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「ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?(下)」 ダニエル・カーネマン

村井章子 訳  ハヤカワ文庫  早川書房

ダニエル・カーネマンと資本主義の精神


プロテスタンティズムではなくて(笑)
さてさて、カーネマンの「ファスト&スロー」はやっと第3部終わり。ここでは楽天家精神、自信過剰が論じられている。起業家は前に述べた外部情報、統計情報を無視して「見たものがすべて」で判断する。これはカーネマン自身も若い頃の参考書企画で陥った錯誤だという。

  不確実性を先入観なく適切に評価することは合理的な判断の第一歩であるが、それは市民や組織が望むものではない。危険な状況で不確実性がきわめて高いとき、人はどうしてよいかわからなくなる。そんなときに、当てずっぽうしか言えないなどと認めるのは、懸かっているものが大きいときほど許されない。何もかも知っているふりをして行動することが、往々にして好まれる。
(p65)


起業家精神の楽観性、計画の錯誤、顧客のシステム1をフル出動させて購買に誘う様々な装置やテクニックなど、資本主義の原動力はこのような認知的錯誤の上に成り立っているとさえ言うことができる。
(2017/12/03)

プロスペクト理論、カーネマンとマキニール

カーネマンの「ファスト&スロー」は、ある意味彼らの理論の代表格であるプロスペクト理論。なんでもノーベル経済学賞の賞状にこのグラフが描いてあったそうな。原注から。で、同じく原注によると、経済学者というのは数字で示すとモデルで示すより明らかに理解が早いということで、数字でプロスペクト理論の正しさが証明されるとカーネマンの同僚であるマキニールも顔色が変わった、と(皮肉っぽく?)書いてある…

このマキニールって
「ウォール街のランダム・ウォーカー 株式投資の不滅の真理 第9版」 
バートン・マキニール 井出正介訳 日本経済新聞出版社 
のマキニールだよね。
この本、一定期間で改訂版が出され最新情報が追加される。この第9版(2007年)では、例の?行動ファイナンスの章(早速カーネマンとトヴェルスキーの名前が出てくる)と、定年後の資産運用の章が新たに追加。今は第11版まで出ている。
(2017 12/10)

並列評価の是非

 合理的経済主体モデルの懐疑論者は、人間の選好が形式や表現に惑わされてもけっして驚かない。瑣末な要素に選択を決定できる影響力があることをわきまえているからだ。そして、その影響力を敏感に察知できるよう訓練されている。
(p256-257)


今日で「ファスト&スロー」の第4部終わり。訓練の一つとして並列評価をすべしというのが前の章で出ていた。できれば従来のカテゴリーをも超えた別の事例を想起して比較する。実社会の主な場面はその直面する問題単独が迫ってくるから、これは実のところかなり難しい。
アメリカの司法判断ではなぜかこういう並列評価を避けるように指示されているという。逆に惑わされると思っているのか、後で矛盾する評価を見るとがっくりするからなのか。この本で上下巻何回も登場している学者の一人キャス・サンスティーンの陪審員に関する指摘。
またサンスティーンはオバマ政権下で行政管理予算局情報規制室の室長を務め、リチャード・セイラーと共著で「実践行動経済学ー健康、富、幸福への聡明な選択」(遠藤真美訳、日経BP社)を書いている。行動経済学を政策に取り入れる為の教科書のような本とカーネマン。
(2017 12/17)

経験する自己と記憶する自己


第5部は自己について。ここでもわかりやすく二項対立でまとめているが、システム1とシステム2ではなく、第4部でのヒューマンとエコン(経済人)でもなく、経験する自己と記憶する自己というもの。その時々で何事か経験している自分と、後になってその経験を整理し記憶想起する自分。これはシステム1、2と対応するのではなく、また別の区分。 

で、最終的にその経験を評価し次に繋げていくのは記憶する自己。その評価方法はピーク&エンド方式。終わりよければ全てよし、で一番の頂点と最後の経験の掛け合わせ。どのくらい時間的に長く経験していたのかなどはほとんど考慮に入れない。これは一つの経験だけでなく、人生全体の評価にも当てはまるという。

 よって、過去から学んだことは将来の記憶の質を最大限に高めるために使われ、必ずしも将来の経験の質を高めるとは限らない。記憶する自己は独裁者である。 
(p268)
 私は記憶する自己なのであって、実際の場面に直面している経験する自己は、私にとって他人のようなものだということになるのだから。 
(p282)


このp282の文は、特に自分にはよく当てはまるような。 
経験する自己は9時間くらい寒かった… 
(2017 12/19)

井戸端会議向上委員会?


「ファスト&スロー」もやっと?大詰め。結論部分ラストから。

 オフィスでの井戸端会議が質的に向上し語彙が的確になれば、よりよい意思決定に直結するだろう。意思決定者にとっては、自分自身の内なる疑念を想像するよりは、いまそこで噂話をしている人やすぐに批判しそうな人の声を想像する方がたやすい。自分を批判する人々が正しい知識を身につけ、かつ公正であると信じられるなら、そして自分の下す決定が結果だけで判断されるのではなく、決断に至る過程も含めて判断されると信じられるなら、意思決定者はよりよい選択をするようになるだろう。
(p332-333)


各章の末に「井戸端会議」な語りが載っているのは、こういう意図があったからなのか・・・
でも、とくに最後の「・・・なら」は難しい(無理?)だよね。

付録A「不確定性下における判断ーヒューリスティックとバイアス」(と付録B)

 アンカリングが生じさせるバイアスの向きは、場合によっては事象の構造から推定することが可能であり、連言的な連鎖構造では過大評価に、離散的なじょうご型構造では過小評価につながりやすい。
(p398)


この付録は本文とは別の論文で、本文より若干難易度高し。前者は新製品開発(本文中ではカーネマン自身も関わった教科書プロジェクトの例)など、後者は原子力発電所や人間の身体のように複雑なシステムのリスク評価などが挙げられる。
これを読んでいる、自分のシステム1は構造じゃなくてバイアスの向きだけの違いではないかと悩んでいるのだが、システム2は怠惰で助けに来てくれない・・・
とにかくこれで残すは付録B。
(2017 12/23)

12月課題図書だった(笑)「ファスト&スロー」付録Bを今朝読んで、これで読了。
p381の図2は高い確率(グラフ右)では保険の、低い確率(グラフ左)では宝くじの、それぞれ成立過程を表している。 
(2017 12/24)

おまけ

昨夜思ったのだけど、やはりシステム1、2という区分けではなく、1から2への漸次的な揺れで神経の強度?が変化していくのにつれて認知も変化する、という説明の方がいいような。自分は平均すると1.3が今は1.1(笑)。ゲーデルなんかはずっと2のままだったんじゃなかろうか(笑)
(2017 12/31)

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