カタユウレイボヤの排卵制御 ~排卵を促す神経ペプチド~ 論文紹介

カタユウレイボヤの排卵制御 ~排卵を促す神経ペプチド~

論文名 Cionin, a vertebrate cholecystokinin/gastrin homolog, induces ovulation in the ascidian Ciona intestinalis type A
脊椎動物のコレシストキニン/ガストリンの相同体であるシオニンはカタユウレイボヤの排卵を誘導する
著者名 Tomohiro Osugi, Natsuko Miyasaka, Akira Shiraishi, Shin Matsubara & Honoo Satake
掲載誌 Scientific reports
掲載年 2021年
リンク https://www.nature.com/articles/s41598-021-90295-3

カタユウレイボヤの神経ペプチドによる排卵制御の分子経路を解明した2021年の論文です。
 カタユウレイボヤは、東北地方で食べられるホヤ(マボヤ)の仲間で、脊索動物です。成体は固着生活を送りますが、幼生はオタマジャクシに似た形をしており、遊泳生活を送ります。この幼生には脊索と呼ばれる器官があることから脊索動物と言われています。脊索は、脊椎動物の場合、発生中に脊椎に置き換わることから、脊椎の原型であると考えられています。また、カタユウレイボヤは世界の広い地域に生息すること、たくさん採れること、ゲノム情報がそろっていることなどの理由で、世界中で研究対象と成っています。残念ながら、マボヤとは違い食べられる部分がほとんどありませんので、食用にはなっていません。
 この論文で注目しているペプチドとは、アミノ酸が2個以上結合したものになります。一般的には50個以上結合したものをたんぱく質、50個未満をペプチドと言っていますが、明確な定義はありません(漫画「神経ペプチド」参照)。ですので、一番小さなペプチドはアミノ酸が2個結合したもので、これはジペプチドと呼ばれます。ペプチドはある程度の大きさのたんぱく質(プレペプチド)としてmRNAから翻訳されたあとに、切断されることで作られます。ペプチドはたんぱく質と同様に、構成するアミノ酸の種類によって働きが違ってきます。その働きは主にホルモン作用や抗菌作用などがありますが、この論文では神経伝達物質として働く神経ペプチドを取り上げています。
 排卵は卵胞の中で受精可能なまで成熟した卵母細胞(卵)を、卵胞から放出することです。ヒトではこれにより卵巣から卵管へと卵子が放出されます。ヒトの排卵は性ホルモンによって制御されている性周期の中で、約4週間間隔で起こります。カタユウレイボヤでは卵胞の成熟過程の最終段階で外部卵胞細胞層から放出されることが排卵になります。カタユウレイボヤは卵管から卵を放卵しますが、この時の卵は排卵されたものになります(漫画「カタユウレイボヤの排卵」参照)。
 この論文では神経ペプチドであるシオニンがカタユウレイボヤの排卵を制御しているメカニズムを明らかにしていますが、実は同じ研究グループの2019年の論文で、神経ペプチドであるバソプレシンがカタユウレイボヤの卵成熟と排卵を制御していることを報告しています[1]。ですので、この論文は、その研究の続きとして別の神経ペプチドに注目した研究となります。この論文で注目したシオニンは、バソプレシンとは異なり、卵成熟には全く影響を与えていません。この論文の考察でふれていますが、排卵の制御だけが複数の経路によって制御されていることは、何かしらの意味があると考えられます。どうして複数の経路が関わっているのか、進化的に獲得されたものなのかなど、新たな興味を提供してくれます。
 著者らの所属をみると、公益財団法人サントリー生命科学財団生物有機化学研究所になっています。この研究所はサントリーの2代目社長である佐治敬三氏によって設立された主に基礎研究を行う研究所です。研究員として働くだけでなく、2年間のポスドクとしての受け入れを行っており、大学や国立研究所以外で基礎研究を行うことの出来る非常に稀有な研究所です。また、財団の事業として、大学院生を対象とした奨学金事業も行っているため、大学院生やポスドクの方は一度チェックしてみてはどうでしょうか。著者らの所属する統合生体分子機能研究部では、以前からカタユウレイボヤのペプチドに興味を持ち精力的に研究を行っています。今後の活躍も期待できそうです。

参考論文:The regulation of oocyte maturation and ovulation in the closest sister group of vertebrates. Matsubara S. et al. eLife (2019) 8, pii:e49062.

補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。


この論文で分かったこと
・シオニンの受容体であるCioR2受容体のmRNAはステージ2の卵胞の内部卵胞細胞で発現する。
・シオニンはステージ2の卵胞の卵核胞崩壊に影響を与えないが、排卵は誘導する。
・シオニンはステージ2の卵胞での受容体チロシンキナーゼであるRora遺伝子、マトリックスメタロプロテアーゼであるCiMmp2/9/13遺伝子の発現を促進する。
・シオニンはCioR2受容体に結合し、受容体チロシンキナーゼの活性化を介して発現が誘導されたCiMMP2/9/13たんぱく質により排卵を誘導する。

[背景]

 ホヤは脊索動物門の中で最も脊椎動物に近縁な生物で、脊索動物のペプチド作動性システムの進化を知る上で重要な役割を果たしています。この20年間で、カタユウレイボヤの神経複合体から、シオニン、ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRHs)、タキキニン、カルシトニン、バソプレシン、インスリン様ペプチドなど、多種多様な神経ペプチドとその受容体が同定されました。また、カタユウレイボヤの神経複合体のペプチドミクス解析により、他の生物と相同性のものやカタユウレイボヤ特異的なペプチドを含む30種類以上の神経ペプチドやペプチドホルモンが同定されています。(補足:ペプチドミクス解析は、生体試料内の内因性ペプチドを全て同定、定量する解析手法のこと。)さらに、以前に行った、機械学習を用いたアプローチでは、ガラニン様ペプチドの受容体と11種類の新規カタユウレイボヤ特異的神経ペプチドを明らかにしました。一方で、カタユウレイボヤのゲノムからは性ステロイド合成とその受容体の遺伝子が脊索動物の進化の過程で失われていることから、神経ペプチドがカタユウレイボヤの生体調節の主要な因子であると考えられます。興味深いことに、最近行われた遺伝子組み換えカタユウレイボヤの解剖学的解析から、中枢神経系のペプチド性ニューロンが卵巣を含む末梢器官に多様な神経伝達を行っていることが明らかになったことから、ペプチド作動性システムがカタユウレイボヤの卵胞の成長、成熟、排卵を直接制御していることが強く示唆されました。タキキニン、ニューロテンシン様ペプチド-6、バソプレシンなど、いくつかのカタユウレイボヤの神経ペプチドが卵巣機能に関与していることが分かっていますが、カタユウレイボヤの神経ペプチドの生物学的役割や、生殖過程の基礎となる分子メカニズムについては、まだほとんど解明されていません。
 コレシストキニンとガストリンは、それぞれ脊椎動物の脳・腸のペプチドと胃のホルモンです。これらのペプチドは、C末端から7番目と6番目に特徴的なアミノ酸(硫酸化チロシン)を持ち、受容体の活性化に必須な共通のC末端アミド化テトラペプチドモチーフ(Trp-Met-Asp-Phe-NH2)を持っています。(補足:両ペプチドでC末端側に共通の特徴的なアミノ酸配列があるということ。)シンテニー解析の結果、コレシストキニンとガストリンの遺伝子は、脊椎動物の進化の初期に、1回目の全ゲノム重複イベントを経て、共通の祖先遺伝子から生じた可能性があります。(補足:シンテニー解析はゲノム上の遺伝子の物理的な位置を比較する解析手法のこと。異なる遺伝子の位置関係が似ている場合は、ゲノム重複によって増えた遺伝子がそれぞれ別途に変異した可能性が考えられる。)カタユウレイボヤのコレシストキニン相同体であるシオニンは、カタユウレイボヤの神経複合体から単離され、脊椎動物のコレシストキニンとガストリンのC末端共通モチーフを持っています。さらにシオニンには、C末端から6番目と7番目に2つの硫酸化チロシンがあります。また、カタユウレイボヤは脊椎動物の姉妹群という重要な系統的位置にあることを考えると、カタユウレイボヤの進化の過程で全ゲノム重複イベントが起きていないことから、シオニンはコレシストキニンとガストリンの共通の祖先的特徴を保持していると考えられます。
 現在までに、CioR1とCioR2という2つの類似したシオニン受容体が同定されています。これらの受容体は、脊椎動物のコレシストキニン/ガストリン受容体(CCK1RおよびCCK2R)と高い配列相同性を示しています。CioR1とCioR2は、シオニンに反応して細胞内カルシウムの動員を引き起こすことから、これらの受容体は、Gqたんぱく質と結合したGたんぱく質共役型受容体(G protein-coupled receptor: GPCR)であると考えられます。(補足:Gたんぱく質共役型受容体は、受容体が細胞外で受け取ったシグナルが、細胞内で受容体と結合するGたんぱく質を介して細胞内に伝達する受容体のこと。Gたんぱく質にはいくつかの種類があり、Gqたんぱく質もそのひとつ。)分子系統学的解析により、Cior1遺伝子とCior2遺伝子は、脊椎動物のコレシストキニン/ガストリン受容体の相同分子であり、カタユウレイボヤ特異的な進化によって生じたことが明らかになりました。Cior1遺伝子とCior2遺伝子のmRNAは、神経複合体、消化器官、入水孔、出水孔、卵巣で発現しています。特に、Cior2遺伝子の mRNAはカタユウレイボヤの卵巣に特異的に高発現していることから、シオニンが生殖制御に極めて重要な役割を果たしていると考えられます。
 本研究では、シオニンの生物学的機能を解明しました。本研究結果から、シオニンは、受容体チロシンキナーゼ(Receptor tyrosine kinase: RTK)シグナル伝達経路の活性化を介して、マトリックスメタロプロテイナーゼ(Matrix metalloproteinase: MMP)遺伝子の発現を上昇させ、排卵を促進することが分かりました。本研究は、コレシストキニン/ガストリンファミリーのペプチドが卵巣において新たな生物学的役割を果たしていることを明らかにし、脊索動物の排卵調節システムの進化の手がかりを提供するものです。

[結果]

カタユウレイボヤの卵巣でのCior2遺伝子のmRNAの局在
 シオニンの生物学的機能を調べるために、最初に卵巣でのシオニン受容体の局在を解析しました。Cior2遺伝子のmRNAは、ステージ2を含む排卵前の卵胞の卵母細胞やテスト細胞ではなく内部卵胞細胞で強く発現していました(図1、2)。これらの結果から、排卵前の卵胞の内部卵胞細胞が卵巣でのシオニンの標的であると考えられます。付け加えて、対照群ではシグナルはみられませんでした(図2)。

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卵胞の成熟、排卵に対するシオニンの影響
 Cior2遺伝子のmRNAを発現している排卵前の卵胞を、シオニンで24時間処理し、排卵率と卵核胞崩壊率を算出しました。(補足:卵核胞は減数分裂途中の大きな核で、卵母細胞が成熟する過程で崩壊し見えなくなるため、卵母細胞の成熟の指標となる。)シオニンで処理した卵胞の排卵率は、対照群の卵胞と比較して有意に高くなりました(図3、動画1)、9.2±2.43%から37.86±5.51%)。一方で、シオニンで処理した卵胞の卵核胞崩壊率には有意な変化はありませんでした(図3、動画1)。シオニン受容体を活性化出来ない、硫酸化していないシオニンで24時間処理した場合では、排卵率と卵核胞崩壊率の両方で有意な変化はみられなかったことから、シオニンは特異的に排卵を刺激することが証明されました。

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シオニンで処理した卵胞のトランスクリプトーム解析とリアルタイムPCR解析
 シオニン誘導性排卵の基礎となるメカニズムを調べるために、RNA配列解析(トランスクリプトーム)と遺伝子オントロジー分析を行いました。(補足:遺伝子オントロジーとは遺伝子を機能によってあらかじめ決められたカテゴリーに分別すること。)対照群とシオニン処理群でそれぞれ49,011と48,436のたんぱく質コード配列が解読されました。遺伝子オントロジー分析では、シオニンは、「生物学的過程」カテゴリーのうち生物学的調節、刺激応答、運動、発生・形態形成、単一生物の細胞過程、運搬、代謝過程に関わる遺伝子の発現に影響を与えました。「細胞成分」カテゴリーでは、膜部分、細胞部分、高分子複合体、細胞小器官に関わる遺伝子が影響を受けました。これらのカテゴリーでは、細胞骨格部分が下方調節されたことから、シオニンは細胞骨格たんぱく質と抑制的に相互作用し、排卵の形態学的変化を誘導する可能性が考えられます。「分子機能」カテゴリーでは、結合、触媒活性、酵素調節活性、運搬活性がシオニンによって影響を受けました。このカテゴリーでは、ペプチド分解活性が、シオニンによって大きく上方調節されたことから、前述の細胞骨格たんぱく質を分解するある種のペプチド分解酵素がシオニンによって活性化され、その結果排卵につながる可能性が考えられます。さらに、膜貫通たんぱく質やたんぱく質リン酸化酵素が、シオニンによって誘導される排卵の調節に関わっている可能性があります。これらの遺伝子オントロジーカテゴリーに含まれる遺伝子の中で、受容体チロシンキナーゼ様オーファン受容体(RTK-like orphan receptor: Rora)、繊維状コラーゲン(Fcol1)、膜貫通γ-カルボキシグルタミン酸たんぱく質3(Gla3)、マトリックスメタロプロテイナーゼ(CiMmp2/9/13)は、対照群と比較してシオニン処理群で大きく増加していました。さらに、リアルタイムPCRによって、Rora遺伝子、Fcol1遺伝子、Gla3遺伝子、CiMmp2/9/13遺伝子の発現がそれぞれ1.6倍、2.8倍、7.5倍、5.5倍に上方調節されたことが確かめられました(図4)。

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シオニンによる排卵誘導で、受容体チロシンキナーゼとマトリックスメタロプロテイナーゼのシグナルが果たす重要な役割
 図4に示したように、シオニンは哺乳類で受容体チロシンキナーゼシグナルに関わるRora遺伝子、Fcol1遺伝子、Gla3遺伝子の発現を上方調節しました。そのため、受容体チロシンキナーゼシグナルがシオニン誘導性排卵に関わっているかどうかを調べました。特に興味深いのは、シオニンで24時間処理した卵胞の排卵率が受容体チロシンキナーゼ阻害剤であるスニチニブリンゴ酸によって明らかに低下したことです(図5、67.63±2.59%から30.3±4.01%)。一方で、スニチニブリンゴ酸は卵核胞崩壊率には影響を与えませんでした。これらの結果から、シオニン誘発性排卵には受容体チロシンキナーゼシグナルが関わっていることが分かりました。続けて、シオニンはCiMmp2/9/13遺伝子の発現も有意に増加させることから、マトリックスメタロプロテイナーゼ阻害剤のシオニンで処理した卵胞の排卵率に対する影響を調べました。シオニンで24時間処理した卵胞の排卵はMMP2/9阻害剤Ⅱによって有意に抑制されました(図6、39.29±7.14%から11.57±4.31%)。一方で、MMP2/9阻害剤Ⅱは卵核胞崩壊率には影響を与えませんでした。これらの結果から、マトリックスメタロプロテイナーゼ2/9/13たんぱく質はシオニン誘発性排卵のための重要因子であると結論されました。さらに、リアルタイムPCRから、スニチニブリンゴ酸の投与は、シオニンによるCiMmp2/9/13遺伝子の上方調節を阻害することが明らかになりました(図7)。まとめると、これらの結果から、シオニンが受容体チロシンキナーゼシグナル-マトリックスメタロプロテイナーゼ活性経路の上方調節を介して排卵を誘導することが実証されました。

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[考察]

 コレシストキニンは主要な脊椎動物の脳・腸ペプチドで、食物の取り込み、食欲、学習、感情において多様な役割を担っています。対照的に、カタユウレイボヤのコレシストキニン相同体であるシオニンの内在的な役割はまだ調べられていません。本研究では、シオニンを排卵誘導因子として同定し、基礎的な分子メカニズムを実証しました。シオニン遺伝子はほとんど脳神経だけで発現し、その受容体であるCior2遺伝子は卵巣のステージ2卵胞の内部卵胞細胞に局在することが分かりました(図2)。さらに、カタユウレイボヤの卵巣は、脳神経節の多数の神経ペプチド作動性神経によって刺激されます。これらの発見をまとめると、本研究から、脳神経節で生産されたシオニンはそこから卵巣へ分泌され、直接内部卵胞細胞に働きかけ、排卵を誘導することが分かりました。知る限りでは、これは全ての動物の排卵制御におけるコレシストキニンファミリーペプチドの生物学的役割を示した初めての証拠になります。
 卵胞の成長、成熟、そして排卵は、動物の発生において非常に重要な過程です。そのため、これらの生殖過程は多様な内因性因子が関わる複数のシグナル経路によって制御されています。本研究では、シオニンがCiMMP2/9/13たんぱく質の活性化を介して排卵を活性化することが明らかになりました。最近では、カタユウレイボヤのバソプレシン相同体であるCiVPペプチドがCiMMP2/9/13たんぱく質の活性化を介して排卵を活性化することが報告されています。さらに、マトリックスメタロプロテイナーゼは硬骨魚で排卵の中核を担うことが知られている保存性の高いコラーゲン分解酵素であることから、マトリックスメタロプロテイナーゼの遺伝子発現と酵素活性の誘導は、脊索動物の排卵過程で進化的に保存されていると考えられます。一方で、シオニンとCiVPペプチドのシステムの間には違いがあります。まず、Cior2遺伝子は内部卵胞細胞に発現していましたが、CiVP受容体遺伝子(CiVpr)は卵母細胞に発現しています。次に、シオニンは排卵にだけ関わっていますが、CiVPペプチドは卵母細胞の成熟と排卵の両方に関わっています。シグナル経路に関しては、シオニンはCiMMP2/9/13たんぱく質の誘導のために受容体チロシンキナーゼ経路が関わっていることが分かりましたが、CiVPペプチドはマイトジェン活性たんぱく質リン酸化酵素(Mitogen-activated protein kinase: MAPK)シグナル経路を介してCiMmp2/9/13遺伝子を上方調節します。受容体チロシンキナーゼシグナルの下流でMAPKは制御されると考えられるため、シオニンとCiVPペプチドのシグナル経路の違いについては今後の研究が待たれます。まとめると、本研究によって、排卵のためのCiMMP2/9/13たんぱく質の活性化は複数の内因性因子とシグナル経路によって制御されていることが明らかになりました。このような複数の制御系が存在することは、カタユウレイボヤの排卵でのCiMMP2/9/13たんぱく質の生物学的重要性をも浮き彫りにしています。シオニン、タキキニン、バソプレシンなどを含む神経ペプチドは、他のホヤと同じ様にカタユウレイボヤの卵胞の成長、卵母細胞の成熟、または排卵に100%の影響を与えませんでした。これは、主に卵胞の質が不均一であるためです。正常に成長、成熟する能力のない低品質な卵胞が実験用に集めた卵胞に含まれていました。さらに、卵胞を集める際に、高品質の卵胞と低品質な卵胞を区別することは不可能です。また、卵母細胞や卵胞細胞でのタキキニン受容体、バソプレシン受容体、シオニン受容体といった複数の神経ペプチド受容体の発現から、卵胞の成長、卵母細胞の成熟、排卵は一つの重要な因子だけではなく、複数の因子によって制御されていると考えられます。
 カタユウレイボヤの排卵の基礎となる制御メカニズムの顕著な特徴は、受容体チロシンキナーゼシグナルがシオニン誘発性排卵に関わっていることです。RORaたんぱく質は脊椎動物の受容体チロシンキナーゼファミリーのメンバーです。GLA3たんぱく質は複数の上皮成長因子ドメインを持つ膜貫通γ-カルボキシグルタミン酸たんぱく質で、もう一つの受容体チロシンキナーゼであるAxlたんぱく質のリガンドであると考えられています。FCOL1たんぱく質を含む繊維状コラーゲンは受容体チロシンキナーゼファミリーでもあるディスコイジンドメイン受容体を活性化させます。RORaたんぱく質、Axl受容体、ディスコイジン受容体といった複数の受容体チロシンキナーゼに対する阻害剤であるスニチニブリンゴ酸は、シオニンで処理した卵胞の排卵率の上昇を阻害したことから、カタユウレイボヤでのその遺伝子の機能については今後の研究が待たれますが、RORaたんぱく質、GLA3たんぱく質、FCOL1たんぱく質がシオニン誘発性排卵の制御に関わっていると考えられます。脊椎動物では、コレシストキニン受容体を含む様々なGたんぱく質共役型受容体が、Gqたんぱく質との共役を介した細胞内カルシウム、プロテインキナーゼC、Srcプロテインキナーゼなどのシグナル経路を介して受容体チロシンキナーゼを活性化させます。これらの発見は、以前に報告したCioR2受容体がGqたんぱく質と共役していること、そして本研究で明らかになったCioR2受容体が受容体チロシンキナーゼを刺激することと一致します。それにより、本研究結果は、シオニンが卵胞のCioR2受容体-受容体チロシンキナーゼ経路の上方調節を介して排卵を刺激することを示しています(図8)。マウスでは、スニチニブリンゴ酸は排卵を阻害しましたが、卵胞の成長と成熟には影響を与えなかったことも注目すべき点です。また、哺乳類では、受容体チロシンキナーゼシグナルは黄体ホルモン上昇経路の下流に位置し、排卵反応を開始するために必須です。これらの結果から、哺乳類の排卵で受容体チロシンキナーゼシグナルを誘導する因子は同定されていませんが、受容体チロシンキナーゼは哺乳類の排卵に関わる可能性が考えられます。別の研究では、哺乳類の排卵過程にはコレシストキニンがある種の役割を担っている可能性が示されています。

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 シオニン誘発性のCiMmp2/9/13遺伝子の発現が、スニチニブリンゴ酸によって明らかに抑制されたことから、受容体チロシンキナーゼシグナルの活性化を介したCiMmp2/9/13遺伝子の発現の上方調節も明らかになりました(図7)。カタユウレイボヤにはCiMmp2/9/13遺伝子を含む7つのマトリックスメタロプロテイナーゼ遺伝子があり、複数のマトリックスメタロプロテイナーゼが排卵の制御に関わっている可能性があります。カタユウレイボヤのこのシグナルは、哺乳類の平滑筋細胞やヒト胎盤絨毛がん細胞でのディスコイジンドメイン受容体や血管内皮増殖因子を含む受容体チロシンキナーゼによるマトリックスメタロプロテイナーゼの誘導を明らかにしたこれまでの研究と一致します。これらの研究から、哺乳類の排卵に必須であるたんぱく質分解酵素も受容体チロシンキナーゼ経路を上方調節するシグナル分子も分かっていませんが、受容体チロシンキナーゼ-マトリックスメタロプロテイナーゼ制御経路は哺乳類の卵巣でも機能している可能性が考えられます。さらに、成体マウスの卵巣ではCck2r遺伝子が発現し、CCK2Rたんぱく質は、ラット胃上皮細胞で受容体チロシンキナーゼ関連遺伝子の発現を誘導することが報告されています。まとめると、これらの発見は、コレシストキニン/ガストリン-受容体チロシンキナーゼシグナルも哺乳類を含む脊椎動物の排卵の制御に関わり、本研究で明らかとなった、コレシストキニンファミリーペプチド-受容体チロシンキナーゼ-マトリックスメタロプロテイナーゼ経路によって制御される排卵メカニズムは脊索動物の進化の中で保存されているという仮説に繋がります。脊椎動物での排卵または他の卵巣機能でのコレシストキニン/ガストリンの生物学的役割についての研究が進行中です。
 結論として、本研究では、カタユウレイボヤのコレシストキニン相同体であるシオニンが、受容体チロシンキナーゼシグナルを介したマトリックスメタロプロテイナーゼの上方調節によって排卵を誘導することを、脊椎動物に最も近縁なカタユウレイボヤで実証しました。本研究は、カタユウレイボヤの排卵の基礎となる新規の制御メカニズムと脊索動物のコレシストキニン/ガストリンファミリーペプチドの新しい生物学的役割を解明しただけではなく、脊索動物の卵巣機能の神経ペプチドによる制御の生物学的役割と進化を理解するための道を切り開きました。

よろしくお願いします。