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自分の判断に迷うとき。

これについてあのひとは、どんなふうに思ったのだろう。

たとえば好きな監督の新作映画を観たとき、誰かの新刊を読んだとき、たのしみにしていた新譜を聴いたとき、そんなふうに考えることがある。理由は簡単だ。「素直によいと思えなかったから」である。その作家やアーティストのことが大好きで、新作をたのしみにしていたにもかかわらず、心からよいとは思えなかった。けれども駄作と断ずるほどの確信もなく、どうにも判断に困っている。そのときぼくは思うのだ。「これについてあのひとは、どんなふうに思ったのだろう」と。

きのうのポーランド戦、話せば長くなる諸々が重なった結果ぼくは、糸井重里さんとふたり、ホテルの一室でこの試合を観戦する僥倖に恵まれた。

キックオフのカウントダウンとともに試合がはじまる。こちらの期待と不安をそのまま反映させたような試合展開。

「日本もポーランドも、お互いちょっと臆病になってるね」
「暑さなのか3戦目の疲れなのか、足が重たいなあ」
「まだ相手の弱いところを見つけきれていない感じなのかな」

若干のモヤモヤを抱えたまま前半が終了すると、ぼくらはすぐさま話題を切り替えた。

「西野監督のこのチームはさ、後半に入るとガラッと変わる印象があるんだよ。きっとハーフタイムの指示が的確なんだろうね」
「きっともう西野監督には攻めどころが見えてるんじゃないかと思うよ」
「あとは後半にどういう選手交代をしてくるかが勝負だね」

そして後半がはじまると、ぼくらは一気に活気づく。

「ほら、動きがぜんぜん変わったよ」
「大迫が入ってから、急によくなったね」
「ポーランドの足も止まっているし、これは得点、あるよ」

そんななか、非常につまらないセットプレーから日本が失点する。ぼくらは努めて明るく励まし合う。

「いや、逆にこれで攻めるしかない、って状況ができたんだし」
「そうそう。このまま0対0の引き分けを狙うか、それとも点をとりにいくかっていう選択肢がなくなったぶん、おもしろくなったよ」

ところが他会場からコロンビア先制の報が入り、負けている日本が「このまま負ける」を選択したパス回しをはじめると、ぼくらは徐々に口数が少なくなっていった。「あー」とか「ええー」とか、「うーん」とか、せいぜい「それはどうなんだろうなー」とかしか言えなくなっていった。

会場が大ブーイングにつつまれ、それでもディフェンスラインでパス回しをつづける日本を見ながら、ぼくは言う。

「これは会場にいたら、ぼくもブーイングするだろうなあ」

試合が終了し、他会場でのコロンビア勝利も確定し、グループリーグ突破が決まると、糸井さんが言う。

「会場にいたらブーイングしただろうし、こうして決まったら決まったで、よろこんでいるだろうなあ」

続けてぼくが言う。

「これは永遠に議論されていくような、なんならたとえ話の慣用句になっていくような、そんな試合ですよねえ」

ツイッターを開くと、まるでそこがちいさなスタジアムであるかのように、大小さまざまな音量のブーイングが鳴り響いている。怒りや軽蔑のことばがびゅんびゅん飛び交っている。

「これについてあのひとは、どんなふうに思ったのだろう」

試合中からぼくがそう思っていた「あのひと」は、少しだけ時間をおいて、こんなツイートをしていた。

語るだけのボキャブラリーが貧困なのではなく、この試合の評価を下すには「自分のポリシーが貧弱すぎる」

これが勝負の世界の厳しさなのだと言い切ることもできず、闘う姿勢を見せろと「心」の問題として語ることもできず、目の前のポーランドと「試合」をしながら実際にはセネガルと「勝負」をしている状況に戸惑いを隠せず、他会場の経過まかせというリスキーな選択をした監督の真意が、いまだうまく掴みきれず。けっきょくそれは、勝負というものに対する自分のポリシーが、しっかり定まっていないからなのだ。

永田さんのツイートに、自分の揺れや迷いをまるごと言い当てられたような気がした。


それにしてもぼくらは西野朗という監督の胆力を、ちょっと見くびりすぎていたのかもしれない。先発を6人(しかも川島など、ミスの目立った選手ではなく調子のよかった人間ばかり)も入れ替えて、システムまで変更してのスタートから後半ラスト10分のあの選択まで。それを選ぶことによってチームにどんなリスクが生じ、結果自分がどんなバッシングにさらされるのか、いちばんわかっていたのは西野監督本人に違いないはずだ。それでもなお、自分が持ついちばんおおきなポリシーに従い、あの決断を下す。決断の妥当性や正統性はともかく、あれを選択できる胆力は、ちょっとバケモノめいたものを感じてしまう。だって3戦連続で先発を固定して、リードされたら他会場の行方と関係なくひたすら攻め上がるのが、監督としてはいちばんラクな振る舞いだもの。

試合をベンチで見守った本田圭佑選手が「僕が監督でもこの采配はできなかった。結果がすべてだと思いますし、本当にすごいなと今日に限っては思いました」語っているように、世界中がおどろいた90分間だったと思う。


次、決勝トーナメント1回戦の相手はベルギーだ。優勝候補でもある彼らはきのうの試合、ルカク、アザール、デブライネらの主力を温存したままイングランド戦に勝利した。日本もきのうの大胆采配によって、本田や香川、原口らを温存。ここまで本気で(リスクを承知で)ベスト8を狙いにいく監督と日本代表は、はじめて見た気がする。もちろんぼくは応援しますよ、西野監督と日本代表をこれからも。

それにしてもなんだかちょっと、明徳義塾が松井秀喜を5打席連続敬遠したときのことを思い出したなあ。敬遠って判断もけっきょく「局面での負けを選んで全体での勝ちをとる」の、今回のラスト10分に似た選択だしねー。