この庭の宿命

「ノックアウト!あんたまた他所の薔薇様口説いたろ!」
「ああ僕の可愛いカモミール、そんなに声を荒げたらだめだろう?レディ」
「僕はレディじゃないッ」

深紅の単発は針金じみた跳ね具合、だけどそれが風に靡くとびっくりする程様になる。陽の光を浴びた時のノックアウト――僕の主のダブルノックアウトは、誰もが見惚れる程の麗しさだった。

ノックアウトは人気者だ。他のレディであるところの薔薇様達はみんな黄色い歓声でノックアウトを庭に迎える。他の庭にひょいひょい出向くのなんてノックアウト位だ。約束も無しに尋ねるなんて、仮にもレディなノックアウトにも困ったものだった。

「いいかノックアウト、あのボリジを泣かすなんてあんた位なんだからな!?その上あのグレイパール様を……どうやって骨抜きにしたの?」
「ふふ、僕の可愛いカモミール。君にも骨抜きにしたい薔薇がいるのかな?」
「ばっ、違う!僕はただ、ちょっとみんなと仲良くなれたらいいなって」

僕ははっとして口を押えた。ノックアウトは苦しさを堪えた笑顔で僕の頭を撫でた。

「……そう、すまないね」

ノックアウトは、生まれた時からこうだった。みんなノックアウトが好きだけど、誰も一番にはなろうとしてくれない。ノックアウトはひとりぼっちだ。だけどノックアウトはみんなの事が好きだから、毎日毎日色んな薔薇様の庭を渡り歩いてその孤独を癒している。それは僕も同じだった。僕はノックアウトのガーデナーだから、抜け駆けは禁止、らしい。みんなのノックアウト。ノックアウトはひとりぼっちで、だから僕も、ひとりぼっち。ひとりぼっち同士の僕らだった。

「けれど僕はこうだから、謝る事しか出来ないよ」
「……わかってる。でも僕にはノックアウトがいる」
「うん。僕にもカモミールがいる。それだけで満足出来ないなんて、僕は欲張りだな」
「それなら僕も欲張りだ。ノックアウトの他なんて、本当はいらない筈なのに」

結局僕らは似た者同士なのだ。僕も、ノックアウトと同じように、ガーデナーのみんなが好きだ。ボリジが僕に泣きついて来た時、僕は確かに嬉しかったのだから。その涙を拭える事に歓んだ。あの瞬間、僕のシャツを握り締めるボリジの手が、僕は愛しくて仕方なかったのだ。

「ノックアウトだけがいいのに……」
「……僕らの宿命さ。愛に生きるのがこの庭の住人のさだめだよ」

そうなのかな。ノックアウトの胸に抱かれながら、その香りに目を閉じた。ああ、僕のノックアウトの匂いだ。僕の愛するノックアウト。この愛だけで、満足出来たら良かったのに。

「御覧カモミール。君の作る僕の庭だ。誰しもを倒れさせる程の情熱の庭。これを作る君が、ここに住まう僕が、たったひとつの愛だけで満足できるはずが無いだろう?」

一面赤い、ダブルノックアウトだけで満たされた僕らの庭。これはノックアウトの愛の大きさだ。あふれる程のこの赤が、ノックアウトの愛だった。到底、誰にも、受け止めきれない。

満足出来ないのはノックアウトも一緒だ。僕らは、おなじ。似た者同士。それだけが僕らの慰めだった。僕も、ノックアウトも、お互いを愛してる。それだけははっきりとわかってる。少なくとも僕らにはお互いがいる。だから、大丈夫。そうやって僕らはこれからもやっていくのだ。これまでがそうだったように。この変化の少ないクイーンローズ様のローズガーデンで。

「……僕、ノックアウトを愛してる。忘れないで」
「勿論だよ、僕の可愛いカモミール」

君を愛してる、ノックアウトはそう言って僕の額にキスをくれた。こんな事をするのは君だけだよ、なんてウインク付きで添えて。だから僕も、あんただけだよ、とそのほっぺたにキスをした。ひんやりとして、仄かに香る、今はまだ僕だけしか知らないノックアウトの柔らかさだった。

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