ヒトデの免疫 ~2つのMIFと走化性~ 論文紹介 簡易版

ヒトデの免疫 ~2つのMIFと走化性~

論文掲載年 2016年
掲載雑誌 Immunology and Cell Biology
論文タイトル Two macrophage migration inhibitory factors regulate starfish larval immune cell chemotaxis
和文タイトル 2つのMIF(マクロファージ移動阻害因子)がヒトデ胚の免疫細胞の走化性を制御している
著者 Ryohei Furukawa, Kana Tamaki and Hiroyuki Kaneko
論文へリンク https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1038/icb.2016.6

ヒトデの胚がもつ細胞性免疫に関する2016年の論文です。
著者らはヒトデ胚の免疫に関する研究を継続して行っていて2009年、2012年の論文に続く論文になります。
 細胞性免疫は、マクロファージなどの細胞が体の外部から侵入した異物に対して貪食作用(細胞に取り込まれることで無害化する)によって排除する免疫のことです。この免疫の発見は、ロシアのイリヤ・メチニコフという微生物・動物学者が、ヒトデの胚にバラのトゲを刺したところ細胞が集まってきたという観察がきっかけになりました。メチニコフはこの発見により1908年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
 しかしながら、ヒトデ胚の免疫についての研究はあまり行われていません。その理由としては、よりヒトに近い哺乳類を用いることで研究ができること、また、結果をヒトに還元しやすいことから哺乳類(マウスなど)を用いた研究が中心になったと考えられます。ヒトデでは抗体による液性免疫は存在しないため、細胞性免疫については哺乳類よりシンプルな仕組みであることから、基礎的な知見を得るためには良い研究対象だと思います。
 本論文では、ヒトではよくわかっていない分子について、その機能を示した結果も含まれています。この結果を、ヒトに還元することでさらなる理解が広がることと思います。

補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。


この論文で分かったこと
・ヒトデ幼生の間充織細胞の走化性は2つのMIFたんぱく質により制御されている。
・2つのMIFたんぱく質はそれぞれ反対の機能を持つことで、走化性を制御している。

[背景]

 これまでの研究で、ヒトデ胚の間充織細胞が細胞性免疫として機能していることを示してきました。間充織細胞は胚の体壁の内側に分布し、ランダムに動き回っています(漫画「間充織細胞」参照)。異物が体腔内に侵入したときは、四方から集まってきた間充織細胞によって完全に囲まれる、もしくは貪食されてしまいます(漫画「食べ方」参照)。
 MIF(macrophage migration inhibitory factor:マクロファージ移動阻害因子)は進化的に古く、色々な動物に保存されている走化性因子です。哺乳類では、MIFは白血球(マクロファージ)の移動を阻害することから細胞性免疫において重要な役割を担っていることが知られています(漫画「ヒトでは」参照)。MIFに類似した分子としてDDT(D-dopachrome tautomerase)が知られています。DDTはMIFと協調して機能していることがこれまでに分かっていますが、その詳細については明らかになっていません。一方で、無脊椎動物についてはMIFとDDTともに細胞性免疫との関りは不明のままです。
 ヒトデにおいてもMIFが間充織細胞の集合を制御していることを予測し、イトマキヒトデから2つのMIF遺伝子、ApMIF1遺伝子とApMIF2遺伝子を発見し、ヒトデの細胞性免疫における機能について研究を行いました。

[結果]

 初めに、イトマキヒトデのDNAデータベースからヒトのMIF遺伝子とDDT遺伝子の配列に似ているものを探したところ、それぞれに似ている遺伝子をひとつずつ見つけ、それぞれApMIF1、ApMIF2と名付けました。(補足:Apはイトマキヒトデ(Asterina pectinifera)を示している。)
 各遺伝子に対するモルフォリノアンチセンスオリゴ(MO)を卵に注入することで、ノックダウン実験(図1)を行ったところ、間充織細胞の分布、移動について問題はありませんでした。

画像1

 しかし、MO胚の体腔に異物として油滴を注入したところ、ApMIF1遺伝子に対するMOを注入した胚(ApMIF1-MO)では対照胚(Control-MO)と比較して多くの間充織細胞が油滴に集まってきました。一方で、ApMIF2遺伝子に対するMOを注入した胚(ApMIF2-MO)では油滴についている間充織細胞の数は減っていました(漫画「イトマキヒトデのMIFを無くすと」参照)。
 次に、ApMIF1たんぱく質とApMIF2たんぱく質を作成し、間充織細胞の走化性についての解析を行いました(図2)。ApMIF2たんぱく質を均等に加えると、間充織細胞の移動速度が増加し、濃度勾配が出来るように加えると、間充織細胞はたんぱく質濃度の濃い方向へ移動しました。しかし、ApMIF1たんぱく質を追加で加えることで、間充織細胞はランダムな方向にゆっくりと移動しました(漫画「MIFがあるとき」参照)。

画像2

 今度は、ApMIF1遺伝子とApMIF2遺伝子の発現量の変化を調べてみました。異物であるバクテリアが加えられてから15分以内にApMIF2遺伝子の発現量が大きく増加し、60分を過ぎると今度は大きく減少しました。一方で、ApMIF1遺伝子の発現量は60分を過ぎてから急激に発現量が増加しました(漫画「MIFはいつ出るの?」参照)。

[考察]

 本研究ではヒトデの2つのMIF、ApMIF1とApMIF2は間充織細胞の走化性について互いに反対の機能(ApMIF1は移動を阻害し、ApMIF2は移動を促進する)を持つことが示されました。免疫機構において、MIFとMIFによく似たDDTが互いに反対の機能を持つことを示したのはこの論文が初めてになります。
 ApMIF1とApMIF2による間充織細胞の移動制御モデルを作成しました(漫画「こんな感じかな」参照)。ランダムに移動している間充織細胞と異物との最初の接触が引き金となり、ApMIF2遺伝子の発現が一時的に増加し、ApMIF2たんぱく質が分泌され、周辺の間充織細胞が引き寄せられます。一方で、ApMIF2たんぱく質により刺激された走化性を阻害するためにApMIF1遺伝子の発現が上昇し、ApMIF1たんぱく質が分泌されます。十分な間充織細胞が異物に集まってきたころで、細胞の移動はApMIF1たんぱく質により阻害されます。この様にして集まった間充織細胞により異物は封入、貪食されます。
 これまでに無脊椎動物ではMIFの受容体は見つけられていません。これは、脊椎動物で知られているMIF受容体とは異なる受容体が機能している可能性を示唆しています。今後は、この受容体を発見することで、免疫機構の進化的な保存性や多様性に対する知見だけでなく、本論文で明らかになった異なるMIF分子による走化性制御機構の解明につながると考えられます。


よろしくお願いします。