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何かを試される宿

旅が重い。まあ、こんなご時世なので仕方ないのだけど、やっぱりじわじわと重い。

べつに旅と言っても僕の場合、物見遊山をしたいわけでもない。ただ日常と非日常の間にぽっかり口を開けた位相を歩いて、いろいろ考えたり書いたりしたいだけなのだけど。

なんだろう。完全に非日常のアトラクション的なところに身を置きたい欲求ってほとんどなくて、日常なんだけどちょっと何かが違ってるというか、ロードムービー的に自分以外の日常が流れてるのを観るのが好きなのだ。

たぶん、なかなか伝わらない。

まあ、それは完全なプライベートってことでもなく、いろんな意味での仕事の中に入っててもいい。

日常からちょっとだけズレてるのがいいから、すごい観光地のすごい旅館とかホテルに泊まることもしない。むしろ、その土地の人には日常の風景が流れる、とくに観光地でもない町とかがいい。

そういうときに泊まる宿を選ぶ唯一の基準は禁煙の部屋。それだけ。

べつにタバコを目の敵にしてるわけではなく、親しい人間が一服程度に吸ってる分にはよくて。マナー的な問題さえなければ。

だけど泊まる部屋にタバコの匂いが染み付いてるのは無理。まあそれぐらいの嗜好は許してほしい。

たまにビジホで禁煙の部屋を予約したのに、明らかに喫煙も禁煙もどっちでもOKな部屋になってることがあって、さすがにそれは申し訳ないけど部屋を変えてもらう。

消臭はしてますとか言われても、そういうことではないのだ。ごめんなさい。

地方都市の何でもない町の中にある旅館に泊まることもある。もちろん禁煙の。ビジホと違っていいのは、ちゃんとしたご飯と広いお風呂。

心がすっかり信州人になったので、漁港近くの旅館でうっかり魚料理攻めにあうと、それだけで気分が上がる。カサゴの丸揚げなんてなかなか食べる機会ないし。

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で、いい感じに館内をうろうろすると、何気に階段の踊り場とか部屋の片隅に年代ものの立派な、だけど綺麗に磨かれた鉄の灰皿が置かれていたりする。全館禁煙なのに灰皿……!?

一瞬「ん?」と思うのだけど、部屋も館内もどこもタバコ臭くない。以前は使われていて、禁煙にしたので使わなくなったものかもしれない。それなら片づけてしまってもいいような気がするけれど、そうではないのがこういう旅館らしいと言えばらしい。

案外、べたべたと「禁煙」の文字が主張しているより、全館禁煙の表示が一つだけで、こんなふうに誰も使わないオブジェ的な灰皿が飾られているほうが、旅館側も宿泊客も本気の禁煙を試されてるような気がしないでもない。

シュールと言えばシュール。だけど、そういう正しくない正しさもあっていいんじゃないかと思う。

たまに、以前泊まったあの旅館まだやってるかなと思ったりする。

ものすごく印象深かったとか、何かすごくもてなされたわけでもない旅館が妙に気になったりする。

だけど、今、それを確認するのはちょっと勇気がいる。いろんな意味で。なにしろこのご時世なのだ。

あの、日常からちょっとだけズレた空気はまだ流れてるのだろうか。


※昔のnoteのリライト再放送です