳しい乾燥の中で生息するため、特に有益であると言えます。ゴノメアリノハハヘビとの共生はアリにとっても有益であると言えます。なぜなら、このヘビは、この地域では数少ないメクラヘビを食べることが知られている生物であるからです。このことから、ゴノメアリノハハヘビはデコルセイメクラヘビからアリの子を守ることができると考えられます。実際に、ゴノメアリノハハヘビとスワデルダームアシナガアリの共生関係はマダガスカルではヘビ-アリ共生の唯一のケースではない可能性があります。共生を示すような実験的な証拠はありませんが、別の爬虫類を食べるヘビであるムジブタバナスベヘビは、スワデルダームアシナガアリの巣で見つかることがあります。また、別種のマダガスカルのアリも、ゴノメアリノハハヘビやムジブタバナスベヘビと巣を共有しています。爬虫類食のヘビとの関係は、メクラヘビに対するアリのもう一つの防衛戦術と言えます。しかし、アフリカのカエルが攻撃的なアリと共存する場合に観察されることと同じように、これらのヘビは化学的な物質によってアリからの攻撃を回避しているだけかもしれません。マダガスカルのアリとヘビの間にある不思議な関係が共生であるか片利共生であるかを調べるためにはさらなる研究が必要です。(補足:片利共生は片方だけが利益を得る共生関係のこと。この場合はヘビだけが利益を得ていることを指す。)

よろしくお願いします。