冬眠中のクマと骨粗しょう症 ~血液の秘密~ 論文紹介

冬眠中のクマと骨粗しょう症 ~血液の秘密~ 

論文名 Hibernating bear serum hinders osteoclastogenesis in-vitro
冬眠中しているクマの血清は試験管内での破骨細胞形成を阻害する
著者名 Alireza Nasoori, Yuko Okamatsu-Ogura, Michito Shimozuru, Mariko Sashika and Toshio Tsubota
掲載誌 PLOS ONE
掲載年 2020年
リンク https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0238132

冬眠しているクマの血清が破骨細胞への分化を阻害することを発見した2020年の論文です
 冬眠は、昆虫、両生類、爬虫類、哺乳類などの動物が寒さと食料のない環境で生存するための戦略のひとつです。変温動物では、体温を下げることでエネルギーをほとんど消費しなくなりますが、哺乳類のような恒温動物では、体温をある程度維持するために最小限に抑えてはいますが、エネルギーを消費します。恒温動物では、冬眠中でもある程度のエネルギー消費や代謝が行われていることになります。
 クマは冬眠することが知られている哺乳類です。冬眠期間は5~7ヶ月でほとんど眠り続けます。クマはこの冬眠中に骨粗しょう症にならないことが分かっているようです。冬眠中の動物の骨量がどうなっているのかということは考えたこともなかったため、非常に興味を惹かれました。確かに、哺乳類では古い骨が壊され、新しい骨を作ることが常に行われています。そのバランスが保たれることで骨は維持されています(漫画「骨粗しょう症」参照)。骨を作るために必要なカルシウムやビタミD、そして運動の不足によってこのバランスが崩れ、骨があまり作られなくなり、骨がすかすかになるのが骨粗しょう症です。冬眠中のクマはエサを食べませんし運動もしません。ですので、骨のバランスが崩れ、冬眠から目覚めた時に骨粗しょう症になるはずです(漫画「クマの冬眠と骨粗しょう症」参照)。実際には、骨粗しょう症にはならないのですから、何か骨粗しょう症にならないようにする仕組みが有るはずです。この論文では、クマの血清に注目して、骨を壊す働きのある破骨細胞分化への影響を調べています。
 この論文の結果では、まだまだ分からないことがたくさんありますが、今後の研究につながることは間違いないでしょう。また、冬眠の研究というと脳がどうなっているのかということに注目が行ってしまいがちですが、体のいろいろな所で変化が起こっているということを改めて考えるきっかけになる論文だと思います。

補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。


この論文で分かったこと
・冬眠期クマ血清はクマの末梢血単核細胞の破骨細胞への分化を阻害する。
・冬眠期クマ血清は活動期クマ血清と同様に脂肪由来間葉系幹細胞を増殖させる。

[背景]

 冬眠は冬期や日照時間の減少、食料不足といった外的要因と、生化学的制御や概日リズムといった内的要因によって影響を受ける現象です。冬眠をする哺乳類は、厳しい環境を耐え抜くためのさまざまな生理学的、行動学的反応を進化させました。クマは体重の点からみると最も大きい冬眠する哺乳類です。もう一つの特徴は、クマは冬眠中に摂食、排尿、排泄を行いません。面白いことに、冬眠しているクマの骨格筋システムは、冬眠期間中に環境的、代謝的変化によって損なわれることはありません。
 生化学的、組織学的、そして画像化検査によるこれまでの研究によって、冬眠中の長期間の無活動、無摂食、寒冷暴露にもかかわらず、骨粗しょう症にならないことがはっきりとしています。同じ条件下のヒトや他の哺乳類では、骨減少症や骨粗しょう症が発症します。例えば、寝たきりや微重力環境といった長期の無活動や不使用は、骨形成率よりも骨吸収率を増加させます。骨再構築の不均衡は、さまざまな程度の骨量減少につながります。
 ヒトでは、血清の構成要素が骨粗しょう症の状態や物理的な活動を反映していることが分かりつつあります。骨形成細胞の培養に、骨粗しょう症患者の血清を使用することで、破骨細胞への分化の強力な誘導因子であるNFκB活性化受容体リガンド(receptor activator of nuclear factor κB ligand、RANKL)の発現量の増加や骨形成遺伝子の発現量の減少といった骨粗しょう症様の条件を試験管内に誘導することができます。(補足:NFκBは転写因子のひとつ。RANKLは受容体に結合することでNFκBを活性化させ遺伝子発現を促進させる。)
 細胞培養にクマの血清を使用することは、近年研究されてきました。試験管内の実験では、活動しているクマと冬眠しているクマの血清を細胞培養に使用すると、それぞれ、活動期様と冬眠期様の細胞反応を誘導できることが分かりました。例えば、冬眠しているクマの血清を使うことで、たんぱく質分解が阻害され、筋肉細胞内のたんぱく質量が増加します。
上述したように、クマが冬眠中に骨粗しょう症を発症しないことはほぼ確定しています。しかし、骨量減少からクマを護るメカニズムや特性についてはほとんど分かっていません。

[結果]

末梢血単核細胞とTRAP染色
 3匹のクマから採取した末梢血単核細胞を活動期クマ血清または冬眠期クマ血清で培養し、マクロファージコロニー刺激因子(macrophage colony stimulating factor、 M-CSF)とRANKLを加えることで破骨細胞への分化を誘導しました。(補足:末梢血単核細胞は末梢血から分離された単球やリンパ球を含む単核細胞のこと。)11日目に、活動期クマ血清で培養した末梢血単核細胞は破骨細胞の典型的な特徴である多核形態を示しました。これらの多核細胞はTRAP染色により染まったことから、活性破骨細胞へ分化したことが分かりました(図1A、B)。(補足:TRAPは酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼ(tartrate-resistant acid phosphatase)のことで、破骨細胞のバイオマーカーになる。TRAP染色はTRAPを特異的に染める方法。)一方で、冬眠期クマ血清で培養した末梢血単核細胞は多核細胞へ分化しませんでした(図1C、D)。活動期クマ血清で培養した末梢血単核細胞群で、TRAP染色された領域は全領域の21.28±3.89%で、冬眠期クマ血清で培養した末梢血単核細胞群(1.73±0.43%)よりも有意に多くなりました(図2、P<0.001)。

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脂肪由来間葉系幹細胞と細胞数
 脂肪由来間葉系幹細胞を活動期クマ血清または冬眠期クマ血清で培養し、細胞増殖に対する影響を調べました。初代培養では、培養6日目に細胞数の有意な増加が見られました(図3A、P<0.05)。その増殖率は、活動期クマ血清(2.7倍)と冬眠期クマ血清(2.9倍)の間で有意な差はありませんでした(図3A)。一度継代した細胞では、活動期クマ血清と冬眠期クマ血清の両方で細胞数が有意に増加しました(図3B、P<0.05)。培養4日目での増殖率は、どちらの血清でも同じ程度でした(図3B)。どちらの血清で培養した場合でも、脂肪由来間葉系幹細胞は、初代培養では6日目に、継代培養では4日目に紡錘形細胞へ変化しました(図4)。(補足:初代培養は、組織から細胞を取り出してすぐ培養したもの。継代は、培養して増殖した細胞を希釈して新しい培養液で培養すること。骨芽細胞は紡錘形にみえる。)

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[考察]

 末梢血単核細胞と骨髄由来単球細胞/マクロファージは試験管内の破骨細胞形成に広く使われます。これまでの研究で、ヒト、霊長類、げっ歯類、イヌ、ネコ、ウサギ、ウマ、ブタといった哺乳類では試験管内での破骨細胞形成が行われています。知る限りでは、本研究は、試験管内でクマの破骨細胞形成を示した最初の報告になります。
 培養では、M-CSFとRANKLを加えた条件で、末梢血単核細胞はマクロファージ/破骨前駆細胞へ分化し、続いて細胞融合が起こります。成熟し、機能的な破骨細胞はTRAPを生産する多核で融合した巨大細胞(多核巨細胞)という特徴があります(図1A、B)。
 本研究では、活動期クマ血清で培養したクマの末梢血単核細胞が破骨細胞へ分化することができ、明らかにTRAP染色で染色されました。しかし、冬眠期クマ血清で培養したクマの末梢血単核細胞は破骨細胞へ分化せず、TRAP染色によってほとんど染色されませんでした(図1、2)。これは、冬眠しているクマの血清の構成要素が、ニワトリの骨髄由来単球細胞/マクロファージからの破骨細胞形成を阻害したという以前の研究と一致します。生化学的実験から、破骨細胞形成と分化に関わる遺伝子群の発現が、冬眠しているクマでは低いことが分かっています。また、骨吸収のバイオマーカーである血清TRAPのレベルが冬眠前後と比べて冬眠期に明らかに低くなることが報告されています。さらに、組織学的イメージングによって、前肢と後肢の骨梁と緻密質は冬眠しているクマでは損なわれてないことが分かっています。(補足:骨梁は骨内部の海綿質を形成している骨質で、緻密質は骨表面の硬い部分のこと。)骨量の保存は、冬眠中のバランスが取れているが低下した骨のターンオーバーと関係していると考えられています。
 本研究では、冬眠期クマ血清で培養したクマの末梢血単核細胞は破骨細胞へ分化できないことが分かりました。この実験では、血清が異なる以外は同じ条件で行いました。この結果から、細胞分化を調節する血清因子が、無摂食のために冬眠期に損なわれるとも推測されます。言い換えると、冬眠期の血清は細胞培養のために「十分豊富」ではないかもしれません。そのため、脂肪由来間葉系幹細胞を使ったもう一つの実験を行いました。面白いことに、どちらの血清を使用した場合でも、有意な細胞増殖と紡錘様間葉系細胞の形成が見られました(図3、4)。どちらの細胞培養実験でも利用した、コラーゲンコートされた培養皿の影響は除外できます。これらの結果から、冬眠期クマ血清は、脂肪由来間葉系幹細胞の培養にとっては「不十分ではない」けれども、活動期クマ血清とは異なり、末梢血単核細胞の培養を促進することはできないことが分かりました。
 活動期と冬眠期のクマ血清を使用した脂肪細胞の培養のこれまでの研究では、その代謝プロファイルが生体内のものと似ていることが示されました。さらに、クマの脂肪由来間葉系幹細胞は、軟骨芽細胞や骨芽細胞といった異なる細胞系統へ最適に分化することが分かっています。クマ血清で培養したヒトの骨芽細胞は十分に増殖します。さらに、その骨芽細胞は、活動期と冬眠期のクマ血清に対して同じ様に反応をみせます。まとめると、冬眠期クマ血清は破骨細胞形成を妨げますが、脂肪由来間葉系幹細胞や骨芽細胞にとっての増殖と分化能力は維持していると推定されます。このことは、冬眠しているクマの骨量維持に部分的に関与している可能性があります。
 どのように冬眠期の血清が破骨細胞形成を妨げ、どの血清因子またはメカニズムがこれに関与しているのかは、まだ分かっていません。冬眠中のクマに関する研究は、骨代謝に役割を果たす様々な血清因子が存在することを示しています。例えば、副甲状腺ホルモンはアメリカクロクマの骨代謝において同化作用効果を持つと考えられています。クロクマの副甲状腺ホルモンで処理したジストロフィン欠損マウスでは、骨の表面の破骨細胞が減少し、骨芽細胞が増加することで、対照群と比較して後肢の骨密度が有意に高くなることが報告されています。(補足:ジストロフィンは筋細胞の裏打ちたんぱく質で、これを欠損すると筋肉が萎縮する。)ヒグマでは、夏の活動期に比べて冬眠中のメラトニン濃度が7.5倍になることが報告されています。メラトニンは試験管内の破骨細胞形成を阻害することが分かっています。これは、骨芽細胞でのRANKLの発現が抑制されることによる破骨細胞分化抑制因子とRANKLの比の増加が原因の一部になっていました。血清因子が概日リズムの調整を通して、間接的に骨代謝に影響を与える可能性もあります。クマの線維芽細胞を活動期と冬眠期のクマ血清で培養した時に、その細胞の分子リズムは、それぞれ活動期と冬眠期のものと似ていることが報告されています。概日リズムは、破骨細胞内のアリル炭化水素受容体核移行因子様たんぱく質(別名Bmal1)の制御、RANKLの発現を変化させる骨芽細胞でのBmal1の調整、破骨細胞内のβアドレナリン作動性シグナルとグルココルチコイドシグナルといった異なる経路を通して破骨細胞の活性と形成を管理することが出来ます。クロクマの血清の免疫関連因子は冬眠中に変動し、それらのいくつかは骨代謝に影響すると考えられています。例えば、骨形成阻害因子であるα2-HS糖たんぱく質は冬眠期に下方制御されます。
 本研究では、冬眠期クマ血清の破骨細胞形成に対する影響を初めて明らかにしました。破骨細胞の形成/活性の阻害と一般的な骨代謝に関与している可能性が高い血清因子は上述したもの以外にもたくさんあります。これらの因子の破骨前駆細胞に対する有効性を確かめるためには非常に大規模な実験が必要となります。予備実験として、熱不活化クマ血清を使った末梢血単核細胞の培養を行いました。これらの実験では、活動期または冬眠期の両方のクマ血清で、末梢血単核細胞のどのような分化も確認できませんでした。しかし、活動期と冬眠期の熱不活化クマ血清で脂肪由来間葉系幹細胞を培養した場合、細胞増殖は通常の活動期と冬眠期クマ血清と同程度でした。血清の熱不活化による細胞培養の失敗は、いくつかの細胞系統が原因である可能性が考えられています。注目すべきことは、骨の再構築にはそれぞれ破骨細胞と骨芽細胞によって行われる骨吸収と骨形成を含んでいることです。以前の研究では、冬眠中のクマでは骨形成と骨吸収の両方が同じ様に抑制されている、つまり、長い冬眠期間中のエネルギー消費を抑えるためにゆっくりとした持続的な骨の再構築の平衡状態にあると考えられていました。本研究は、破骨細胞に注目することで、冬眠期クマ血清の影響下では末梢血単核細胞が試験管内で破骨細胞を形成出来ないことが分かりました。β3インテグリン、カテプシンK、TRAP、カルシトニンといった破骨細胞形成マーカーは、クマ末梢血単核細胞の分化に関して今後の研究で調べる必要があります。末梢血単核細胞だけが破骨細胞形成の材料になっているわけではないことにも注意しなければなりません。例えば、骨髄単球、そして骨髄由来マクロファージも破骨細胞形成と骨吸収の要因となります。そのため、他の破骨前駆細胞に対する冬眠期クマ血清の影響は調べられていません。冬眠中の破骨細胞形成を制御する生化学的変化を明らかにするためには、さらなる研究が必要です。
 クマ、ジリス、マーモット、ウッドチャックといった冬眠をする哺乳類の骨量を維持するための進化的傾向と生理学的特性は調べる必要があります。他の冬眠をする哺乳類と比べて、クマは体が大きく、冬眠中の体温はほぼ正常で、冬眠前にたくさんの脂肪を蓄えます。このような特性は、他の哺乳類が持っていない骨維持メカニズムに関与している可能性があります。このような違いは、他の哺乳類で報告されている種特異的な骨形成の違いによる可能性があります。例えば、急速な雄ジカの角枝形成による一時的な骨粗しょう症が、他の偶蹄目とは異なる特徴を持つシカ科では起きる可能性があります。そのため、哺乳類の骨生物学についての知見を得るためには、哺乳類の生理学的な骨の維持、または骨形成のメカニズムについて包括的で比較的な研究が必要です。

よろしくお願いします。