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感染

 ※このショートショートはフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 それはとある小さな国から始まった。非常に大きな問題となる新しい感染症だ。もちろんまだワクチンや特効薬といった類のものはない。
 このウイルスは感染力がとても強く、空気を介して人から人にうつってしまう。最初は小さな村から始まったものだったが、やがて誰かが都市へと出かけた時、街を行き交う人にその病をうつしてしまう…。
 はじめに感染が報告されたのは数10人だった。はじまりは少ない人数からだったが、やはりその強い感染力から、週を追うごとに恐るべきスピードで感染者の数が増え続けて行った。次の週には100人、その次の週には1000人、次は10000人。このレベルになってくるともう問題はその国だけにとどめておくことは出来なかった。いまの時代、世界中の人々は繋がっているのだ。世界中の誰もが、もう他人事では無くなってしまっていた。

 インターネットでは連日、このウイルスの話題で持ちきりだ。街では感染をなんとか防ごうと予防グッズを買う人が殺到して、どの店でも売り切れが続いた。
 厄介なことに、このウイルスは潜伏期間が長いことが特徴だった。潜伏期間が長いということは、実は感染しているがまだ発症しておらず、知らず知らずのうちにウイルスの媒介者となってしまっている人が多くいるのだ。発症していなければ、普通の人と見分けることはできないし、当の本人ですら気付くことができないのだから仕方がない。しかし、だからこそ厄介なのは言うまでもない。感染者は増える一方であった。

 さて、そんな状況であることを告げる報道をネットニュースで見ていた一人の青年がいた。青年は感染元のとある国には渡航歴はないのだが、青年の住む街でもとうとう感染者が出たらしい。青年の務める会社の方からも、念のため有給休暇を利用して検査を受けてくることが推奨されていた。いよいよ青年も心配になってきたので、明日は検査に出かけようと決めた。
 翌朝、病院へ行き、青年のそのウイルスに感染していないかの検査を受けた。
「先生、どうですか?僕は大丈夫でしょうか」
「とても申し上げにくいんだが、君はすでにウイルスに感染しているようだ。自覚症状がないのは分かっているよ。ただね、結果は陰性と出ている。空気感染だから仕方ない。君の近親の方も心配だから、すぐに検査を受けることをおすすめするよ」
「そんな…僕はどうなるんですか?」
「大丈夫。まだ発症はしていないようだから今すぐどうこうなるわけではない。しかし他の人にうつしてしまっては問題だから、国の隔離施設に入院してもらう。さぁ、すぐに入院手続きを…」
 青年はあれよあれよと言う間に入院することとなり、すぐにその隔離施設に移送された。隔離された病室で、青年は身体中にメディカルセンサーを取り付けられ、身動きが取れなかった。ディスプレイに自動で流れるニュースを見るくらいしか、青年には出来ることがなかった。そのニュースを見ている限りでは、依然としてワクチンなどは作られておらず、感染者数も増加し続けている。感染のスピードも上がり続けているのだ。
 青年はなんだか嫌な予感がした。ちょっと感染者の増え方のスピードが異常ではないか。もう、間に合わない?発見されてからわりと時間が経過しているのに未だにワクチンも作られていないのもおかしい。手強いウイルスだとは言っているが、限度というものがある。もうこの隔離施設に来てから3週間は経つ。それにこの感染者の人数に対して、隔離施設の数は足りるのだろうか…?さまざまな疑惑が湧いてきて、青年は不安でいっぱいになった。僕は何か重大なことを隠されているのではないか?実はもう最期が近いとか…。
 青年は覚悟を決めて、担当医に直接訊いてみることにした。
「先生、僕はもうダメなんでしょうか?」
「何を言っている、君はまだ発症していないのだから大丈夫だ」
「いやしかし…、先生、何か僕に隠していることがあるんじゃないですか?そういえば僕、気になっていることが一つあったんです。このウイルス、発症するとどうなるんです?」
「うむ、それは教えられない。混乱を避けるために詳しい内容を伝えることは禁止されているのだ。重症化すると死に至ることもある、とだけは伝えておこう」
「なぜです!僕は毎日恐怖や不安に怯えながら過ごしているっていうのに、僕には知る権利がある!」
「悪く思わないでくれ」
 それきり、担当医は口を固く閉ざしてしまった。それからは変化のない日々が続いた。ニュースではどんどん増える感染者数を伝える報道ばかり。世界人口の1割程度にまで増えたらしい。世界の終わりが近いかも知れない。青年は自分の頭がおかしくなってしまったのではないかと半ば思い始めていた。

 そんなある日、ひどく疲れた様子で看護師が僕の部屋へ駆け込んできた。
「どうかしましたか?」
「ついに決断が下されました」
「はぁ…、ついに僕も発症したんですね」
僕の身体中に取り付けられたメディカルセンサーでリアルタイムに僕の状態はモニターされていたはずだ。発症したらすぐにわかるのだろう。
「もう、僕は治りませんか?」
「何を言っているんです、あなたはこれから世界を牽引して行かなければならない人間なんですよ」
「え?」
 その後、青年はこんな話を聞かされた。ウイルスは確かに非常に厄介なウイルスであった。なかなかワクチンが作られなかったのもそのためだ。しかも一度感染すると完全には治癒しなかったらしく、また、普通の人と見分けが付かないような状態に戻るだけで、再発症することもあったらしい。そんな中、ある研究組織が極少数だが、最初からそのウイルスに対しての抗体を持っている特殊体質の人間がいることを発見し、その人物を探していた、その1人が僕だというのだ。
 隔離施設で隔離された僕の身体は徹底的に調べられた。情報規制されていたのは、ワクチンを巡っての権利争いが起きないようにするための措置だったらしい。しかし残念なことに結果としてワクチンの作成が不可能であることが証明されたとのことだった。
 人類は苦渋の決断を迫られた。感染者はしばらくは生きるが最終的には助からない。世界人口の激減は免れない。種の存続のためにも、特殊体質の人達をなるべく多く集めて、新たな世界を作っていってもらう必要があると考えたらしいのだ。
「私も、先生もみんなもう長くありません」
「そんな…」
「さぁ、あなたもう自由です。後はよろしくお願いします。この施設にいるあなた達だけが、この世界で健康な方々なのですから」

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