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残り10分

その日、僕はどうしようもなく空腹だった。なんだか『孤独のグルメ』(原作のほう)のはじまりみたいだけど、本当にそうだったから。

いろいろと用事を済ませて、気づいたらランチの時間をかなり過ぎてしまっていた。これが都心なら、いくらでもランチじゃない時間帯にも食べれるお店はあるけど、地方ではそうもいかない。

それでもチェーン店ならカレーとかうどんとか、牛丼店なんかが国道沿いにぽつぽつとはある。でも、なぜかその日は食指が動かない。たまにそういう日がある。べつにチェーン店だって食べるときはあるのだけど。

時計の針は14時を過ぎてる。いったい何時までがランチタイムと呼べるのかよくわからないけど、もともとフリーランスで決まった時間にランチとかじゃない習性なので、自分がランチと思えばランチだ。

そうはいっても、現実にお店がやってない。

もうこれはコンビニしかないな……と半分、諦めかけたときに原色の幟が何本かはためくのを見かけた。

建物はどっちかというと「そば屋」さんでもおかしくない佇まいなのに、幟には「本格四川料理」「台湾料理」とか染め抜かれてる。どっちなんだ。ああもう、ここにしよう。べつにお店の中に水車とかがあってもいいから。

ほとんど遭難しかかってお助け小屋を見つけたみたいな感じで、お店に入ろうとしたら、僕の目に《昼 営業時間11時~14時30分》の札が飛び込んできた。まじか……!

脊髄反射で自分の時計を見ると14時20分。これ、あかんやつやん……。

ランチタイムの営業時間終了10分前で、さすがにお店に入って注文するのは気が引ける。諦めるか、と思った瞬間、お店の扉がふわっと開いて、中から中国人の店主の方が出て来て「大丈夫です。どうぞ!」と言ってくれた。それも笑顔で。

今年、いちばん(まだ3月だけど)人が神様に見えた。

もちろんお店の中に他のお客の姿はなく、なぜか国会中継の音声が響き渡ってた。とにかく、本当にお腹が空いて力が出ない状態でアンパンマンの妄想が浮かぶくらいだったので、ほんとにほんとに助かった。

そして出してもらったランチもいい意味で裏切られておいしかった。

ただ、こういうときの正解はよくわからない。昼の営業時間、終了10分前にお店に入ってオーダーすることがいいのかわるいのか、どっちでもないのか。もしかしたら、あまりいい顔はされないんじゃないかとかも考えてしまう。

今回は、基本的に店主の人が「いい人」だったのと、たぶんそれ以上に僕がほんとに「空腹」が顔に出てたので助けてくれたんだと思う。こいつ、ここで食べさせてやらないとまずいんじゃないかぐらいに。

ふと思うのは、もうちょっと若かったころ、20代とかなら空腹をもっと我慢できたんじゃないか。いい大人になるって、よくわからないぐらいお腹が減ることなのかもしれない。