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詰まった雨どいの猫

屋根の雨どいに猫が詰まってるからなんとかしてほしい。山あいに住むおばあさんからそんな依頼を受けた。

困ったことあったら言ってくださいね、とは言ったけど。まあたしかに梅雨に入って雨続きだから雨どいが詰まりやすいんだろう。だけど、なんで猫?

とりあえず家に伺ってみると、おばあさんが「あら?」という顔をして僕を見た。本当に来てくれたの? と顔に書いてある。

来ますよそりゃ。あれ、あそこ。おばあさんがゆっくりとした動作で腕を上げてトタン屋根を指差す。

見上げると見事に雨どいに猫が何匹も詰まっている。

「あのね、いちばん手前にいるの。あの子がどけば他の猫も動くと思うんだけど」

おばあさんが雨どいにすっぽり収まって物憂げにこちらを見ているキジトラの猫を指差して言う。

「だけど、なんで詰まっちゃったんですかね、猫」
「そんなのわかりゃしないわ。私、猫じゃないから」

いやまあ、そうなんだけど。べつに猫の気持ちが知りたいんじゃなくその経緯だ。気になるのは。

「あんた、知らないの? この辺では昔からよく猫が詰まるのよ。縁起がいいって人もいるんだけどね」
「縁起がいいんですか?」

聞いたことないなと思いながらたずねる。

「なんでだかは知らない。けど、言う人はいるわね」
「縁起いいんだったら取り除かないほうが……」
「困るじゃない。詰まってたら。雨水あふれるのは困るからなんとかしてほしいの」

いくら雨どいが居心地よくても、雨が降ったらさすがに猫だってどこかに行くだろう。相変わらずすっきりとはしないまだら模様な空を見上げながら思う。

「頼んだね」

そう言っておばあさんはどこかに出かけてしまった。無理やり雨どいから抱き上げて外に出せばいいのかもしれないけど、なんとなくそれはしたくない。縁起がいいというならなおさら。

        ***

仕方なくしばらく雨どいを眺めていたけれど、次第に空の鉛色度合が濃くなっていくのを見てこころを決める。雨が降ってくる前に雨どいの猫を取ってやらないと。

あばあさんの家の軒下に立て掛けてあった三脚の脚立を使って、なんとか雨どいに手を伸ばす。キジトラは少しだけ面倒くさそうに、わかったよという顔で取り除かれる。

他の猫たちもあとに続いた。詰まった猫をすっかり取ってしまうと、そこには見事に穴だらけの劣化した雨どいが現れた。ほとんど雨どいの意味を成していない。

これなら猫が詰まっていても詰まってなくても関係なかったのでは。釈然としない気持ちを抱えながら僕は脚立を仕舞う。

あのあと、あばあさんの家に人の気配がするのを見たことがない。