アカハライモリの対ヘビ戦略 ~尻尾に注目!~ 論文紹介

アカハライモリの対ヘビ戦略 ~尻尾に注目!~

論文名 Antipredator behavior of newts (Cynops pyrrhogaster) against snakes
ヘビに対するアカハライモリの捕食回避行動
著者名 Koji Mochida, Akira Mori
掲載誌 PLOS ONE
掲載年 2022年
リンク doi.org/10.1371/journal.pone.0258218

ヘビに対するアカハライモリの防衛行動を調べた2022年の論文です。
 アカハライモリはその名の通り、お腹が赤いイモリで、日本の固有種です。国内では沖縄と北海道、伊豆諸島、対馬島を除いた広範囲に生息しています(漫画「アカハライモリ」参照)。そのため、一般的にイモリと言えばアカハライモリを指しています。
 アカハライモリの成体は手足や尾が再生することから、再生研究を目的とした実験動物として研究対象になっています。しかし、本論文では、ヘビに対する防衛行動について、気温や生息地といった外的要因を含めて調査しています。
 この論文を読むまでは知りませんでしたが、アカハライモリは背や尻尾に分泌腺があり、フグ毒として有名なテトロドトキシンを分泌することができます(漫画「アカハライモリ」参照)。ですが、アカハライモリ自身がテトロドトキシンを合成しているのではなく、外部から取り入れたテトロドトキシンを蓄積していると考えられています。そのためか、アカハライモリが持つテトロドトキシンの量は非常に少ないと考えられています。そうでなければ、アカハライモリを触った手に付いたテトロドトキシンで事故が起きたり、惚れ薬として丸焼きが売られたりはしないでしょう。つまり、アカハライモリはテトロドトキシンを分泌できるけれども、捕食者を完全に撃退することは難しく、別の防衛手段が必要です。
 アカハライモリの防衛行動としてスズガエル反射と尻尾を使った威嚇行動があります。スズガエル反射はお腹の赤色を捕食者に見せることで、自身に毒がある、食べると後悔するよ、と教える行動です。しかし、赤色=警告色を認識してもらえなければ、効果はありません。ヘビは色の判別があまりできず赤色を認識することができないと考えられています(漫画「お腹を見せる」参照)。赤色が分からないヘビに対してアカハライモリはどうするのでしょうか?非常に興味をそそられるテーマです。
 また、本研究では、アカハライモリの尻尾を使った威嚇行動が、捕食者に対してどのような意味を持つのか、という点について考察しています(漫画「お腹を見せる」参照)。尻尾を犠牲にすることで生き延びるという仮説ですが、実際に野外で、尻尾だけを食べたヘビや尻尾のテトロドトキシンで被害を受けたヘビは報告されているのでしょうか?飼育容器内で、仮説を立証するような行動を観察することができれば、非常に面白いと思います。
 本論文では、尻尾を使った威嚇行動について、3つのタイプを挙げています。実際に本研究では、そのうちの2つが観察されました。この尻尾を使った威嚇行動のタイプの違いにも何かしらの意味があるのでしょうか?捕食者の種類によってタイプを使い分けていたりはしないのでしょうか?その点も非常に気になるところです。
 
 補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。

この論文で分かったこと

  • アカハライモリはヘビの鼻よりも舌に反応して尾を使った威嚇行動を示す。

  • アカハライモリは、ヘビが活動する20℃では尾を使った威嚇行動を示したが、4℃では示さなかった。

  • アカハライモリの尾を使った威嚇行動は、ヘビの注意を尾部に向けさせることで尾以外の部位を攻撃されることを防ぐ対捕食防御として機能している可能性が示された。

[背景]

 イモリやサンショウウオは、捕食を回避するために驚くほど多様な二次的防御形質を進化させてきました。イモリ科、トラフサンショウウオ科、サンショウウオ科、アメリカサンショウウオ科の間で、捕食回避行動が収斂進化していることが報告されています。これらの行動は、様々な種類の毒性・有害化学物質を分泌する粒状腺の分布、化学物質の種類、警告色の両方もしくはどちらか一方と相関していました。イモリ科の1種であるアカハライモリでは、その地域の捕食者に対する特異的な行動の保護効果によって、集団間で反捕食行動が異なります。また、イモリ科やアメリカサンショウウオ科のイモリやサンショウウオも、その走力が体温に依存し、周辺温度により捕食者の行動パターンが異なるため、周辺温度の変化に伴って捕食者に対する行動を変えることができます。したがって、イモリやサンショウウオの捕食回避行動は、生物学的環境要因と非生物学的環境要因の両方によって形作られることになります。
 アカハライモリは、ほとんどの脊椎動物に存在するナトリウムチャネルを遮断する神経毒であるテトロドトキシンを背面および尾部の皮膚腺から放出します。さらにイモリは、腹部の警戒の赤色を示す防御姿勢であるスズガエル反射と呼ばれる静止する捕食回避行動をとります。(補足:スズガエル反射(unken reflex)は捕食者に毒を持つことを警告するために体を反らせて四肢をあげて腹の色を見せびらす姿勢のこと。)この行動は警告色の効果を高め、鳥類のような4色覚により赤色を識別できる視覚で狩りをする捕食者からの攻撃を防ぐことができます。そのため、鳥類が主な捕食者となりうる島嶼に生息するアカハライモリは、カロテノイドなどの生理的資源を利用して高い頻度でスズガエル反射を行います。しかし、この静止する警告行動は、哺乳類肉食獣のような色彩指向のない捕食者に対して行うと、逃げる機会を失うため、死に至る可能性があります。そのため、鳥類と哺乳類肉食獣の両方を主な潜在的捕食者とする本土で見られるイモリは、この行動をそれほど頻繁に行わず、両方の捕食者に影響を与える高いレベルの毒性を進化させました。
 イモリやサンショウウオも、ヘビや小型哺乳類に対して有効である尾を使った威嚇行動を示します。これらの動物には、3色覚を持つものもいますが、一般に色覚に頼った狩りはしません。尾部に分泌腺が集中している場合、"ムチ打ち尾"はこれらの捕食者を直接撃退することができます。"振盪尾"と"波状尾"は捕食者の注意を尾に向けさせ、他の身体部位への攻撃を防ぐことができます。
 アカハライモリは鳥類、哺乳類、そしてヘビからの捕食圧力にさらされています。しかし、アカハライモリとヘビとの間の捕食者-被食者相互作用は、特に行動学的な観点からは十分に研究されていません。本研究では、アカハライモリが尾を使った捕食回避行動、特にヘビ特有の捕食刺激に対する反応を示すかどうかを調べるため、実験室で行動実験を行いました。また、野生でのヘビの活動パターンに影響を与える様々な温度条件下で実験を行いました。最後に、地域の生物相が異なるイモリ集団の尾を使った威嚇行動の傾向を予備的に比較しました。哺乳類肉食動物の捕食圧にさらされる本土のイモリは、尾を使った威嚇行動を示さないことが予想されました。スズガエル反射と同様に、尾を使った威嚇行動を示すとイモリは逃げる機会を失う可能性があります。

[実験]

実験1
 ヘビに反応してイモリが尾を使った威嚇行動を示すかどうかを調べるために、島嶼部(長崎県福江島)の個体群から得た20匹のイモリを使用し、実験1日前から20℃で実験室内に維持しました。また、実験室で飼育したシマヘビ3個体を使用しました。ヘビ1匹の首をそっと持ち、イモリの頭に舌で触れさせました。舌刺激はイモリやサンショウウオの捕食回避行動を誘発するヘビ特異的な捕食者刺激です。対照刺激として、口を粘着テープで塞いだヘビを用い、ヘビの鼻だけでイモリの頭部を触らせるようにしました。1回目の試行では、イモリの半数(10匹)に舌刺激を呈示しました。このとき、各イモリに対して1分間隔で5回ずつ刺激を呈示しました。翌日の2回目の試行では、同じイモリに対して対照刺激を1分間隔で5回呈示しました。残りの10個体については、1回目に対照刺激を、2回目に舌刺激を呈示しました。それぞれの刺激に対して、イモリが以下の3つの尾を使った威嚇行動、尾が捕食者を攻撃する "ムチ打ち尾"、尾がまっすぐになり、左右に揺れる"振盪尾"、尾がしなるように動く"波状尾"のいずれかを行ったかどうかを記録しました。0点は、1回の試行で5つの刺激のいずれに対しても尾を使った威嚇行動を示さなかった場合、5点は、1回の試行で5つの刺激すべてに対して尾を使った威嚇行動を示した場合、としたスコアリングシステムに基づいて行動反応回数を算出しました。

実験2
 イモリが野外でヘビに遭遇するような温暖条件下(20℃)と、ヘビが無活動である低温条件下(4℃)で、イモリの尾を使った威嚇行動のパフォーマンスに及ぼす温度の影響を検討しました。また、イモリも実験室でも野外でも4℃では無活動ではありませんが活動が低下します。本実験では、島嶼部の個体群から19個体を使用しました。イモリは実験1日前から実験室(20℃)または冷蔵室(4℃)で維持しました。最初の試行では、一般的な捕食者刺激として鉗子の鈍端を用いて、実験者はイモリの頭部を1回だけ優しくつつきました。翌日の2回目の試行では、同じイモリに同じ捕食者刺激を1回与えました。10匹に対し1回目は4℃、2回目は20℃で捕食者刺激を与え、残りの9匹には1回目には20℃、2回目には4℃で捕食者刺激を与えました。イモリが尾を使った威嚇行動(ムチ打ち尾、振盪尾、波状尾)を示したか、スズガエル反射を行ったか、全く尾を使った威嚇行動を示さなかったか(このカテゴリーには逃避反応が含まれる)を記録しました。

実験3
 主な捕食者が異なる集団間(島嶼部集団と本土集団)で、イモリが尾を使った威嚇行動を示す傾向を比較検討しました。実験1と同様の方法で、本土集団(長崎県諫早市)のイモリに接触刺激としてヘビの舌を呈示しました。1回の試行につき、5つの捕食者刺激に反応してイモリが尾を使った威嚇行動(ムチ打ち尾、振盪尾、波状尾)を示す傾向を記録し、スコア化しました。20℃でヘビの舌によって誘導される尾を使った威嚇行動のスコアを、実験1の結果と比較しました。

[結果]

 島嶼部のイモリは、ヘビの鼻よりも舌に対して有意に高い頻度で尾を使った威嚇行動を示しました(図1、舌:1.05 ± 0.41、鼻:0.15 ± 0.15、P=0.031)。20匹の内の6匹が行った尾を使った威嚇行動の内訳は、振盪尾と波状尾でした。ムチ打ち尾は誘発されませんでした。捕食者刺激に対して尾を使った威嚇行動を全く示さなかったイモリは逃避しました。

 温暖条件下では、19匹のイモリの内、9匹は振盪尾と波状尾を示しましたが、低温条件下では、尾を使った威嚇行動を示すイモリはいませんでした(図2)。低温条件下では、捕食者刺激に反応して、10匹のイモリはスズガエル反射を示し、残りの9匹は逃避しましたが、その逃走速度は20℃よりも4℃では遅くなりました。このように、異なる温度でイモリははっきりと違った捕食回避行動を示しました。

 島嶼部のイモリは、本土のイモリよりも高い頻度で尾を使った威嚇行動を示しましたが、その差は有意水準に達しませんでした(図3、島嶼部:1.05 ± 0.41、本土:0.12 ± 0.12、P=0.031)。本土のイモリは17匹の内、1匹が尾を使った威嚇行動を示しました。

[考察]

 イモリはヘビ特異的捕食者刺激である舌や、一般的な捕食者刺激である鉗子に反応して振盪尾や波状尾を示しました。振盪尾と波状尾は、捕食者の注意を毒腺や有害腺の集中する尾に向かわせる対捕食防御として機能します。脊椎動物にとって神経毒であるテトロドトキシンを分泌する顆粒腺は、背中の表面と尾に分布しています。尾を失った場合、イモリは尾を再生することができます。イモリの尾は、鳥類、哺乳類、ヘビ類といった捕食者にとって利益にならないことがあり、再生能力があるためイモリにとっては致命的な損失ではないでしょう。しかし、捕食者がイモリの頭部を攻撃すると、たとえ捕食者がイモリの背中の表面にある顆粒腺を避けるためにイモリの残りの部分を食べなくても、死に至ることがあります。以前の研究とは対照的に、ムチ打ち尾は全く観察されませんでした。アカハライモリの毒腺の分布と再生能力から、尾を使った威嚇行動は捕食者の注意を消耗品である尾に向かわせ、体の他の部位への攻撃を防ぐ捕食回避防衛として機能しているという仮説が考えられます。
 尾を使った威嚇行動は、鼻ではなく舌によるヘビ特異的な接触刺激によって誘発されました。ヘビと同様に、いくつかのトカゲは攻撃前に舌による接触によって食物を検知し認識しますが、日本では両生類をエサとするトカゲは知られていません。イモリはヘビが野外で活動する温暖条件下で尾を使った威嚇行動を示しました。ヘビとは対照的に、鳥類と哺乳類の捕食者は冬の間でも活動し、本研究で使用したアカハライモリを捕獲した地点でも気温4℃が記録されています。野外では、4℃では、イモリの活動は低下しますが、動かなくなるわけではありません。本研究では、低温条件下では、イモリは尾を使った威嚇行動を示しませんでしたが、鳥類の捕食者に警告するために機能するスズガエル反射を行いました。本研究では、尾を使った威嚇行動が鳥類または哺乳類の捕食者に対して防衛効果があるかどうかは調べませんでした。しかし、接触刺激の種類や尾を使った威嚇行動が強く示される環境温度にもとづいて、尾を使った威嚇行動の主な標的はヘビであると推定しました。
 本土のイモリは、ヘビ特異的な捕食者刺激または一般的な捕食者刺激に反応して捕食回避の尾を使った威嚇行動を示しませんでした(図3)。肉食哺乳類による捕食圧力にさらされている本土のイモリは、尾を使った威嚇行動を示さない可能性が予測されました。哺乳類に対する静的ディスプレイは効果が低いために、これらのイモリはその時間をほとんど逃避に費やす可能性が高くなります。一島嶼部のイモリと本土の一地点のイモリを比較しただけですが、本研究結果は、この予測を部分的に支持しています。本研究で検出された尾を使った威嚇行動の頻度の群間の差異は、島嶼部と本土の間のイモリに対するシマヘビの捕食圧の違いに起因している可能性があります。イモリの生存率に対する尾を使った威嚇行動の貢献度やその頻度の差異についてはさらなる研究が必要ですが、本研究結果から、アカハライモリの尾を使った威嚇行動はヘビの注意を尾に向けさせ、より脆弱な部位への攻撃を防ぐ対捕食防御として機能していると考えられます。

よろしくお願いします。