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ちくま800字文学賞応募作

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トレードマーク

「校長先生ですね、今日はよろしくお願いします」
 やってきた花咲か師は予想外に若かった。
 花咲かじいさんのイメージが強いせいか、自分より年上の人間をイメージしていた。
 ただ、普通の服装なのに頭には頭巾をかぶっている。
 すぐに校庭の大きな桜の木に案内した。まだ、つぼみは小さく固いままだ。
「この木に花を咲かせてください」
 明日はこの中学校の卒業式。
 イベント中止が多かった三年間、せめて最後

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回覧板

 家に帰ると、まず、ポストを開けて、夕刊を取る。
 また、回覧板が入っていた。
「重要。大至急だって」
 そう言いながら、家に入ると、妻は料理中だった。
「お帰りなさい。ごめん、大至急なら、読んで、お隣に回しておいてもらえるかな?」
 帰ったばかりなのに、と不満に思ったが、どうやら、トンカツを作っているようなので、黙って言うことを聞くことにした。
 回覧板に判子を押すと隣のポストに放り込む。読まな

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思い出の海

「こんなきれいな海じゃなかったんだよ」
 おじいちゃんはポツリと言った。
 おじいちゃんが小学校の頃まで住んでいたという場所は白い砂浜になっていた。
「大きな造船所があってね、ここらへんは全てコンクリートで埋め立てられていたんだ。公害があったって、知ってるかな?」
「社会で習った」
「排水で変な匂いがして、油がギラギラ浮かんで、ひどかった」
 そう言いながら、おじいちゃんは砂をつかみ、サラサラと手

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