貝合わせ模様3

お兄さんと百人一首と盆栽と

「おはようございます。これ檸檬の木でしょうか」

今朝のウォーキングの帰り道、いつも通りかかる道にある、たぶん檸檬だろなあと思っていた木の実が雨に濡れてみずみずしく、思わず手を伸ばして触っていた。

ふと気配を感じ振り向くと、斜向かいの家のお兄さんがにこにことこちらを見ていらした。あ、いや。決して檸檬を盗もうとしていたわけではありません、怪しい者ではありません。の意味を込めて冒頭の挨拶となった。


「たぶんそうじゃないかな」

お兄さん、返事をしてくれた。よかった。

「柚子より大きいし、形がそうですよね」

と、わたし。

「植物に興味がおありですか?」

「あ、はい。…いえ。あの、こういうわけで(ちゃんと説明した)リハビリのためにウォーキングしてまして、写真撮ったりしてます」

「では、面白いものをお見せしましょう。ちょっといらっしゃい」

ご自宅の門扉を開けて玄関まで案内してくれた。若干警戒しながらノコノコついていく。

実はそのお宅には以前から興味を惹かれていた。玄関の上に張り出した軒先に、盆栽とおぼしき鉢植えがたくさん並べられていたからだ。大きな地震があったら全部落ちちゃうんだろうな、ちょっと危ないななどと考えていた。


「どうぞ、お入りください」

(え、いくらなんでも初対面の方のお宅に上がりこむわけにはいかないでしょう…)

及び腰になるわたしを玄関の和三土に招きいれ、

「これなんですが」

三和土に入って右手にガラスのショーケースがあり、中に何やら飾り物が。

「ああ、おおきな珊瑚ですね」

まず目に入ったものを褒める。立派な白い珊瑚。

「これ、百人一首なんですよ」

と、珊瑚が飾られている上の段を指し示された。そこには絵と文字が描かれたたくさんの貝殻らしきものが飾られていた。ひと目みてわかった。平安貴族が嗜んだあれだ。

「わぁ!貝合わせですね」

趣味で骨董品の収集でもしているのかな。

「百人一首、全部あるんですわ。いろいろやっております。描きはじめたら生徒が貝を拾ってきてくれまして」

え、なに?これ、このお兄さんが描いたの?生徒?学校の先生だったの?一気にたくさんの?が浮かんだ。

「学校の先生でいらしたんですか?」

「いや、書道の」

「ああ。…え?これ全部、一枚一枚描かれたんですか?」

書道の先生をしていて絵も描いて、百人一首の貝合わせを自分で作ったんだ。へぇ、すごい!自慢したくなるわけだ。

「はあ。いろいろやってます。二階にはもっとたくさんありまして」

まさか二階まで上がりこむわけにはいかない。

そのうち、奥さまとおぼしき女性が外から帰ってきた。

「おはようございます。すみません、突然お邪魔しております」と挨拶。

特に気に留める様子もなくさっさと家の中に入っていく奥さま。こういうことよくあるのかな。

「どうぞ」

お兄さん、幅4~5cmの貝殻をひとつわたしに手渡した。漢字が三文字と何やらふくよかな人の絵、小さな赤い落款まで。

「すごいですねぇ、全部ご自分で描かれたんですね」

お返ししようとすると

「どうぞ、お持ちください。お守りになります」

「え?いいんですか。…ありがとうございます」

ありがたくいただいた。人生の大先輩のお申し出には遠慮なく応えたほうがよろしい。


「いろいろ興味がありましてやっております」

三和土から外に出ると、外から見上げて想像していたよりはるかにたくさんの盆栽が。いわゆるミニ盆栽と呼ばれるような小さなものから「普通」の大きさのものまで。

「これは昭和50年のものです」

「え…と」

頭の中で西暦に直し答える。

「えー!41年ものですね」

わたしにはかわいいミニ盆栽にしかみえない。

「こっちは昭和55年です。盆栽というのは、50年経たないと盆栽とはいえないんです。それ以前のものはただの鉢植えなんです」

「へぇ~、そうなんですか」

「そっちにあるのがふたつ100年を越えてます。わたしは四国の出身で、帰省したときに恩師を訪問したら、もう面倒みることできないから貰ってくれるならと、引き継いできました」

ひと通り盆栽を見せていただき、写真も少しだけ撮らせていただき帰ってきた。


盆栽の鉢はほとんど全部ご自身で焼いたものだそうだ。よく見ると小さな文様が描かれている。隅っこには小さな鉢がたくさん放って置かれている。ひとつ貰ってくればよかった。


書道、絵、陶芸、盆栽。ご自身おっしゃるとおり多彩な方だった。もっともっと「いろいろやって」きたんだろうな…。

また機会があったらお話を伺いたいお兄さんだった。奥さまのお話しも聞いてみたい。


朝ウォーキングやってると、こういう出会いもある。

別途、写真を投稿します。

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