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ライオンのスープ

動物園のライオンというのは、だいたい寝ている。

アムールトラなんかが、せわしなく檻の中を行ったり来たりしているのに比べると、ライオンはいつも横たわっている。

ときどき大儀そうに眼を開けて、5分前の世界と何も変わりがないことを確かめて、また眼を閉じる。

どうして、そんなに寝ていられるんだろうね、と僕が訊ねると、
「そういうふうにできてるからだよ」と、ライオンは面倒くさそうに答える。

「たまには、どこか行ってみたいとか思わないのかな」とたずねると「歩くのが面倒だし」と寝返りを打ちながら言う。

「っていうかさ、今日は頼まれてきたんだけど」
僕は言う。

「何をだよ」
ライオンは言う。

「散歩に連れてってくれって」
「歩くのやだって言ってるんだけど」
「歩かなくていいよ。飛行機だから」

僕が、飛行機のチケットを取り出して見せるとライオンは、やれやれといった感じで起き上がる。

飛行機の中では、ライオンは大人しくオレンジジュースなんかを飲む。

キャビンアテンダントのお姉さんに、立派なたてがみですね、と言われて少し嬉しそうだ。

1時間30分ほどのフライト。空港に着いて外に出たライオンは、辺りを不思議そうに見渡す。

「ここ、どこだよ」
「北海道」と僕は答える。
「来たことないんだけど」

ライオンは薄灰色の風景に同化しそうになる現実が信じられないとでもいった感じで身をぶるっと震わせる。

全身真っ白になりながら、僕らは歩く。

「何があるのさ」
ライオンは白い息を吐きながら言う。
「おいしいものだよ」僕は言う。
「エゾシカとか?」
「まあ、そんなところだね」

雪の彫刻の向こうに湯気が見えた。きっと、あれだよ。
僕は、声を弾ませてライオンに言う。

「本当に食べられるのかな」
ライオンは、なんだか自信なさげに言う。
「大丈夫だよ。エゾシカのスープなんて誰も食べやしないって。きっと、僕らだけだよ」

そう思って、やってきたのにあっさり売り切れで、僕らはトボトボと雪道を引き返す。

「食べたかったね。エゾシカ」
「ああ。こんなことなら、やっぱりマックにしとけばよかった」

仕方ないよ、と僕は肩を落としたライオンを慰める。

これが桜木町だったら、エゾシカのスープなんて誰も食べたいと思わないのにと、僕は思う。

なにしろ、ここは北海道なのだ。