ゼブラフィッシュの交尾行動 ~「震え」と「フッキング」の役割~ 論文紹介

ゼブラフィッシュの交尾行動 ~「震え」と「フッキング」の役割~

論文名 High‑speed camera recordings uncover previously unidentified elements of zebrafish mating behaviors integral to successful fertilization
これまで未知であったゼブラフィッシュの受精を成功させる交尾行動の要因をハイスピードカメラ撮影によって明らかにした
著者名 Buntaro Zempo, Natsuko Tanaka, Eriko Daikoku & Fumihito Ono
掲載誌 Scientific reports
掲載年 2021年
リンク https://doi.org/10.1038/s41598-021-99638-6

ゼブラフィッシュの交尾行動を改めて観察した2021年の論文です。
 ゼブラフィッシュは名前の由来にあるように、体に縞模様がある小型の淡水魚です。1970年代から、実験室で飼育、産卵が簡単なこと、卵が透明で観察しやすいことなどの理由から実験動物として利用されてきました。1990年代に遺伝子変異体の解析が行われるようになり、人為的に変異体を作成することが出来るようになると、発生学、生理学、分子生物学などの分野で魚類のモデル動物として多くの研究で利用されるようになっています。今では多数の変異体が研究資源として維持されています。日本でもナショナルバイオリソースプロジェクトの一つ(https://shigen.nig.ac.jp/zebra/)として理化学研究所や国立遺伝学研究所を中心に変異体の維持や提供を行っています。
 交尾行動は、交尾を行う際に見られる特徴的な行動のことです。繁殖に関わる行動というと異性を惹きつけるためにクジャクが羽を広げたり、ホタルが発光したりする行動が浮かびますが、それらは交尾前のペアを作るための行動で、求愛行動を言われています。交尾行動は、求愛行動後の交尾そのものの行動のことです。ゼブラフィッシュにも交尾行動があることが知られていますが、はっきりと分かっているわけでは無いようです。
 ゼブラフィッシュの行動に注目して、2013年にその行動についての詳細なカタログ(Zebrafish behavior catalog, ZBC)が作成されました。といってもこの論文の背景に書かれている交尾行動の全てが記載されているわけではなく、全てを網羅した統一的なカタログというわけではないようです。このようにゼブラフィッシュは研究で非常によく使われるモデル動物ですが、その行動学分野ではまだまだ発展途上と言えるでしょう。
 この論文では、ある程度分かっている交尾行動の意義、つまり、その行動にどういう役割があるのかという点に着目しています。ゼブラフィッシュの交尾行動は一瞬で起こるため、肉眼で観察するだけではよく分かりません。そこで、まず初めに、一瞬で起こる交尾行動をハイスピードカメラで観察することで、その行動過程の詳細を明らかにしています。論文の図1に詳細が書かれていますが、補足データにスローモーション動画がありますので、そちらを見たほうがイメージをつかみやすくなると思います。続いて、各過程の行動を実験的に出来なくすることで、その行動の意義を明らかにしています。
 行動の役割を実験的に明らかにすることは、その行動が連続行動の一部や、後半にあるほど、注目している行動の前の行動が影響を受けないことを確認する必要があるため、難しくなっていきます。ゼブラフィッシュはいろいろな変異体が存在するため、この論文で使われている変異体のように、ある特定の行動のみに影響がある変異体を利用することで、他の行動の意味も明らかになる可能性があります。今後のゼブラフィッシュの行動学の発展に期待したいと思います。


補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。


この論文で分かったこと
・ゼブラフィッシュの交尾行動をくわしく観察し、新たな特徴的な行動として「凍結」「フッキング」「絞り」を再定義した。
・「フッキング」行動にはメスの背びれが必要で、背びれがないと「絞り」行動の消失と産卵数の減少を引き起こす。
・オスが「震え」行動を正常に行えないと、メスの「凍結」反応は見られず、その後の交尾行動につながらないため産卵は起こらない。

[背景]

 ゼブラフィッシュは、南アジアの浅い水域を自然生息地とする淡水性硬骨魚です。生物医学研究のモデル生物として広く利用されているゼブラフィッシュの生殖メカニズムは、動物行動学的理由だけでなく、実験のために卵を最大限に採取するなどの実用的な理由からも研究されています。自然環境下では、ゼブラフィッシュは水生植物が茂る浅い水域で産卵します。実験室では、自然環境を模倣して産卵行動を誘発するように設計された交尾水槽が使われています(漫画「ゼブラフィッシュの産卵」参照)。交尾が成功すると、1匹のメスのゼブラフィッシュは、1回の産卵期間で最大200〜300個の卵を産みます。(補足:産卵期間内に何度か交尾行動を行い産卵する。ここで示しているのは1回の産卵期間内の合計産卵数。)卵と精子の質にもよりますが、通常、放出された卵の58〜78%が受精します。
 ゼブラフィッシュの交尾行動についての記述は文献によって様々ですが、最近の技術によってこの一連の行動の複雑さをよりよく理解することが可能になっています。これらの記述で共通しているのは、(室内の)日照時間が長くなると、オスがメスを追いかけて交尾用の水槽の浅い場所に移動するという点です。今までは、一般的に交尾行動は、「うねり」「追跡」「エスコート」「包囲」「震え」「停止」「巻き付き」「産卵」というステップで特徴づけられていました(漫画「研究室での交尾行動①」「研究室での交尾行動②」参照)。以下にそれぞれのステップを説明します。「うねり」では、オスとメスは数十分かけて生息地内を行ったり来たりして泳ぎます。「追跡」では、ある時点で、オスはメスに密着して追いかけ始めます。「エスコート」では、オスはメスと交尾水槽の浅い場所の間を繰り返し泳ぐことで、メスを産卵場所に誘導しているように見えます。「包囲」では、2匹で円を描くように泳ぎ、続く「震え」では、オスはメスの近くで体を揺らします。「停止」では、時に、壁に接触しながら求愛しているように見えることもあります。「巻き付き」では、オスがメスを体幹で包み込み、「産卵」でオスメスともに配偶子を放出します。別の研究者は、「巻き付き」のステップを「保持」と呼び、ペア間の体幹の配置と連動したオスの胸ビレの位置の役割を強調しています。
 交尾行動の各ステップの詳細や、受精の成功に向けた具体的な役割については、これまで明らかにされて来ませんでした。本研究では、ゼブラフィッシュの交尾行動を詳細に調べ、既存のステップの中に新たな観察結果に基づいたステップを提案しました(図1A)。外科的操作や突然変異体を用いて、個々のステップの役割についても調べました。

[結果]

 1000フレーム/秒の高速度カメラを用いて、産卵直前の行動を撮影し、受精成功までの一連の交尾行動を調べました(図1A、B、動画1、2)。これまでの研究で示された枠組みに基づきつつ、修正を加え、交尾のステップを図1Aのように分類しました。
 オスの震えに続いて、おそらくオスの震えに反応して、メスは泳ぎを止め、体幹をわずかにねじります。本研究では、これを「凍結」と名付けました(図1C)。メスの体幹に対するオスの体幹の前後方向の動きに基づいて、正式には「巻き付き」と呼ばれる行動を2つの別々のステップに分けることを提案します。この最初のステップを「フッキング」と特徴づけし直しました。「フッキング」とは、オスが体幹を変形させ、メスの体幹に巻き付けて、前側にスライドする行動です(図1C)。これまでの報告にあるように、オスの片方の胸ビレもメスの腹の下に位置していました。メスの背びれに接触した後、オスは体幹と胸びれでメスの体幹に機械的な圧力をかけているように見えます(動画1、2)。このとき、メスは前方に移動し、オスの体幹と胸ビレはメスの体に沿って後側に移動します。これを「絞り」と名付けました。このタイミングは産卵のタイミングと一部重なっています。オスは「絞り」の最中または直後に精子を放出し、1回の交尾行動を完了させると考えられます。

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 これらの新たに見つかった行動の重要性を調べるために、まず野生型ゼブラフィッシュ同士の交尾、産卵数、受精成功率を解析しました。時系列解析の結果、交尾回数(「震え」「フッキング」「産卵」の一連の行動を1回の交尾とする)は、最初の震え行動から30分間に集中し、40分後には交尾はほとんど見られなくなりました(図1D左)。(補足:実験方法には、仕切りで隔てておいたオスとメスを、仕切りを取ってから1時間記録したとあり、グラフは仕切りを取った時点を0分にしていると思われる。最初の「震え」行動の開始時間は不明。)また、単位時間あたりに放出される卵の数も同様のパターンを示しました(図1D右)。このような結果を考慮して、以降の分析では30分間の行動を定量化し、卵の数は60分間のペアリング実験の後に回収して計測しました。各交尾ペアについて、卵の総数を30分以内に発生した産卵行動の数で割り、1回の産卵で放出された卵の平均数を求めました。その平均値は14.9±4.3個で、比較的信頼性が高く(分散が小さく)、わずかに外れ値があっただけでした(図1E)。
 「産卵」は、オスとメスによる配偶子の放出です。放出された卵は目視できますが、精子の放出は高速度カメラでも目視することはできませんでした。放出された卵の中の受精卵の割合が、受精を成功させるために短い時間内に行われる必要のある協調的な産卵と相関していると考えました。
そこで、複数回の交尾で得られた放卵数と受精卵数をプロットしてみました(図1F)。このプロットは強い正の相関を示しましたが(r = 0.81)、受精成功率は放出卵の総数に対してプロットした場合、ほぼ一定(r = 0.075)でした(図1G)。(補足:産卵数によって受精率が変動することはない。)これらのデータから、受精率から推測される産卵の協調的なタイミングは一貫して観察され、信頼できるものであると考えられます。
 次に、「産卵」前のステップが受精にどのように影響するかを調べました。スローモーションビデオによると、「震え」が常に「フッキング」の前に起こり、「フッキング」の後に通常は「産卵」が行われていました。統計的な分析では、30分間に観察された「フッキング」の回数と「震え」の回数には高い相関が見られました(図2A、r = 0.85)。また、「フッキング」は「産卵」と中程度の強い相関を示しました(図2B、r = 0.68)。これらのデータから、「震え」「フッキング」「産卵」という一連のステップが密接に関連しており、一度開始されるとその後も継続すると考えられます。

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 「フッキング」の意義を検証するために、フッキングを特異的に阻害する方法を考案しました。メスの背びれが「フッキング」から「絞り」への移行の鍵になると予測しました(図1)。そこで、10匹のメスのゼブラフィッシュの背びれを外科的に切除し、その交尾行動を観察しました(動画3、図2C、D)。その結果、メスの背びれがないと、オスの体幹が頭側にずれてしまい、「絞り」の機会を逃しているように見えました。このような不適応な「フッキング」と「絞り」の消失に対して、メスは産卵することなくオスから逃れ、一連の交尾行動を終了しました。
 また、メスの背びれの切除前後で、同じペアの産卵回数を比較しました。その結果、背びれの切除後に大幅に減少したことから(図2E、25.1 ± 5.1 vs 3.5 ± 1.9; n=10)、「産卵」には「フッキング」が不可欠であると考えられます。また、総放出卵数を比較すると、こちらも強く減少していました(図2F、267 ± 49 vs 67 ± 31)。興味深いことに、切除後に得られた少数の放出卵では、受精率も低下していました(図2G、68±5.7% vs 35±11%)。このことから、「フッキング」の成功は、オスとメスの産卵のタイミングを協調させるだけでなく、配偶子を放出する相対的な位置を調整するためにも重要であると考えられました。
 背びれの切除が、一連の交尾行動の上流のステップにも影響を与えるかどうかを調べました。背びれの切除前後で「震え」の回数は変わらなかったことから(図2H、12.2±3.9 vs 21.6±7.8)、「フッキング」の失敗が「震え」の代償的増加にはつながらないと考えられます。切除後の震えは「凍結」につながり、その後、不完全な「フッキング」が行われました。「震え」から「フッキング」に至るペアの割合(これらのペアの「フッキング」は未完成に終わっています)は、背ビレの切除後も変わりませんでした(図2I)。
 次に、「震え」がその下流のステップにどのような影響を与えるかを調べました。最近、ニコチン性アセチルコリン受容体(AChR)εサブユニットのノックアウト系統のゼブラフィッシュ(εKO)を確立しました。(補足:ノックアウトは遺伝子が機能しないようすること。この場合はAChRε遺伝子が機能しないゼブラフィッシュになる。)εKOの運動能力は多くの点で正常でしたが、εKOオスの「震え」が損なわれていることが分かりましたので、「震え」を特異的に障害する実験材料として利用しました(図3A、動画4)。

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 高速度カメラを用いて、震えているときの頭部の角度を分析しました(図3A)。野生型ペアでは、頭部の角度を時間に対してプロットすると、これまでの研究と同様に、明確で規則的なピークが見られました(図3B)。一方、εKOオスは頭部の角度の変化が非常に小さくなりました。また、頭を振るパターンはオスの個体によって異なり、野生型ゼブラフィッシュの場合とは異なり、頭の角度が変化するタイミング、方向、程度が予測できず、協調性に欠ける個体が多いように感じられました。
 図3Bに示した頭部の角度を平均してみると(図3C)、野生型オスには明確な振動パターンが見られました。一方で、εKOオスではピークが認識できなかったことから、位相が一定していないと考えられます。振幅を比較したところ、野生型に比べてεKOでは強く抑制されていました(図3D、48.9±4.0度 vs 24.0±2.2度)。
 εKOのオスと野生型のメスのペアは、ペアリングを開始してから3時間経過しても産卵しませんでした(図3E)。これらのペアでは、メスは「凍結」反応を示さず、オスは「フッキング」行動を示しませんでした。εKOオスの精巣から採取した精子と、野生型メスの卵を用いた体外受精により、εKOオスの受精能力を確認しました。この受精で、εKOオスの精子の質は確認されました。(補足:εKOオスの精子の受精能力には問題はなかった。)一方、野生型オスとεKOメスのペアは、典型的な交尾行動を示し、産卵したことから、εKOメスが行った「凍結」が、次のステップを引き起こすのに十分な強度であったと考えられます(動画5)。そのため、AChRε遺伝子の変異は、εKOオスの「震え」求愛行動を阻害することで交尾の成功を妨げているように見えますが、メスの「凍結」や「産卵」行動を阻害するものではないように見えます。

[考察]

 本研究では、高速度行動解析に基づいて、「震え」行動と「産卵」行動の間にある、これまで特徴づけられていなかった3つの交尾のステップ、すなわち「凍結」、「フッキング」、「絞り」を定義しました(図1A)。効率的な受精のためには、産卵のタイミングを同調させることが重要です。本研究では、受精率から推定される産卵の同調性を評価し、外科的介入や変異体を用いて、重要なステップの役割を調べました(図4)。

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 野生型オスからの「震え」刺激に反応して、野生型メスはS字型の屈曲(「凍結」)を示しました。野生型メスは、「震え」が不十分なεKOオスに対しては「凍結」行動を示しませんでした(図3、動画4)。「凍結」行動は、メスの捕捉を容易にする可能性があります。そのため、受容行動としての「凍結」は、マウスやラットのメスではロードシスに相当する可能性があります。(補足:ロードシスはメスがオスとの交尾を受け入れる姿勢のこと。)
 「凍結」に似た行動は、いくつかの硬骨魚で報告されています。マミチョグのメスは、産卵行動の際にS字状に屈曲することが1907年には報告されています。その後の研究で、マミチョグのS字型屈曲は、生殖行動を誘発すると考えられているホルモンであるアルギニンバソプレシンやオキシトシンを注射することで、「震え」のない状態で誘発されることが示されました。また、メダカの産卵行動でもS字型の屈曲が観察され、その行動もオキシトシンに反応して起こっています。そのため、ゼブラフィッシュの「凍結」行動は、同じ一連の生殖ホルモンによって制御されている可能性があります。
 しかし、注目すべきは、マミチョグやメダカでは、メスだけでなくオスも産卵時にアルギニンバソプレシンやオキシトシンによっても誘導されるS字型の屈曲を示すことです。一方で、ゼブラフィッシュのオスは、交尾行動中に「凍結」やS字型屈曲を示すことはありませんでした。さらに、交尾行動中のS字型屈曲のタイミングはメダカとゼブラフィッシュでは異なります。そのため、S字型屈曲の意義や制御機構は硬骨魚の種間で異なっている可能性が高く、伝統的な医療モデル生物や遺伝学的モデル生物の求愛行動や交尾行動については、まだまだ解明すべき点があります。
 「震え」に続いて、オスは「フッキング」に移行しました。メスの背びれを切除すると「フッキング」が阻害されました(図2)。しかし、「フッキング」が失敗しても、時には産卵に至ることもありました。これらのメスは、水槽内の浅い場所で産卵しました(図4)。底に近いところでは、オスはメスを「フッキング」することなく補足するできる可能性があります。
産卵が行われた場合でも、放卵された卵の受精率は切除後に大きく低下しました(図2G)。これは、受精率が産卵数に依存しなかった野生型ペアの交尾とは対照的です(図1F、G)。卵と精子の放出は、タイミングと近接性の両方において協調されなければなりません。本研究による発見は、産卵行動を引き起こすための「フッキング」の重要性を強く示しています。
 以前の研究から、メスの捕捉に重要なオスの一対の胸ビレを外科的に切除すると、受精率が著しく低下することが分かっています。本研究と合わせて考えると、オスの胸ビレとメスの背ビレはどちらも受精を協調するために重要であると思われます。「フッキング」と「絞り」の順序が乱れることで、ペアの間で産卵の協調がうまくいかなくなります。
 本研究では、これまで行われてこなかった「震え」の定量的解析を行いました。「震え」の間、野生型オスは頭を48.9±4.0度回転させることを繰り返し、メスの体を直接刺激しました。ゼブラフィッシュ以外にも、メダカ、メキシカンテトラ、シクリッド、サケなどの他の硬骨魚でも「震え」行動が報告されています。メダカやメキシカンテトラのオスは、産卵の直前に「震え」行動を行います。そのため、これらの種の「震え」は、ゼブラフィッシュと同じようにメスを刺激して放卵を誘導することに関与している可能性があります。一方で、シクリッドの「震え」は異なる役割を果たしています。シクリッドのオスは、メスの前で「震え」を見せることで、メスを自分の縄張りにエスコートします。産卵場所に入ったペアは、お互いを何度も輪を作って泳ぎ、産卵します。したがって、シクリッドの「震え」は、産卵を誘発するというよりも、メスを引き寄せるために機能している可能性があります。全体として、「震え」は種によって様々な機能を持っています。本研究では、ゼブラフィッシュのオスの「震え」行動が、その後のメスの「凍結」行動に必要であることを、「震え」行動が正常に行えない変異体を用いて明らかにしました。
 εKOは、速筋に筋肉型のニコチン性アセチルコリン受容体(AChR)を発現していません。速筋の神経筋接合部は筋肉への情報伝達が遮断されていますが、εKOは運動神経を再配線し、遅筋を速筋に変換することで運動能力の欠如を補っています。しかし、このような神経学的な補正にもかかわらず、εKOオスは「震え」行動に異常がありました。εKOオスの「震え」は、野生型に比べて機能する筋肉の数が少ないため、弱くて協調性がないと推測されます。実際、εKOの自発的な遊泳速度は野生型と同程度ですが、頭部の動きの振幅で測ることができる逃避反応の初期段階は鈍くなっています。そのため、「震え」行動中の素早く連続的な収縮は、通常の泳ぎに比べて、より多くの筋力や協調性、エネルギーが必要である可能性があります。同じ理由で、εKOオスは「絞り」行動もできない可能性があります。しかし、εKOオスは、通常の交尾では「震え」行動の後に行う「絞り」行動を行う機会さえもない可能性があるため、このことを検討することは困難です。
 反対に、εKOメスと野生型オスのペアでは、εKOメスの方が機能的な筋肉の数が少ないにもかかわらず、産卵行動は通常通り成功しました。この結果から、おそらくメスによる放卵は受動的な仕組みであるため、ゼブラフィッシュのメスはオスよりも少ない機能的な筋肉で「絞り」行動を完了させることができると考えられます。メダカでは、メスは「絞り」をしなくても「震え」の刺激だけで産卵します。メダカのペアの「震え」行動中に水槽を叩いて邪魔をすると、メスが放卵を開始するのに4秒以上の震え刺激が必要でした。さらに、産卵が始まった後、メスはオスから離れても放卵をやめませんでした。このようなゼブラフィッシュとメダカの違いを生み出すメカニズムの一つとして、メダカ、グッピー、マミチョグなどのいくつかの硬骨魚で報告されている卵巣収縮が考えられます。卵巣収縮は、アセチルコリンを作用させることで誘発され、卵を放出するのに重要な役割を果たしています。メダカでは、腹壁を除去してもアセチルコリンが卵巣の収縮を誘導することから、卵巣平滑筋が直接刺激されていると考えられています。(補足:腹壁は体の内蔵を囲むようにしてある筋肉と皮下組織のこと。この場合は卵巣を囲んでいる筋肉がなくても収縮が起こったことを示している。)ゼブラフィッシュでは卵巣収縮は報告されていません。同様に、メキシカンテトラは「巻き付き」行動と「絞り」に似た行動を示しますが、その際に卵巣収縮が起こることは報告されていません。そのため、硬骨魚種が卵を放出するためには、「絞り」行動と卵巣収縮の2つのメカニズムのどちらかを必要とするというのは、妥当な仮説です。この研究の興味深い次のステップとして、ゼブラフィッシュやメキシカンテトラの卵巣がアセチルコリンに反応して収縮するかどうかが挙げられます。また、ゼブラフィッシュやメキシカンテトラなど、さまざまな硬骨魚種の卵巣壁の平滑筋の形態学的解析も、産卵行動時の放卵メカニズムをさらに理解するために重要な情報となるでしょう。

よろしくお願いします。