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こんな日は牛に乗って

ファッション誌はすっかり春色。サブスクで読めるファッション誌をスマホでぱらぱら眺めてたら『春の牛通勤コーデはこれで決まり! 着回し20アイテム』という記事を見つけた。

牛も喜ぶスカーフとブラウスコーデとか、そういうの。

ふーん。牛かぁ。そういえば、ステイなんとかになって彼と別れてから、あんまり出かけなくなったし、牛もいいかなと思う。

可愛いペイントとかしてあげて牛に乗ったら、なんか楽しそうな気がする。

そんなことをぼんやり考えながらコンビニまで歩いてたら、通りに出る信号のところで、ちょうど牛に乗ったきれいな女の人と一緒になった。あまり見たことのない牛だったので、もしかしたら外国の牛かもしれない。

つやつやしたブラウン色の毛とよくマッサージされてるっぽい肌。思わず、見とれていると牛の上から女の人に声を掛けられた。

「あなたも牛に乗ってるの?」

「あ、いえ……まだ」
わたしは、勝手に見とれていたことに恥ずかしくなって思わず赤くなる。

「ちょうど、いいわ。これから新しい牛を見にいくところなの。あなたもいらっしゃる?」

「そんな、大丈夫です」

自分でも、よくわからない受け答えをしていると「いいからいらっしゃい」ときれいな女の人の腕が差し出される。


上品なスーツの上からでもわかるような、女の人の身のこなしにドキドキしていると、信号が変わって、後ろのクルマが軽くクラクションを鳴らしてきたので、あわてて牛の上に飛び乗る。

牛はちゃんと、わたしが乗るために膝を曲げてくれた。

牛に乗って見る街の景色は、思ったよりもずっと遠くまで見渡せて、わたしはちょっとときめく。

馬に乗るのともまた違って、牛の背中はなんだかはじめてなのに馴染み感がある。自分がいつも座ってるみたいに。馬がオートバイだとしたら牛は展望リフトみたいだ。オートバイ乗ったことないけど。

「牛は身体にいいのよ」女の人が言う。「牛に乗るようになってから、風邪だってひかなくなったし、ずっと気分がいいの」

ずっと気分がいい。その言葉をわたしは何度も反芻する。

このスピード。歩くのでもなく、走っているのでもない不思議な感覚。女の人が言うように、牛は身体にいいのかもしれない。

ほんの少し、いつもと違うスピードでいつもと違うところから見る、いつもの風景。それは、少し停滞していたわたしの何かを「進め」の方向に引っ張ってくれる。

そうだ。ほんとに春になったら、わたしも牛に乗って出掛けよう。わたしの牛に似合うバッグをネットで見つけよう。

牛に乗る前の自分がうそみたいに思えて、すこしだけ自分で可笑しくなる。

ひとりでそんなふうになってるのが恥ずかしくて「いいですね、牛に乗るって」と、わたしは口に出してみる。