フグは毒をどこから手に入れる? ~ヒラムシの一生とフグ毒~ 論文紹介

フグは毒をどこから手に入れる? ~ヒラムシの一生とフグ毒~

論文名 Toxic Flatworm Egg Plates Serve as a Possible Source of Tetrodotoxin for Pufferfish
有毒ヒラムシの卵板はクサフグのテトロドトキシンの起源のひとつである
著者名 Taiki Okabe, Hikaru Oyama, Maho Kashitani, Yuta Ishimaru, Rei Suo, Haruo Sugita & Shiro Itoi
掲載誌 toxins
掲載年 2019年
リンク https://www.mdpi.com/2072-6651/11/7/402

クサフグが毒を手に入れるためにオオツノヒラムシの卵板を食べていることを発見した2019年の論文です。
 先日NHKの永遠の5才児に怒られる番組で取り上げられていましたので、ご存知かもしれません。番組では論文の内容を詳しく説明されてはいなかったため、どんな内容なのかが気になり、今年の論文ではありませんが取り上げました。
 フグに含まれる毒であるテトロドトキシンは生物界で最強の毒と言われているように、ヒトが2~3 mgを食べることで死んでしまうと言われています。毒として有名な青酸カリと比較してその毒性は850倍にもなるようです。このフグのテトロドトキシンは、フグが自身の体の中で生産しているのではなく、外部からの摂取、つまりエサに含まれているテトロドトキシンを体内に貯めていることが知られています(漫画「フグはテトロドトキシンを作れない」参照)。[背景]に書かれているように、海洋細菌や小型プランクトンが生産したテトロドトキシンがいろいろな生物に食べられて濃縮され、食物連鎖の上位にいるフグが最終的に濃縮されたテトロドトキシンを溜め込むと言われています。しかし、いわゆる微生物由来だとすると、フグに蓄積されているテトロドトキシン量を得るためには非常に多くの微生物が必要になるため、別の経路が存在するのではというのが疑問点になっています。また、この論文では、フグの毒が何のために使われているのか、という点についてもフグの成長と関連して考察をしています。
 もうひとつ、フグがテトロドトキシンの臭いを感知していることは知られていましたが(漫画「卵板が見えている?」参照)、本研究では、臭いだけではなくテトロドトキシンが含まれる生物を視覚的に認識している可能性を指摘しています。
 著者の一人で、NHKの番組にも出演されていた糸井先生は、この論文以前にオオツノヒラムシの成体や幼生がフグの毒の供給源になっていることを報告しています。本論文以降も、他のフグや有毒ハゼが有毒ヒラムシを食べていることについての論文を2020年に発表しており、ヒラムシのテトロドトキシンと有毒生物の関係について精力的に研究をされているようです。フグの毒についてはこの論文で全て解明したわけではありません。今後の研究にも注目していきたいと思います。

補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。


この論文で分かったこと
・クサフグは高濃度のテトロドトキシンを含むオオツノヒラムシの卵板内の卵を食べる。
・クサフグはオオツノヒラムシの卵板を視覚で認識している可能性がある。
・オオツノヒラムシの卵板はクサフグの有毒化に貢献していると考えられる。

[背景]

 フグ毒として知られるテトロドトキシンは,最も強力な生物学的毒素の一つです。テトロドトキシンは筋肉や神経組織の興奮性膜に存在する電位依存性ナトリウムチャネルを遮断することにより、神経伝達を阻害することで作用します。テトロドトキシンは、カエルやイモリなどの両生類、フグやハゼなどの魚類、甲殻類、頭足類、腹足類、二枚貝類、扁形動物、紐形動物、海洋細菌など、極めて多様な分類の生物から発見されています。
 これらのテトロドトキシンを持つ生物の中でも、特にトラフグ属のフグは、この毒素を多く持つことで知られています。テトロドトキシンは、バクテリアを始点とする食物連鎖によってフグの体内に蓄積されると信じられています。このことは、人工的な培養環境で、ふ化後に無毒なエサを与えたフグが無毒化し、さらにその無毒化したフグにテトロドトキシンを経口投与することで有毒化したといういくつかの研究結果からも推測されます。一方、これまでの研究で行われたような最適ではない条件で培養された細菌が生産するテトロドトキシン量は自然環境下で生産される量よりも少ないと考えられますが、細菌が生成するテトロドトキシン量は極めて微量であることが知られているため、食物連鎖による有毒化の起源を海洋細菌だけに求めることは、フグ体内のテトロドトキシンの量を説明することにはなりません。最近、私たちの研究室では、クサフグがヒガンフグの有毒卵を食べていることから、クサフグは近縁種の卵から濃縮されたテトロドトキシンを摂取することで効果的に有毒化すると考えられることを報告しました。しかしながら、フグの自然史を完全に理解するためには、フグに蓄積された毒素量の多さを説明できるテトロドトキシンの供給源をさらに探ることが重要です。
 私たちの研究室の別の論文では、最近、クサフグが扁形動物のオオツノヒラムシを食べることで効果的に有毒化することから、フグのテトロドトキシンの主要な供給源の一つがオオツノヒラムシであると考えられることを報告しています。また、オオツノヒラムシは、春から初夏にかけて潮間帯の岩や石の表面に有毒な卵板を産み付けます。(補足:卵板は卵塊のことで、複数の受精卵を包み込んでいる組織と一緒にまとめて産卵する。)フグの有毒化へのオオツノヒラムシの関わりをさらに理解するために、潮間帯における両者の生態関係を調査したところ、オオツノヒラムシの産卵場所でのフグのもう一つの興味深い行動にも気づきました。本研究では、このフグの行動を、フグの有毒化のための追加戦略である可能性を説明します。

[結果と考察]

 三浦半島の葉山にある潮間帯の10メートル四方の領域で、オオツノヒラムシの産卵している集団が見つかりました。産卵している各集団では、最大で3匹のオオツノヒラムシの成体と6個の岩が見つかり、岩毎に1-10個の卵板がありました(図1)。卵板の数は、岩の大きさと関連しているようにみえ、大きな岩には多くの卵板が産み付けられました。卵板が産み付けられた最も小さな岩は重さ300-400gで大きさが100 mm未満でした(図2)。

画像1

画像2

 フグによって食べられる卵板をより観察しやすくするために、隠れていた卵板が産み付けられた岩を再配置しました。満ち潮の間に、卵板が産み付けられた岩に数匹のクサフグが集まり様子が観察されました(図1A)。引き潮になると、フグが集まっていた場所の卵板が削ぎ落とされていることが分かったことから、フグがそれらを食べたと考えらます(図1C、D)。
 卵板の残った部分を回収し、DNA配列の決定とテトロドトキシンの抽出を行いました。得られた28SリボソーマルRNAとシトクロムcオキシダーゼサブユニットI(COI)遺伝子の配列はオオツノヒラムシの配列と一致しました。(補足:一般的に28SリボソーマルRNAとシトクロムcオキシダーゼサブユニットI(COI)遺伝子の配列は種の同定に使われる。これらの配列がある生物のものと一致した場合はその生物と言える。)さらに、質量分析によって、テトロドトキシンであることが確かめられ、その濃度は23 ± 16 μg/gであり、研究室で産卵させた卵板に含まれる量(9393 ± 3356 μg/g)や成体に含まれる量(115 ± 52 μg/g)よりも有意に少ないことが分かりました。これらの毒性は以前に報告された自然環境下の卵板の値よりも明らかに低いものでした。オオツノヒラムシの幼生のテトロドトキシン濃度は卵板のものよりも高いか同じ程度であることから、ゼリー状の卵殻のテトロドトキシン濃度は非常に低いことが分かります。(補足:卵板には卵や胚以外にも卵殻などが含まれるが、テトロドトキシンは主に幼生になる卵や胚そのものに含まれている。)そのため、本研究結果から、フグは卵板内の毒を含む部分であるオオツノヒラムシの胚を摂取したことが分かりました。
 実験室の水槽でのエサやり実験のために、クサフグの成魚にプラスチック水槽の内側に産み付けられたオオツノヒラムシの卵板を食べさせました(図3)。以前の報告と同じ様に、この卵板には非常に高濃度のテトロドトキシン(9393 ± 3356 μg/g)が含まれていました。フグはテトロドトキシンの匂いを感じることが報告されているため、有毒のオオツノヒラムシの卵板を見つけるために嗅覚を使うことが出来ます。しかし、興味深いことに、本研究のフグはプラスチック水槽の内側に卵板が産み付けられているにも関わらず、水槽の外側に産み付けられた卵板を削ぎ落とそうとしました。このことから、フグは卵板を見つけるために視覚情報も使っていると考えられます。この行動を理解するためにはさらなる研究が必要です。対照群として、乾燥オキアミや人工エサが与えられました。フグは、乾燥オキアミや人工エサよりも積極的に有毒の卵板を摂取しました。

画像3

 これまでに、クサフグの稚魚と成魚は、オオツノヒラムシの幼生と成体をそれぞれエサとして与えると有毒化することを報告しました。本研究は、フグはオオツノヒラムシの卵板も食べること、そして、オオツノヒラムシの卵板がテトロドトキシンの追加的供給源であることを明らかにしました。自然環境下では、岩や石の表面に産み付けられたオオツノヒラムシの卵板は高濃度のテトロドトキシンを含んでいることが知られています。本研究から、オオツノヒラムシは卵期を含む一生を通してクサフグの有毒化に貢献していると考えられます。
 テトロドトキシンは産卵期に集合するために使われているように見えるフェロモンとしても重要である可能性がありますが、トラフグ属のフグのメスは、明らかにふ化したばかりの稚魚を守るために卵巣にテトロドトキシンを蓄積します。図4に示すように、同じ領域で、オオツノヒラムシはクサフグよりも早い時期に産卵します。フグが次世代を生存させるために効果的にテトロドトキシンを摂取する必要があり、テトロドトキシンの供給源はオオツノヒラムシとその卵板の両方または一方である様に見えます。

画像4

 オオツノヒラムシは潮間帯の岩の隠れている場所に卵板を産み付けます。これらの岩の重さは数百グラムから数キログラムまで多様です。岩は一般的にフグにとって自身でひっくり返すには重すぎますが、潮間帯では波の力によってひっくり返されることがあり、表出している卵板を探すために、フグは産卵期前や産卵期中に浅瀬に入る危険を犯します。フグにとって、満ち潮の始まりは扁形動物や紐形動物といったテトロドトキシンを含んだ生物またはその卵を食べるための絶好の機会です。一方で、この領域のテトロドトキシンを含んだ生物の数は、オオツノヒラムシのテトロドトキシン量を説明するには少なすぎます。(補足:オオツノヒラムシのテトロドトキシン量と書かれているがクサフグのことだと思われる。)よく知られているフグの強力な毒性をもたらすテトロドトキシンの全ての供給源を明らかにするためにはさらなる研究が必要です。

[結論]

 有毒のオオツノヒラムシは潮間帯で春から初夏にかけて岩に有毒の卵板を産み付けます。この期間中、このヒラムシの有毒の卵板は、本研究で確かめられたように、自然環境下でも水槽飼育下でも、クサフグによって食べられます。この領域で、オオツノヒラムシはクサフグよりも早い時期に産卵します。これらの結果から、フグはヒラムシの卵板を自身と次世代を護るためのテトロドトキシンの追加的な供給源として利用します。

よろしくお願いします。