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西加奈子『白いしるし』を読んで藤井風さんを思い出した話

 ネタバレあります。
 図書館でふと手にしてしまった西加奈子さんの『白いしるし』。主人公が恋してしまう画家「間島昭史」がまるで藤井風さんではないかと思った一冊でした。


 文庫本の裏表紙に書いてある紹介文には…

女32歳、独身。誰かにのめりこんで傷つくことを恐れ、恋を遠ざけていた夏目。間島の絵を一目見た瞬間、心は波立ち、持っていかれてしまう。走り出した恋に夢中の夏目と裏腹に、けして彼女だけのものにならない間島。触れるたび、募る想いに痛みは増して、夏目は笑わなくなったーー。恋の終わりを知ることは、人を強くしてくれるのだろうか?ひりつく記憶が身体を貫く、超全身恋愛小説。

西加奈子「白いしるし」紹介文

 恋愛小説が読みたいというわけではなかったが、読んでみて、何か運命の出逢いをしたような気がした。



 まず、主人公の夏目は間島本人より先に彼の絵に出逢う。

 そこには、私を祝福するように、真っ白な光があった。(中略)
 私は、この絵が好きだ。
 久しぶりに、絵を見て、背中がぞわぞわとうずいた。それは、すごい絵を見た、嬉しい、という気持ちと、こんな絵を描く人がいるのだ、という驚きと、そして多分に、甘い嫉妬の感情が入っていた。絵の前から、私は動けなかった。

西加奈子「白いしるし」


 そして、いよいよ間島昭史に出逢う。

「はじめまして。まじまあきふみと申します。」
彼はそう言うと、頭を下げた。
久しぶりに、こんな丁寧なお辞儀を見た。


 さらに、

 鼻が信じられないくらい綺麗な線で伸びている。それははっきりとした意思としてこちらに訴えかけ、彼を達観した老人のように見せていた。(中略)
つまり、彼は、まったく年齢が不詳だった。 


 職業こそ違えど、共通点が多くて驚いた。夏目になったつもりで読むと嬉しいような悲しいような、羨ましいようなただのファンでよかったと安心するような複雑な気持ちになる。


 大きな恋を失って、傷つくことや好きな人に醜態を晒すことを恐れていた夏目は、彼を見て「あかん」と思う。それは、再び味わうであろう恋と恐怖の予感。そして、彼の個展に連れてきてくれた友人(瀬田)から恋人の存在を知らされる。「間島昭史」には会うまいと言い聞かせ日々を過ごす彼女は、瀬田に誘われ、会いたい欲求に抗えず会ってしまう。

 予想通りではあったが、「間島昭史」は変な人だった。


 さらに、「ふたりでは、会わないようにしようと思っていた。」はずなのに、個展の最終日に会いに行ってしまい、それからたびたび会うようになる。

 何度も、このまま「友人」でいられるほうが、幸せなのではないか、と思った。ここまで一緒にいられる人間、言わないことを分かってくれたり、思いがけない啓示をくれる人間に、会ったことがなかった。(中略)
 自分が女であること、彼の異性であることが、歯がゆかった。最高の「友達」になって、彼といつまでも話をしていたかった。
 それほど「間島昭史」は、私にとって、かけがえのない人物になってしまった。


 もちろんそのまま友達ではいられないのだけど、夏目自身も悟っていた。

出逢ったことが運命だ、と、鼻息荒く猪突猛進していたが、彼とふたりで幸福に暮らす、という想像は、ちっとも働かなかった。


 それでも、しっかり終わりにしないと先に進めないこともあるだろう。夏目もとことん傷ついて、最後には自力で歩き出す。

 彼が与えてくれた自由を、私は絶対に忘れない。絵を描こう。絵を、もっともっと描こう。


 好きであればあるほど別れは辛く、心身ともに大きな打撃を受ける。それでも出逢えたことは奇跡で幸せなことだったと思う。辛い最中にいる人には勧めないけれど、個人的には、風くんのことが好きすぎてしんどくなったことのある人に読んでもらいたいと感じた。どうしようもなく惹かれてしまう何か(誰か)に出逢う経験なんてそうそうない。この出逢えた奇跡をちょっと俯瞰的に愛おしく見ることができれば、遠く離れていてもつながっていると感じられると思う。

※2022/9.20 追記 藤井風Instagramに真っ白な風くんの姿があり驚いた。夏目が間島の絵を見て思わず発した一言が「しろい。」だった。まさに間島の絵のように真っ白な光を放つ風くんの姿は尊い。この本を読んでしばらく経つのに、昨日書きたくなったのも何かのご縁だと感じた。ありがとうございます。

藤井風Instagramより


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