ぢるぢる旅行記

画像1


ねこぢるの漫画は、ちょっと怖すぎる。
自分にとって、魅力的ではあるけれど、受け入れられるかどうかでいえば
ギリギリ受け付けないラインに位置する。古本屋で見かけたら「あっ、ねこぢるだ!」ってなるけど、部屋の本棚に置くのはためらいがあるというか。でもやっぱりちょっと開きたくなるような、すれすれのスリルがある。

そんなねこぢるの作品群にも、個人的に文句なしのお気に入りがある。
「ぢるぢる旅行記」という、彼女が夫とともにインドにしばらく滞在していた頃のエッセイ漫画だ。

通常、旅行のエッセイ漫画というのはしばしば説明的で、読者がその旅先へ行きたくなるような解説が盛りこまれており、たまにトラブルもあるが基本的には明るく楽しいというのがだいたいのコンセプトだ。旅行雑誌の後ろのほうのページに普通に載ってそうな感じというか、なんか代理店からのバック的なものがあるのかな? とか何となく感じるような内容が多い。

ねこぢるのエッセイにはそんな商業的な配慮は一切無い。
列車の乗員率は日本の通勤ラッシュ並みでエアコンは無し、昼は灼熱、夜はMA-1を着ていても凌げないほどの寒さの中で、目的地まで16時間も過ごす。夫を亡くし物乞いになり、気が狂って自殺した他の日本人夫婦の噂話が出てきたりもして、「インドに行ったら人生観変わるんじゃない?」とかぼんやりと言っている僕のようなおっとり人間は初っ端からふるいにかけられる。バングラッシーという、つまり大麻をヨーグルトで割ったドリンクを作中通じて常飲しており、キマったりBADに入ったりして、トリップしたり悪夢的だったりするシーンがしばしばある。なんだか危ない。そんな光景も、あぁ、ねこぢるだぁ…と、不思議と安心するものがある。

その他、インド人のリアルな事情や生活、カーストも細かく描写されてるのだけど、どれもがエゲつないのにねこぢるの手にかかると全てが淡々と過ぎ去っていく。ドラマティックな誇張もせず、生も死もあらゆるものが同一線上の概念として扱われている。この辺りの感覚がインド的というか、ねこぢるが元々備えていた感性とリンクしたところなんだろう。

この「ねこぢる旅行記」は、インド編のみが完結品として存在していて、他にネパール編が未完だけど総集編に収録されているらしい。そちらも読みたいなと思う。

彼女がもし生きていたら、もっと色んな国に行って(日本的には)不健全だろうが自分のやりたいようにストレートな日々を綴っていたのかな。そんなことをいっても最早なにもないのだけど、僕はこの作品だけは引っ越しの時にいつでも持っていく。不安な気持ちになったとき、この漫画は「ぜんぶ可もなく不可もないよ」と教えてくれる気がする。


この記事が参加している募集

マンガ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?