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深夜の卵かけご飯

「つくって、卵かけご飯。早く」

いきなり部屋をたずねてきた女は、そう言うなり自分のバッグをどさっとソファに投げ置いた。

映画でこういうの観たことある。突然、知らない女が部屋に転がり込んでくるのだ。そしてたいていの場合、ちょっとアバンギャルドな雰囲気をまとっている。

だけど、映画ではなく現実にということになると控えめに言ってもそれはただの奇妙な出来事でしかない。

水曜日の夜23時。週の疲れとモチベーションがもたれあってるような時間帯だ。ちょっと疲れてるとも言えるし、そうでもないようなどっちつかずな時間。

冷蔵庫にあるもので適当なものでもつくって食べようかと思ってたときだった。

突然、部屋のドアをガタガタさせる音がした。どこかの部屋の住人が酔っぱらて間違えてるのかと思ったけれど(たまにある)、やめる気配がない。

面倒くさいなと思いながら、ドアロックをしたままドアを開けてみると知らない女と目が合った。

「何やってんの?」

僕と女の口から同時に同じ言葉が出た。

「だから、何――」
「卵かけご飯」

「は?」

女はドアの隙間から突然茶碗を僕に突き出してそう言った。銃か何かで脅されてる感じだ。それより怖いかもしれない。意味がわからないという点でも。

あいにくスマホは部屋の中だった。だけど、ここで僕が警察に「知らない女が卵かけご飯を要求して部屋に入ろうとしてるんです」と伝えても、おかしな電話だとしか受け取ってもらえないだろう。逆に、僕が怒られるかもしれない。

いいよ、わかった。

どうせ、自分でも何かつくって食べようと思ってたのだ。僕はドアロックを外して女にとにかく入ってと言う。これ以上、玄関先でごちゃごちゃやってるのを誰かに見られたくもなかった。

         ***

女は僕がつくった卵かけご飯を、いろんな角度から検分するように眺めたあと、スマホをいじりながら食べ始める。おいしいとも、おいしくないとも言わずに。

スマホのページをすごい勢いでめくっていた女の手が止まる。

「まちがってた。ここじゃないじゃん」

女はそう言うと、ソファから自分のバッグをひったくるように取って、ぱたぱたと部屋を出て行った。

何がまちがってたのだろうか。女が残していった食べかけの卵かけご飯は、なぜか僕がつくったものではないように見える。

日付の変わった部屋で誰のものでもなくなった卵かけご飯を見ていると、たぶん僕でも、まちがってたと言いたくなりそうな気がした。