見出し画像

「モモ」と「35歳の少女」を見た25歳の女子



はじめに

初めて投稿の、25歳女子です。最近考えることが増え、自分で処理しきれなくなったのでアウトプットしたく、noteをはじめました。
拙い文章や表現も多々あると思いますが、よろしくお願いします!

小説「モモ」とは

ここでテーマとする「モモ」はドイツの小説家ミヒャエル・エンデによる小説です。
町はずれの円形劇場あとにまよいこんだ不思議な少女モモ。町の人たちはモモに話を聞いてもらうと、幸福な気持ちになるのでした。そこへ、「時間どろぼう」の男たちの魔の手が忍び寄ります…。「時間」とは何かを問う、エンデの名作。(岩波少年文庫 裏表紙内容紹介より)

ドラマ「35歳の少女」と「モモ」

2020/12/12に最終回を迎えた柴咲コウ主演の日テレ土曜ドラマ「35歳の少女」。1995年、10歳で突然不慮の事故にあってから25年間眠り続け、心は10歳、身体は35歳の状態で目を覚ました少女、望美の成長物語です。
そしてこのドラマに出てくる重要な要素の一つが、「モモ」です。
https://www.instagram.com/p/CGFUOSfJ72h/?utm_source=ig_web_copy_link

時間について

私は大学院卒業後、訳あってアルバイトをしながらの実家暮らしです。就職や人生に悩みはじめた時に「35歳の少女」「モモ」と出会いました。その同時期から、時間の使い方に関する勉強会にも参加してます。

その勉強会をきっかけに私は、自分の時間を有意義なもの使うべく、日々スピード感を意識してきました。
具体的には、考えていないで行動する・作業を早く行うetc..です。
しかし、じっくり物事を進める私には、そう強く意識しながら行動することが負担になっていました。

「35歳の少女」の主人公、望美が眠りについた1995年は、私が生まれた年でもあります。この25年にあった社会や周囲の人への変化を受け入れられず、大人になるにつれて変わってしまう人間への戸惑いを受ける望美の言葉に

みんなが惰性で過ごしてきた25年の時間を私にちょうだい!

というものがあります。

また、「モモ」の一説に

光を見るためには目があり、音を聞くためには耳があるのとおなじに、
人間には時間を感じる心というものがある。


という文章があります。

望美はきっと、10~35歳という、人生において最も純粋な気持ちで時間を感じられる機会を逃したことがすごく悔しかったし悲しかったのだと思います。私が生まれてからこの25歳になるまで、私は純粋に時間を感じられたことが恵まれていることなのだと気付きました。
そして時間は、脳みそを持ち、そして心を持った人間に与えられた、とても特別で素敵なものなのだとも。

そして私は
将来のためや、有意義なことをたくさんするために、時間を節約することが大切なのではなく
心で時間を感じ、その時間を豊かなものにするという意識を持って日々を過ごすことが、自分にとって『有効な時間の使い方』なのだ
と、発見しました。

最後に

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
ここで述べたことは、私の意見であり、絶対的に正しいものではありません。私の文章力や表現力が至らず、皆さんにうまくお伝えできていないかもしれません。
こんな私ですが、今後も文章を綴りたいと思います。よろしくお願いします!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?