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「百年の孤独を歩く ガルシア=マルケスとわたしの四半世紀」 田村さと子

河出書房新社


何回かにわけて訪問したコロンビアカリブ海地域の記録を、都市や地域ごとに分けてまとめたもの。マルケス本人にもコロンビアやメキシコで何度も会っているという。
そのきっかけは田村氏と同郷(和歌山県新宮市)の作家中上健次が、「ガルシア=マルケスに会ってインタビューをしたいのだけれど、通訳として同行してくれないか」との誘いだった。当時ミストラルの詩の翻訳や人権運動などをしていた田村氏は先方に問い合わせるが、返事は「田村氏の方に会いたい」という思いがけないもの。一方、その時期は中上健次は多忙だったため、田村氏単独で行ったとのこと(その後、中上健次は行ったのか?)
(2017 09/10)


マルケスのカリブ海地域は、同じコロンビアの首都など霧の向こうのアンデス地域より、カリブ海諸島、そしてアメリカ南部の方が感じ的に近いと書いてあった。マルケスのフォークナーに対する愛着もそういう観点から読み解かなくては。
(2017 09/24)

グアヒラ半島とワユー族

「百年の孤独を歩く」、中身を読み始め。まずはグアヒラ半島から。

 コロンビアの歴史の最初の百年は「連帯とは正反対」の孤独という結末に終わったーこれがこの本の核心なのだ、とマルケス自身が述べているように。
(p42)

コロンビア(というか南米大陸)最北端、「百年の孤独」ブエンディーア一族第二世代とレベーカというもらい子に共通するワユー族の地域、この物語の発端(キャプテンドレイクが一つ絡んでいるらしい)、そしてマルケス自身が百科事典を行商しに来た、この地域。
「エレンディラ」でそうだったように、風が常に吹き砂が身体に当たって痛いという。
(2018 02/13)

バジェナート

黒人文化の太鼓、先住民文化のグアチャラカ(傷をつけた木の棒を金属の棒で擦る)、そしてドイツの船乗りが持ち込んだアコーディオンからなる伴奏で歌うバジェナートという音楽。マルケスはこのバジェナートに天啓を受けたという。

 うたいながら物語が語れる、歌を通して他の世界や他の人々のことを知ることができる、とわかって幼な心にひとつの天啓のようなものを受けたと感じた。
(p74)

 「『百年の孤独』は四五〇ページのバジェナートにすぎない」
(p78)

バジェナートは歌い手が放浪する間の出来事や伝聞を歌に流し込む。だから村の人々は外に出ている人の消息を知りたい為に小銭?持たせて探らせるという。

アラカタカとバランキージャ

「百年の孤独」でもクライマックスの場面の一つ、バナナ農園のストと鎮圧。小説では駅前広場に集まったスト参加の群衆に対し、一定の演説の後に軍が発砲するが、実際は一旦帰宅させた後の夜になって寝込みを襲って襲撃したという。
史実の方が陰惨で酷いが、小説の方は衝突が劇的に研ぎすまされる。背中に背負った子供のエピソードも映える。でもまあ悲惨な歴史に沿って作られていることは確かだ。今そのシエナガの駅前広場(駅自体はないが)には、バナナ農園労働者の蜂起の像が建っている。

バランキージャの章は、マルケスの親族に会いに行ったことから書き始めている。マルケスは11人兄弟の長男。この11人の他に父親の母違いの兄弟が4人。計15人。
この地方では「百年の孤独」でもそうだったように、あまり嫡出・非嫡出にこだわらず皆平等に兄弟として接するという伝統があるという。この時期直前に「生きて、語り伝える」が出版されたので、兄弟内でここは違う、いやそうじゃない…とか喧嘩腰(まあ、うちうちの)になってしまうとも。
父親はいろいろ職を変えて彷徨う人だったらしく兄弟は皆苦労していたとか、11人兄弟の末子エリヒオは作家・ジャーナリストだったが2001年に他界したとか。
(2018 02/16)

「百年の孤独をあるく」兄弟の話聞き取り。一歳下の弟ルイス=エンリケの悪戯話。
バナナを盗んで食べたとか、祖母が小遣い稼ぎの為に作っていた菓子を盗んでお店に先回りして売ったとか…すると、厳しい父親からのベルトによる鞭打ちが待っていたという。そんな悪戯の中でばれなかったのが洗礼盤に硝酸銀をかけたというもの。いくらなんでもこれはやり過ぎではないかい?
(2018 02/20)

マグダレーナ川とモハーナ地方

「百年の孤独を歩く」、バランキージャのマルケスゆかりの娼館を巡った第3章の後半と、第4章マグダレーナ川。「予告された殺人の記録」が撮影された街と、「コレラの時代の恋」で出てきたような客船。
で、紀行はとにかく当時のゲリラ活動地域の中を行く。今は行けるのか。
(2018 02/21)


第5章はモハーナ地方。マルケス一家が唯一長く11年も住んだことのあるスクレを始めとした地方。雨季が長く沼地が多い地帯で、「百年の孤独」の中の4年も続く雨とかはここから来ているのだろう。ここでもマルケスに「女」を教えたという娼婦など娼館巡り。

その先のマルケシータという太母ともいうべき伝説の女性の島へ向かう。
その伝説では端まで歩くと9日もかかるという農園を持ち、好きなだけ生きられ、望みとあれば相手の腹に猿を孕ませることもできるという。水の上を歩き、同時に二箇所の場所にいることができる…200年ののち亡くなる前に、段階をわけて超能力を回りの人々に分け与えたという。
この話はマルケスの「ジャーナリズム作品集」に出ている…というわけで、冒頭のこの話を読んでみた。例によって?直裁的な、信用していいのかよくないのかよくわからない煙にまいた文体…
(2018 02/22)

孤独と歩く旅終了

 シエルバ・マリアという存在にはあらゆる西洋の文化の規範を転覆させる危険性があった。読み書きを拒否して植民地思考の書かれる記憶の係りを拒否した。彼女はプリミティブで率直で生きている口承文化を選んだのである。
(p252)

「愛その他の悪霊について」から。今、歴史学などでは「書き言葉文化によって埋もれてしまった」主に女性たちの言葉を掘り起こそうとする試みが盛んである。その正否や目的地通りかはともかく、その研究の立場からはこうしたマルケスの表現はひょっとしたら「決めつけ」とも批判されかねないものを含んでいる。でも、果たして決めつけなのかどうか、自主的か受動的にかどちらもあったと思うけど、こういう選択肢も自然にあったのではないか。

その他、逃亡し解放を勝ち取った黒人奴隷の村パレンケ訪問や、「コレラの時代の愛」を巡るカルタヘナ散策、マルケスの自宅の様子など。

最後はあとがきに載っているマルケスの言葉から。

 そのエネルギーは現実の力の壁を食い破り、言語と行動を若いさせ、人間の生にとって回り道でないものはないことを証明してくれる。一見、何をやっているかわからない、祭りと破壊と神秘の文化。その<遅れ>こそが私たちの力なのだ
(p283)

(2018 02/25)

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