きらめくほど眩しい真夏の初恋 『君となら恋をしてみても』
恐らく多くの人々の記憶にあるであろう初恋の記憶。
想いが実った人もいれば、実らなかった人も、それ以前に想いを口に出来なかった人とその記憶は千差万別でしょう。
ですが、こと"ゲイ"の恋愛に限れば初恋の記憶というのはネガティブなものが多いのではないかなと思います。自分が抱くこの想いは本来向けるべきではない想いなのだから、想いを伝えるどころか、表には微塵も出してはいけない。周りから外れないように過ごし、ゲイネタで笑う男子たちの中で合わせて愛想笑いしながら、その中で無邪気に笑う好きな相手の横顔を見て暗い暗い気持ちになる。
かくいう僕にもそんな経験が……ごにょごにょ……なんて暗い話をしたいわけではなくて!
今回お話ししたいのは、そんな暗くて辛い初恋の記憶をも鮮やかに塗り替えてくれるドラマ『君となら恋をしてみても』についてです。
元々このドラマ、鑑賞リストに入れてなくて危うく見逃すところだったんですよね…あっぶな。というのも、ちょうど同時期に放送された『君には届かない。』が男子高校生のピュアラブストーリーとしてこれまた最高の出来で。Netflixでの先行配信組だったこともあって『なら恋』初回放送の頃にはすっかり『君ない』の方で温まっていて、別にいいかなぁなんて思っていたんです。
だからふと本当に何気なく1話を観たんですよね。いやあの時観て良かった、あの時の自分グッジョブ。
ゲイ自認が強い主人公・海堂天
さて、そろそろ本編の話へ。
この物語の主人公は、BLドラマファンにはお馴染みEBidan内のグループ・原因は自分にある。のメンバーでもある大倉空人さん演じる男子高校生の海堂天。過去にゲイであることを嘲笑され、それからは自分のセクシュアリティという核心を茶化すように扱い、真剣な恋は諦めているという役柄です。
このドラマが近年数多ある他のBLドラマと比べて特徴的なだなと感じたのが、ゲイの有りふれた恋愛を描いているという点。
これは私見ですが、BLドラマって幼なじみ同士でずっと一緒であるとか、10年来の片想いであるとか、圧倒的な崇拝対象であるとか、そういった少し現実味の薄い設定が多いように思います。もちろんこれらは異性愛のラブストーリーにも度々用いられるいわゆるありがちな設定なのですが、現実にはどれもそう起こらないものですよね。名前も知らなかった2人がある時出会って、恋に落ちて、お互いのことを知って気持ちが膨らんでいくという、(あえてこの言葉を使うと)普通の恋愛のセオリーに基づいたストーリーが、この物語をどこか遠いものに感じさせないんです。
またこのドラマは、天のゲイ自認の高さも特筆したいポイントの一つ。
例えば、前述した「ずっと一緒の幼なじみ」や「昔助けてくれたあの人」などを好きになる、そういった設定って「男が好き」なのか「その人が好き」なのか分からない節がありませんか?「男が好き」と「好きになった人が男」というのでは、似たように見えて個々の人物のアイデンティティがまるで違うように感じるんです。
それを踏まえて見てみると、主人公である天は完全に「男が好きである」男の子で、地元では高校生にしては奔放な遊び方をしてますし、龍司に対しても最初は性的な目を向けています。個人的に好きなのが、天が体育の授業中に男子たちを品定めするように眺めるシーン。確かに初めての人や環境に置かれた時、ふと周りの人たちを見て「あ、この人良いな」「あっちはイケメンだけど遊んでそう」と考えてることあるな〜、と(いや、これストレートの人もやらない?)。同性愛を扱う作品で論じられがちな「同性愛は性差を超えて、人柄に触れてするものである」といったような、同性愛者を不可視化させてしまう言説に見事なカウンターパンチを出していて、きちんと「男が好きな男」を描写する表象の使い方が素晴らしかったです。
もちろんこれは「同性愛者は恋愛対象になり得る人を全員性的に見ている」というよくある偏見を助長するものではありませんし、その後の心の通じ合いがあってこその描写であることは留意して頂きたいところです。ただあくまでも、あ、この人タイプかも、から始まる俗っぽい恋愛が同性愛の文脈で描かれたことが嬉しかったというのはお伝えしておきたいです。
そして天の核となる部分と言えばやはり、トラウマになっている中学生時代の記憶。それをきっかけに天は、自身にとって重要であるセクシュアリティの部分を軽く、茶化すように話すクセがついています。
昨年放送されたドラマ『かしましめし』で、同じくゲイである登場人物・英治が発した「笑うってゆっくりした自殺みたい」というセリフがありました。笑って誤魔化しながらも心に黒い澱が溜まっていくような天の姿を見ていると、ふとこのセリフを思い出しては、音を立てて心が腐っていくような気持ちになりました。
そんなこの物語の重要な部分をさらに引き立てているのが、大倉さんの表情のお芝居。ドラマを機に原因は自分にある。のMVやライブ映像を見るようになったのですが(なんなら沼に片足突っ込んでる)、げんじぶは大倉さんのみならずグループ全体として表情管理が群を抜いて素晴らしく、グループ活動で培われたのであろうその技術がこのドラマにも遺憾無く発揮されています。
↑最新のライブ映像。クールな表情から一転、ラスサビで不敵さを感じる笑顔へ変化するのが最高の一曲。みんな見て。
作中で何度も笑顔を見せる天ですが、一口に笑顔と言ってもその全てに細かなニュアンスの違いがあるのが天というキャラクター。ゲイであることを誤魔化すための茶化すような笑顔、俺が本気の恋なんてという自嘲気味な笑顔、龍司のさりげない優しさにときめいてしまう高揚感のある笑顔、かと思えばそんな自分を戒めるような諦めに似た笑顔、そしてラストにかけての、今までの暗い過去を全て掬い上げられたような晴れやかな笑顔。それと対比する、不安や切なさを孕んだ表情も相まって、抜群の表情管理で細かい心の機微を表現されていました。
僕の一番のお気に入りは第2話、二人で同じ傘に入った帰り道、雨の上がりそうな空を見上げるあの表情。「ダメだ。雨、上がるなって思ってる」それまでの弾けた笑顔から憂いを帯びた目で空を見上げるあの表情は何度見ても素晴らしいです。
あまりにも最高がすぎる男・山菅龍司
あ、急に語彙力下がったなって思いましたね?
その通りです。先に断っておくとここから先は元々無い語彙力がさらに下がるのでご了承ください。いや、なら恋にハマった人で龍司くんの話正気で出来る人いる!!!!????
そんな観たもの全ての正気を失わせる男(妖怪か?)こと日向亘さん演じる山菅龍司。早くに父親を亡くし、家業である食堂の手伝いに励む世話焼きで優しい男子高校生です。
いやもう好きポイントはいくらでもあるんですけど、まずお伝えしたいのは初対面で敬語なところ。なんなら次会った時も敬語なところ(そこ?)。
いや完全に個人的な好みになっちゃうんですけど、同い年だろうと初対面で敬語な人ってすっごい良くないですか? 礼儀がなってるな、敬意を持って接されてるな、距離の詰め方キツくないなと思って心のシャッター軽率に開いちゃうんですけど……。それに敬語始まりだとその後でタメ口になるっていうイベントが発生するじゃないですか、あれもいい。実際、海堂さん呼びからの「じゃあ、天!」は破壊力エグかった。ほんとに。
そんなファーストインプレッション最高の龍司くんはそれだけに留まらず、会うたびに最高を更新していきます。
公式の紹介でも「優しい」と表記されている龍司くんの性格ですが、実際ドラマを観るともはや「優しい」という言葉では済まないのがすごいところ。言葉で表現するのが難しいですが、思考回路が全て「自分のできる範囲で何をしたらこの人を一番喜ばせられるだろう?」というところに繋がっている感じ。そうでもないと、相手がソフトクリームの味で迷っている時に両方買って「一口ずつ食べて、好きな方選べばいいじゃないすか」なんて言えないよ…
そして龍司くんと言えば、天からの告白を受けて発した言葉がなんと言っても素晴らしい。ここからそれを原文ママで書くので、未見の方は一旦このnoteを閉じて、MBS動画イズムでもアマプラでもなんでもいいから一回見てから戻ってきてほしい。初見はこんなオタクのnoteじゃなくて、あの日向さんの爽やか笑顔と爽やかボイスで感じてほしいので。
いいですか???大丈夫?????書くよ??????
このシーン、見てて本当に声にならない叫びというか感嘆というかを上げまして。「はぁぁぁぁぁっっっっっ〜〜〜〜〜〜〜っっっ、そっか………………まじか……………」みたいな。だって付き合う以前に想いを受け止めてもらうことすらハナから諦めていた人間に対して、あなたの想いはきちんと尊重して心に留めておきますよと伝えた上で「しばらくは俺に片想いしといて」って……親の顔が見てみたい、と思ったら出てたわ。ほんとどうやったらこんな子に育つんですかお母さん、もう育児本出してくださいお母さん。
またこのセリフの肝は、相手にとっていい返事をしようと無理をしていないところ。天にとってのいい返事とは付き合うということですが、好きでもないのに、または好きのベクトルが違うのに付き合っても意味がない。中途半端な気持ちで付き合うのは天を喜ばせるようで、その気持ちを尊重した選択ではありません。だからこそ考える時間を設けて、答えがどちらに転ぼうが相手の気持ちにまっすぐ向き合おうとしている。なんて誠実な男なんだ、山菅龍司……!
そしてそれを受けての天の「君に恋をして良かった」でもうダメです。だってあれだけ恋に悲観的になっていた天からこんな言葉が出るんですよ、もうそれだけで十分じゃないですか。仮に恋が実らなくても、この出会いは天を明るい方向へ進ませてくれる。
……とは言うもののラブストーリーなので、くっついてくれないと困る。
ということで龍司くんはどんな返事をしてくれるのか、天と同じようにドキドキしながら待っていたんですが、
ここで盛り上がりに水を差すようで申し訳ないんですが、この答え、明確に天が恋愛的に好きだとは言ってなくて、会いたいがどういうベクトルの会いたいなのか、それは恋人の特権を使うほどの会いたいなのか、そんなことを考えてしまうと正直なところはっきりしないというか、少し不安になってしまう言葉なんですよね。
でも個人的には、この言葉に龍司くんの思いやりが目一杯表れているように感じて。「大好き」とか「同じ気持ち」みたいな上っ面で大きく見える言葉を使うんじゃなくて、自分のまだ煮え切らない部分も引っくるめて天に渡してくれる。こんなに悩み抜いて出してくれた答えが純粋な「会いたい」ならばもう嬉しすぎて文句の1つもありません。
はぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜、なんで僕の青春には山菅龍司がいなかったんだろっ!!!!!(ヤケクソ)
おわりに
この感想を書いていて気がついたことがあったんですが、皆さんはNetflixで配信中の『Heartstopper』というドラマをご存知でしょうか?
イギリス発のBLコミックの実写化作品なんですが、ゲイであることを理由にいじめられた過去を持つチャーリーと、優しく明るいスポーツマンのニックが惹かれ合う姿を描く……となら恋に近い部分が多いんです。
『Heartstopper』を観ていた時、日本でもゲイのアイデンティティや悩みを重苦しい形でなく、爽やかなラブストーリーを用いて描いてくれるような作品があればなと思っていたのですが、なら恋が見事にその願望を叶えてくれました。
もしなら恋を観てこういうラブストーリーをもっと観たい!と感じた方がいらっしゃったら迷いなく『Heartstopper』をおすすめしたいですし(ゲイだけでなく、レズビアン、トランスジェンダー等々セクシャルマイノリティなんでもござれなのでクィア当事者にはさらにおすすめ)、『Heartstopper』を観た方で僕と同じように感じた方がいらっしゃったら、日本のBLドラマの中でも大手を振っておすすめできるのが『君となら恋をしてみても』という作品です。
ただ1つ難点を言うとするならば、全5話は短すぎる!!!マジで!!!!!!
日本の恋愛ドラマのセオリーとして2人が結ばれるまでを描くというのが主流とはいえ、龍司が天に今後どういった感情を抱くのか、天がそれに対してどう反応するのか気になるじゃん…。てか普通のドラマとしても全5話は短いよ…。
と、先を知りたい気持ちを抑えきれずに原作を読んだら行き着くところまで行ってておったまげましたが(あそこだけR18だったよあの漫画…)、この先に登場するスナやフジ、ドラマでも登場したタマこと玉川くんのキャラもまた立っているので、是非とも続編を作っていただきたいところです。ここは一つ、本当にお願いします(心の土下座)。
最後に。原作の窪田マル先生がドラマ化に際して出されたコメントにて、なら恋は「「世界のどこかでこんな恋があったらいいな」という願いを込めて描いた作品」であると仰っていました。個人的な意見ですが、「ノンケに恋したら地獄」なんて言葉があるように、ゲイの恋愛はゲイ同士でもなければ気持ちを伝えることなんてまず出来ません。それどころか、自分の真剣な想いが「気持ち悪い」と冷笑されてしまう可能性に怯えて、最早自分の抱いた気持ちすら間違ったものなんじゃないかと疑い始める、思春期には特に悲観的なものに思います。
僕は青春と呼べるような時期をもう既に過ぎてしまいましたが、これから青春を過ごすゲイ(のみならず多くのセクシュアリティ)の人々がせめて自分の想い/思いだけは疑うことの無いように、なら恋で描かれたような心の通じ合いが当たり前に行われる未来になることを願って。