ヤマトシロアリの越冬部屋 ~地中の王室は暖かい~ 論文紹介

ヤマトシロアリの越冬部屋 ~地中の王室は暖かい~

論文名 Discovery of an underground chamber to protect kings and queens during winter in temperate termites
温帯性シロアリの王と女王を冬季期間に守るための地下室の発見
著者名 Mamoru Takata, Takao Konishi, Shuya Nagai, Yao Wu, Tomonari Nozaki, Eisuke Tasaki & Kenji Matsuura
掲載誌 Scientific Reports
掲載年 2023年
リンク https://doi.org/10.1038/s41598-023-36035-1

ヤマトシロアリの地下にある冬期王室を発見した2023年の論文です。
 ヤマトシロアリは地下に蟻道と呼ばれるトンネルを作り、コロニーを拡大していく地下シロアリで、日本では、地下からやってきて家屋の木材を食害することから、イエシロアリと並んで代表的な害虫となっており、駆除対象となっています。シロアリ被害は家屋に深刻なダメージを与えるため、防虫や駆除のためにその生態はよく調べられています。
 この論文では、冬期にヤマトシロアリの王と女王がコロニーのどこにいるのかを調べています。上記のように、ヤマトシロアリの生態はよく調べられており、温暖期にいる場所(王室)にはいない、ということは分かっていたようです(漫画「ヤマトシロアリの生活」参照)。ですが、冬期にどこにいるかは、謎のままだったようです。論文の著者たちは地下に作られている蟻道をたどることで、その居場所を発見しました。図2aに発見した冬期王室の場所の写真が掲載されています。それを見ると、かなり大変であったことが伺われます。 
 また、冬期王室を発見したことだけではなく、なぜ、冬期王室があり、そこに王と女王がいるのか、についてヤマトシロアリの寒冷耐性を調べることで、その意味を考察しています。各カーストの寒冷耐性を調べていますが、王や女王の生殖カーストが兵アリや働きアリの非生殖カーストよりも寒冷耐性が高いことは、コロニーにとっての重要性から分かりますが、そのメカニズムがどうなっているのかが気になるところです。本論文でも、その点について考察されています。昨年のはじめにヤマトシロアリのゲノムが解読され、カースト別の遺伝子発現解析が行われておりますので、それらのデータを利用することで、メカニズムを解明できる可能性がありますので、今後の研究を待ちたいと思います。
 著者たちの所属は京都大学農学部の昆虫生態学研究室で、シロアリやアリを研究対象としてその社会性や生態を研究しています。研究室のサイトでは、ヤマトシロアリに関連した他の研究が紹介されています。どの研究も興味深いのですが、なかでもシロアリの卵に擬態する真菌であるターマイトボールが興味深いです。詳しいことが分かっていないため、今後研究でいろいろと明らかになる可能性があります。機会があれば、ぜひ紹介したいです。

補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。

この論文で分かったこと

  • 京都市内での野外調査では、5月から9月の間、ヤマトシロアリの王と女王は地上の丸太にある王室にいる。

  • 10月から4月の間、王と女王は地上の王室ではなく、切り株の根にある地下の王室にいる。

  • 1月の地下の王室の温度は、地上の王室や地表気温よりも3.0~4.7℃高く、平均で7.0~8.3℃である。

  • 王と女王の50%致死温度は、兵アリや働きアリよりも低く、-8.0℃である。

  • 過去140年間での、京都市の最低気温は-11.9℃であり、ヤマトシロアリは地下の王室にいることで、生き残ってきた。


[背景]

 気温はほとんどすべての生物の分布域を制限する主な要因です。昆虫は気温の変動に敏感で、その活動の大部分は温帯領域、極地領域、または高山領域の低温によって制限されています。極端な気温条件下で生き残るための行動的(熱または低温忌避、一時的な行動など)、生理的(酸化防止剤、抗凍結たんぱく質、抗凍結剤などの生産)メカニズムの多様性を昆虫は獲得しました。そのため、生物季節学、長期生存、生活環と同様に、昆虫の持続性を改善させている行動的、生理的メカニズムと致死的リスクである気温を理解することは、気候変動や個体群分布による昆虫の地理的分布を予測するための基礎になります。(補足:生物季節学とは、開花、冬眠、ふ化、交尾などの毎年繰り返される生物学的現象と気候との関連を研究する学問のこと。)
社会性昆虫は生殖的分業を担うカーストで特徴づけられる非常に組織化された社会を構築します。生殖カーストは主にワーカーや兵といったコロニーメンバーを生みだします。そのため、シロアリにとって、生殖カーストの生存は社会の繁栄を維持するために極めて重要です。一般的に王と女王は、捕食、病気、飢餓、乾燥、そして極端な温度による外因性死亡のリスクを低減するため、非生殖カーストが提供する社会レベルの防御(以後、社会的防御)によって守られています。入り組んだ巣の構造は社会的防御の最も不可欠な要素のひとつであり、住みやすい微小環境を作るために極端な温度を遮断することによって、生息地の拡大を可能にしています。そのため、温度が生存に適さないときの生殖カーストの居場所は、緯度限界でコロニーがどのように生存するのかを究極的に理解するために重要です。
 一般的に、シロアリは熱帯性昆虫ですが、いくつかの種は温帯域にまたがって適応し分布しています。冬の温度は高地のシロアリの分布を制限する主要な環境要因です。北半球では、ヤマトシロアリ属はほとんど温帯林に生息します。ヤマトシロアリは、生殖システムについて最も研究されたシロアリの1つです。日本では、ほとんどのヤマトシロアリは九州から北海道にかけてのオーク(ブナ科コナラ属)・マツ混成林に生息します。単一のコロニーが、倒れた丸太や切り株などの多様な木種を利用し、それらは地下トンネルでつながっています(図1a)。成熟した天然のコロニーには、10万匹以上の働きアリがおり、典型的には、それらは一匹の創設王と、単為生殖により誕生し創設女王と入れ替わった多数の二次女王によって率いられています。(補足:コロニー形成時の最初の王と女王が創設王と創設女王になる。)コロニーが二次女王を生みだし、急激に拡大するまでに5年以上かかるため、有翅虫、王、女王は数回の冬を超えて生き残らなければなりません。5月から10月までの温暖期では、王と女王は、地上の丸太の深部に位置する部屋で守られ世話されます。シロアリの王と女王は、複数箇所に巣を作りることと高度な社会的防御が存在することによって極度に保護されています。その結果、その越冬の生態や行動についてほとんどわかっていません。
 本研究では、ヤマトシロアリの王と女王の季節性移動とその寒冷耐性を調べました。最初に、季節を通して地上にある腐った丸太を調査することによって、王と女王の季節性移動を検出しました。次に、冬に王と女王が丸太からほとんど完全にいなくなることが判明した後、シロアリのトンネルを追跡し、地下室を見つけました。3つ目として、冬に、王と女王を切り株の根本で見つけたことから、夏に切り株の地上部分と地下部分を調べることで、王と女王が温暖期に地上の部屋におり、寒くなると地下に移動することを明らかにしました。4つ目として、研究室で実験を行い、越冬するシロアリの各カーストの寒冷耐性を分析しました。最後に、気象庁から得られた気温データを用いて、地上の丸太で越冬する際の低温による王と女王の致死リスクを評価しました。

[結果]

王室の位置の季節性
 野外調査によって、王と女王の位置は季節性をもって変動することが明らかになりました(図1b)。調査区域の温暖期である5月から9月では、王と女王は地上の腐った丸太にいました。対照的に、寒冷期の10月から4月では、王と女王は地上の丸太から姿を消し、そこで見つけることはほとんど不可能でした(図1b)。地表の丸太から始まるトンネルを追跡することで、3つのコロニーで地下に設けられた冬の王室の位置を確認しました(図2a)。これらのコロニーは山の斜面の南に面していました(図2b)。それぞれのコロニーの海抜は166、190、196 mでした。その山は木陰が広がり、林床には多くの腐った丸太があり、シダ類が生い茂っていました。土壌はわずかにジメジメして透水性がありますが、ローム質に分類され、サイズが均一でした。冬の王室は、15、24、37 cm地下の切り株の根にありました(図2a)。王と女王に加えて、働きアリと兵アリと幼虫も切り株の根で見つかりました。ニンフはコロニーIIIのみで見つかりました。コロニーIとコロニーIIでは、切り株の地上部分にはいませんでした。(補足:ニンフは生殖虫である有翅虫になる前段階の幼虫のこと。)コロニーIIIでは、ほとんどの個体は切り株の地下部分で見つかりましたが、何匹かの働きアリと幼虫が地表から5 cm以内の場所で観察されました(図2c)。冬期とは対照的に、夏期の王室は地上の丸太のみで発見されました。本調査で発見されたすべてのコロニーには、複数の二次女王が含まれていました。

冬期王室と地上の温度
 
調査区域で最も寒い季節である1月では、地下の冬期王室の温度は地上の丸太にある王室よりも平均で3.0~3.8℃、地表付近の気温よりも平均で3.5~4.7℃高くなりました(図2e)。冬期王室と地上の丸太にある王室の最低温度は平均でそれぞれ4.2℃と-1.5℃でした。地表付近の最低気温は-1.8℃でした。丸太と土壌が緩衝材として働いた結果として、冬期王室と地上の丸太にある王室の最低温度は周囲の温度よりもそれぞれ6.0℃と0.3℃高くなりました。冬期王室の温度は地上の丸太にある王室の温度や地表付近の気温に比べて明らかにより安定していました。

各カーストの致死低温
 カースト間の寒冷耐性は有意に異なりました(図3)。王と女王は働きアリや兵アリよりも有意に高い寒冷耐性を持っていました。王、女王、働きアリ、兵アリの50%致死低温はそれぞれ-8.0℃、-8.0℃、-6.6℃、-6.4℃と見積もられました。致死率の急激な上昇は王と女王では-8.0℃から、働きアリと兵アリでは-4℃から始まりました。そのため、冬期王室と地上の丸太にある王室の6.0℃と0.3℃の緩衝効果を考慮すると、冬期王室と地上の丸太にある王室で越冬した場合、周辺温度がそれぞれ-14.0℃と-8.3℃よりも低下した際に致死的なリスクに曝されることになります。

京都市の温度記録
 京都市の過去140年の気象データから、気温が-14.0℃を下回ることは起こり得ず、最低気温は-11.9℃であることが分かりました。過去140年で、年間最低気温が-8.3℃を一日でも下回った年は18回ありました(図4)。近年の気候変動のため、1963年の記録が最後となっています。

[考察]

 社会性昆虫は、過酷な環境と同様に捕食者による王と女王の死を防ぐための多様な特性を獲得しました。一般的に、シロアリは熱帯に生息し、温帯が分布の緯度限界です。王と女王は、有翅虫を生みだすために十分な大きさのコロニーにするまでに5回以上の冬を生き残らなければなりません。そのため、温帯性シロアリの王と女王は低温死を防ぐための特性を持つことが期待されます。本研究では、ヤマトシロアリが寒冷環境を克服するための行動的、生理的特性を明らかにしました。ヤマトシロアリは王と女王が越冬するための地下室を持っていました。その部屋は温かい繁殖期に使用する部屋とは別でした(図1、2)。5月から9月までの産卵期には、王と女王は地上の腐った丸太にいました(図1)。しかし、気温が下がり始めると、王と女王は切り株の根にある地下の王室へとほぼ完全に移動しました(図2a、c)。そこでは、土壌が緩衝材として働くために、地表の気温よりも暖かく安定していました(図2e)。寒冷逃避に加え、王と女王は寒冷耐性も働きアリや兵アリより高くなりました(図3)。気象データから、寒冷逃避と寒冷耐性の組み合わせによって、過去140年の京都の最も寒い冬を生き残ってきたと考えられます(図4)。冬期王室の同定と王と女王の致死低温の決定が、温帯性シロアリの越冬死リスクを回避するための重要な特性を明らかにしました。
 昆虫では、寒冷逃避は最も基本的な防衛の第一選択です。ヤマトシロアリのような地下シロアリは地下に降りることで致死的な低温を避けるという仮説があります。地下シロアリのReticulitermes flavipes(和名なし)やイエシロアリでは、働きアリは気温の低下に反応してより地中深く移動し、冬の間に地下100 cmより深くにいた証拠があります。シロアリは典型的には決まった場所に堅固な王室を構築することが知られています。乾燥条件を回避するために女王が移動することが報告されていますが、本研究は、直面する低温致死の可能性を回避するための地下の冬期王室を、シロアリのコロニーが王と女王に提供することを示した初めての報告です。本研究結果は、複数の二次女王によって率いられる天然コロニーを持つヤマトシロアリの独特な繁殖システムにとって重要な意味を持ちます。複数の女王がいることで、それらは一匹の創設女王よりもかなり小さく、冬期王室への行き来の際にその移動性が向上している可能性があります。社会性昆虫は個体間の局所的な相互作用を介して集団で多様な巣構造を構築します。王と女王、特に創設王の生存はコロニーを維持するために必要不可欠であり、シロアリの社会は外的要因による死から王と女王を保護するために選択されます。本研究は、気温が下がり始める前に、切り株の根に地下の冬期王室を構築することから分かるように、将来の出来事に対応するシロアリの集団的行動の初めての証拠です。本研究結果は、社会性昆虫の集団的構築物の多様性と複雑性を解明するものです。
 王と女王とともに、非生殖カーストも地下へ移動することも本研究で報告します。非生殖カーストの地下への移動には潜在的な2つの利点があります。ひとつは、以前に報告された寒冷逃避、つまり、地下への移動はコロニーを存続させるために重要な兵アリの損失を最小にすることです。もうひとつは、別の断熱層として機能することです。さらなる研究が必要ですが、働きアリの代謝熱が、地下にある巣の温度の低下に対する緩衝作用として寄与している可能性があります。これらの利点にもかかわらず、何匹かの働きアリは切り株と丸太の地上部分に残っていました。これは、リスクテイキング行動のためである可能性があります。(補足:リスクテイキング行動はリスクを認識していながらそのリスクをとる行動のこと。)地上の王室に留まることは、冬の間位に凍死するリスクを背負うことになりますが、環境温度の上昇に反応して、素早く活動を再開できるという利点もあります。これは、採餌、巣の修復、そして他のコロニーに対する防御などで有利になるでしょう。地表に残る働きアリ群はこれらのリスクとベネフィットのバランスに依存している可能性があります。
 寒冷逃避に加えて、シロアリの王と女王は、働きアリや兵アリと比べて生理学的により寒冷耐性が高くなりました(図3)。昆虫の低温に対するよく知られている生理的メカニズムは、グリセロール、グルコースやトレハロースといった炭水化物、そして多価アルコールといった抗凍結性代謝物の蓄積です。寒冷域に生息する乾材シロアリのPorotermes adamsoni(和名なし)やStolotermes victoriensis(和名なし)では、トレハロースと不飽和脂肪酸が抗凍結剤として機能します。王と女王はより多くこれらを蓄積できるように、働きアリから優先的にこれらの代謝物またはその前駆物質を受け取っている可能性があります。寒冷耐性のカースト間の違いを生みだす他の潜在的な原因として、共生微生物の違いによる可能性があります。ヤマトシロアリが属するミゾガシラシロアリ科のシロアリの腸には絶対共生微生物がおり、Reticulitermes flavipesの働きアリでは寒冷耐性を下げていることが知られています。腸内細菌の量はカースト間で異なり、王と女王は腸内細菌を持たない唯一のカーストです。そのため、カースト間の寒冷耐性の違いは共生微生物の有無と一致しています(図3)。シロアリのカースト間の寒冷耐性の違いを生みだしている直接のメカニズムを決定するためにはさらなる研究が必要です。また、シロアリが活動を続ける過冷却点と臨界最低温を決定するためにもさらなる研究が必要です。このような知見は、特定の微小生息地における採餌の動態とコロニーの成長をより明確に描き出すことになるでしょう。 
 本研究では、緯度限界の寒冷環境を乗り越えるための行動的、生理的特性を明らかにしました。冬期王室の同定は、気候変動による地理的分布と広がりの予測にとって基礎的な生態学的情報を提供します。より深い地中では、冬の間はより暖かくなりますが、ヤマトシロアリの冬期王室が位置する深さは宿主である木の根の深さによって制限されています。北海道のような年間の地上最低気温が50%致死低温の下限よりも低い地域に、シロアリが分布する理由を本研究結果から説明することができます。冬期王室の同定は、生態学的研究や害虫駆除目的でシロアリの王と女王を収集する技術開発のための第一歩でもあります。例えば、冬の間、王と女王は地中の通路では無く、木の中の王室にいたことから、人為的に枯れ木を地中に埋めることで王と女王を罠にかけられるかもしれません。創設王から二次王に置き換わったヤマトシロアリのコロニーが野外で見つかることはまれであることから、創設王を失ったコロニーは短期間に滅んでしまうようです。そのため、ここで提案した罠技術は害虫駆除で利用できるでしょう。まとめると、本研究は、シロアリの駆除方法の開発に寄与するとともに、シロアリの生物季節学、長期生存、そして生活環のさらなる理解につながります。

よろしくお願いします。