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「サウジアラビア-変わりゆく石油王国-」 保坂修司

岩波新書  岩波書店

序章と第1章「王族」


まずは序章から。
リヤード(リヤド)では大きなショッピングセンターと、そこに祈りの時間にいないかと見回る宗教警察というイメージから始まる。サウード家による王国建設は実は3回起こっている。最初はオスマン朝のエジプトのアリーに鎮圧され、次は内紛で潰れ、20世紀前半の現在につながる時で3回目。ワッハーブ派のイスラム運動と一緒に考えがちだが、18世紀の最初のワッハーブ派はかなり柔軟なもので、現在サウジアラビアのワッハーブ派は「ローカライズ」されたものだという。

続いて第1章「王族」
アラブ周辺の国はだいたいが王国なのだけど、それを王族が内閣・大臣等を占められるか否かで分けると綺麗な結果が出る。サウジアラビア始め湾岸諸国は全て王族で占めている。ヨルダンなどは占めてはいないが王族が役職につくことは可能。そしてその他のエジプト、イラク、イランなどは王族は役職につくことができない。そして、王族が役職につけない国々は全て王族自体が追放等され共和制になっている。
(2023 11/28)

第2章「石油の力」


石油関連の話はだいたい章の前半。後半はサウジの人口増とサウジ化政策。
「分配国家」サウジアラビア(石油収入を国民に分配するだけの国家。徴税機能が乏しい。行政サービスが、税を払っているが故の権利ではなく、上から頂戴する下賜になっている)。石油価格が上がればそれだけいい、とかいう時代は過ぎ、そもそも石油価格は既に自分たちが調整するものではなく、外の世界市場が決定していくものになっている。それが急な上下を繰り返していくのでは、他に産業がほとんどないサウジアラビアの経済そのものも急な上下を繰り返していくだけになる。
意外にも、サウジアラビアは小麦の自給を達成し、輸出までしているという。ただこれは巨額の補助金を投じて行っており、貴重な水資源を酷使してもいる。

そしてサウジアラビアのGDPは、全体では上がっているが、一人当たりにすると中南米のメキシコ辺りと同じくらい、1980年代のどん詰まりだった英国と同じくらい。他の湾岸諸国より低いらしい。それはサウジ人の人口増加が激しいことに由来する。そして若年層の失業率は約3割(親や家族がセーフティネットとして、「よい職業」につくまでは働かせないということもある)。構造改革、民営化も、上手くいっている部門も有ればそうでない部門もある。ブルーカラー的仕事は外国人労働者によって占められている。
あとはサウジ化政策。これはもっと(外国人ではなく)サウジ人を雇え、という施策で(サウジ人経営者自体が、サウジ人は使えないと言っているようではあるが)、2000年代辺りからやっと本腰を入れてきた。そして、その大元は教育制度にある…ということで、第3章はそちらの話へシフト。
(2023 11/30)

第3章「変わりゆく社会」


教育の問題。
その1、教科書がイスラム保守き偏り過ぎて、他宗教・多民族との共生という現代には合わない。
その2、教師に過激な人物が多い。サウジアラビアは教育は無償だが、義務教育ではなく、かつ全カリキュラムの中に必ず宗教の科目がある。もっとも、他の科目の教師でも過激な人はいるらしいが。こうした教育の中、若者の過激派が増え、それは危険だとアフガニスタンなどに厄介払いしたのが戻ってきたのが、テロリストの温床となっている。
1990年代の湾岸危機の頃から、女性の運転デモや建白書など社会を変えようとする動きが出てきている。運転デモは封じ込まれたが、建白書は様々に出されている。この頃から、リベラル派・保守派・シーア派が共同して建白書を出すことも見られるようになる。それは今までのサウジアラビアでは見られなかった。しかし9.11が起こってサウジアラビアは批判の前面に出ることになる。
(ここまで昨日)

第4章「リヤードの春?」


9.11、アメリカのイラク攻撃(米軍がサウジ領内に進駐)、それから2002年3月のマッカ(メッカ)女子高校火災(火災から逃げようとした女子高生にアバーやヒジャーブ(黒い外套、スカーフ)を付けろ、と火の中に戻した宗教警察)、2003年5月のリヤード外国人居住地(コンパウンド)での自爆テロ事件、などを経て、政府もやっと重い腰を上げつつある。
強硬な宗教指導者の排除、教育改革、国民対話、そして地方評議会選挙(サウジでは選挙自体無く、これも地方議会のまた補助的なものであるし、男性のみの選挙権ではあったが)。ただ、注目されていた割に、投票率はかなり低かった。

終章「未来への道」


保坂氏はサウジ理解には「均衡」と「コンセンサス」という考え方が重要だという。片方には強硬な宗教界があって、片方には石油産業以来のテクノクラートがある。オーストラリアのダリル・チャンピオンの分類によると、20%が保守派、20%がリベラル。残りの60%がアパシー(無関心)、だという。この60%がどこへ行くか、両極が引っ張り過ぎないようにしながら、政府はそれを見ている…

というのが、この本刊行当時(選挙があった2005年)の状況。さて、もうすぐ20年、どう変化しているのか(いないのか)…
(確か女性の運転は認められたような…要調査)
(2023 12/02)

2018年6月24日に、サウジアラビアの女性の運転が解禁になった。アラブ諸国でも最後の解禁だったらしい。

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