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君のシチューは僕を襲う

冬の夜。

家路を急いでると、どこからともなく鼻孔をくすぐられる匂いがつきまとってくる。ひとさじの希望。しんとした空に昇っていくやわらかな気配。

シチューだ。

僕が考えるよりも早く、僕の中の誰かが声をあげる。
  
とくにシチューだけが好きというわけでもないのに、冬の家路のシチューは僕を襲う。

僕はなるべくシチューのことなんて考えずに、自分の部屋を目指そうとする。だけど、シチュー。
  
お腹の底のほうからスプーンをかちゃかちゃ鳴らす音が食道を通って聞こえてくる。

あれは、よその家のシチューで僕のシチューではない。わかってる。なのに、僕の口はシチューの口になる。

あたまの中にぼんやりと黄色いもやがかかる。

もやの向こうで、なつかしい山崎まさよしがギターを抱えて唄っている。知らない団らんの灯りとやさしく湯気を昇らせる白いお皿。

もうだめだ。僕はシチューが待つ知らない誰かの家の玄関へと向かう。

ピンポンを押そうとしたとき、軒先に小さな雪だるま。

ハッとして空を見上げると、松坂桃李が少し困り顔で笑っている。

僕は我に返る。そうだ。いまは2020年の冬。もう山崎まさよしはシチューのCMで唄ってない。

届かない愛は凍てついた空の向こうに消え、地上は届く愛で溢れている。

帰り道。すっかり悴んだあたまの中で、あの小さな雪だるまをシチューに浮かべてみる。


※昔のnoteのリライト再放送です