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記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
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舞台「狂気山脈 単独登頂」レポ感想日記

はじめに

注意:狂気山脈のネタバレをめちゃくちゃ含みます。(TRPGシナリオ、舞台含めて)
記憶力に自信がない投稿主が、あの日受けた衝撃を残すための日記です。
長々と私的な文章が続きますので、レポや感想だけ読みたい方は
目次:舞台「狂気山脈 単独登頂」レポ へと飛んでください。

目次


あの日。

「―見返してやる」

2024年2月3日 場所は東京 有楽町 ヒューリックホール
男が独り、「狂気山脈」を登っていた。
脚本演出:ディズム 出演:小ka栗ショーン
舞台「狂気山脈 単独登頂」

原作は「狂気山脈~神々の山嶺~」作:まだら牛
プレイヤー3~4人、NPC3人で南極で発見された世界最高峰の山脈、
”狂気山脈”を登るクトゥルフ神話TRPGの名作シナリオである。

もっと原作をたどるとラブクラフト作の小説「狂気の山脈にて」にたどり着く。
時代設定的には「狂気の山脈にて」→数十年後→「狂気山脈~神々の山嶺~」とつながる。現代が舞台である。
では今回の舞台「狂気山脈 単独登頂」はどこに位置するかというと…

第二次登山隊に選ばれなかった”男”

本来、TRPG「狂気山脈~神々の山嶺~」では”第二次登山隊”として選ばれた登山家となり、数々の困難をみんなで乗り越え前代未踏の山頂を目指す。
…の裏で南極行きの船の貨物室に隠れてた男がいた。
その男こそが「狂気山脈 単独登頂」の主人公”彼(演:小ka栗ショーン)”
である。

「──俺のことを笑ったやつら、全員見返してやる。」

舞台「狂気山脈単独登頂」概要欄

協調性がない、信頼が置けない。野心はあるが技術が追いついていない。
今まで散々言われてきたのだろうか、そんな言葉をこぼしつつ振り返る。
「頂きに立つのはこの俺であるべきだ」
シナリオでは描かれていない、名も知らぬ男の孤独な狂気。

2021年に舞台化、youtubeにて

この舞台は一度、youtubeでライブ公開されており、現在も観ることができる。

関連動画に表示されたサムネイル。
はじめは「シナリオを一人で登る人もいるんだ」程度に思っていて、見向きもしなかった。
しかし、狂気山脈リプレイ動画を見ていくうちに「狂気山脈」が生み出す魅力に落ちてゆき、小説、コミカライズを買い、映画アニメ化の2度目のクラファンをし、パイロットフィルムを映画館に観に行き、雪山の過酷さを知ろうと映像を探り、ハッとしたときにこの「狂気山脈 単独登頂」がまた目の前に現れたのだ。
そしてようやく気づく。これはセッションという会話で進むのではなく、
一人の男が己の肉体で演じる、ナマモノだと。

倉庫の中の山脈

驚いた。自分は様々な舞台を見てきたつもりだった。
倉庫の中に”白い壁”が堂々立っている。遊具のようなセットが組まれている

…感じたことがない不気味さに襲われた。

この白い壁にはボルダリングのホールドがついている。
そこを男は「クライムオン」の掛け声とともに登っていくのだ。
しかも、ただ登るだけではない。
アイスクライムに使用するアックスやロープ、器具をその場で準備、組み立て、丁寧に丁寧に登っていく。
ビレイヤー、ナビゲーターそんなものはいない。
自分でルートを出して登っていく。
一度登って、荷物を取りに降りて、また登っていく。
たった独りで、登っていく。
狂気に飲み込まれていく。山も、男も、視聴者も。
最期、白い壁が黒く染まる。もう、戻れないのだ。

アーカイブを見終えた後、手の平に爪の跡が深く刻まれていた。

劇場に向かう

12月24日、有観客での公演を行うことがディズムさんのX(旧Twitter)で発表された。チケット発売日、仕事中にPCに張り付き、取れたときは両腕を上げて喜び、周りには引かれてしまった。
自分にとって、有観客の舞台は2019年以来だ。約5年ぶり。

当日、午前に大阪で用事があり18:30頃に東京につく。
大慌てで会場に向かった。あらかじめショーンさんが投稿したナビを頼りに進んでいく。
地下に潜りコインロッカーにキャリーケースを預けようとすると小銭がなく、近くにあった成城石井で目に入った5%引きのR1を買い、小銭に崩しロッカーに急ぐ。
18:43。背中や額に焦りや緊張、興奮で汗をかきつつエレベーターへ。
「狂気山脈 単独登頂へはこちらです」スタッフの声に導かれながら会場へ踏み入れた。
特典のチケットをもらった。

茶色く小さな、南極行きのチケットだった。
これから、南極へ向かうのだ。

舞台「狂気山脈 単独登頂」レポ

会場に入る。広い。劇場特有の耳が詰まる空気を感じながら席に座る。
舞台に目をやると、映像で見たセット…いや、明らかに以前より大きな白い壁がそこに佇んでいた。たくさん頑張った跡がうっすら見える。
舞台両端にはスクリーンがあり、そこには注意事項が映されている。
物珍しさにワクワクしていると、ディズムさんのアナウンスが入った。
そして、しばらくあと暗転、静寂。舞台に独りの男の影が現れた。
「見返してやる」
吹雪と男の決意が聞こえてきた。
2024版「狂気山脈 単独登頂」が始まった。

「アイム ニモツモチ クルー!」

youtubeで見たものとは違う、新しい演出や演技、セリフがたくさん追加されていた。
男が隠れる貨物室、ニィ…とドアが開く音、突然「アイム ニモツモチクルー!」と叫ぶ巨漢。急に新しい演出だ…。以前は手をパクパクさせて一人二役をこなしていた。
あきらかに「カメラ」ではなく「舞台」を意識した演出に変わっている。
軽く覚えているだけでも、
慰めペンギンのシーン。
右脳と左脳が分裂するシーン。
船内に戻って犬ぞりを用意するシーン。
「アイム カンシイン クルー!what are you doing!?」
犬ぞりを体力温存のため、指人間でそりを表現したシーン。
犬ぞりで走っていると南極熊に遭遇!!
…南極熊!?
21年版とは違って、ストーリーの深堀がされておりシーンに説得力が増していた。
楽しい、広い舞台を一人の男が動き回っていた。

「待ってろよ、狂気山脈」

しばらく犬ぞりのシーンが続く。かっこいい登場の仕方を考えていた。
犬がおびえ、逃がす。「ここまでありがとう!ワンちゃんたち!」
男の性格が垣間見える。何気ないがとても好きなシーンだ。

現在の標高、3000m。目標、10363m!前人未到の最高峰だ!
待ってろよ!!……狂気山脈…!

舞台「狂気山脈 単独登頂」youtube

様々な感情が籠っているように聞こえた。
そして、OPの曲が流れる。
手帳を手にた男とクレジットが両脇のスクリーンに映し出される。
あの、アーカイブでは何度も繰り返して見てしまったOP。
サングラスの隙間からちらりと見える目と、あまりにもかっこいいOP演出になんか知らんけど腹が立って、好きすぎて数日そこから進めなかったあのOPを

まさか、ほぼあのまま見れるとは思わなかった。

「3000m~6000m」

第二次登山隊を前方にその背中を追っていた男。
オーロラのシーンは原作にもあった。ここすき。
二日目、降雪。
うろ覚えだが確かここのあたりから両脇のスクリーンに映し出されていたショーンさんに雪のエフェクトがかかる。
まじかよ、そんなのありかよ!!心の中で叫んだ。
普通なら、こんな演出はしない。大体は観客の脳で補うところだ。
二つの世界が存在していた。
”男”が見ている世界と、観客が見ている舞台。

クレバスに落ちかけたり、第二次登山隊を見失ったりはしたが
男はひたすらに上り続ける。
ケテリ・リ、幻聴に苛まれても、ショゴス乗越を超えた。

「その日の夢見は最悪だった」

かなり大きな変更があった。21年版では語りで状況説明があったが
24年版は、両手をあげ、まるで呪詛のような不気味な言い回しで悪夢を詠った。
「あのウェアは……俺だ」
不気味かつ狂気的な呪詛と対照的に「俺」だと認識してしまった男の正気にゾッとした。
これがほんとのSAN値減少か。
ちなみに「切り替えてコー!」はなかった。ずっと心に重いものがあった。

「クライムオン」

舞台、上手側に立つ白い壁。正面とは違い、小ぶりではあるが異質な壁。
これが「アイスウォール」か。
21年版とはかなり大きな変更があった。
途中にあった段は無くなり、変わりに上から鎖がぶら下がっている。
難易度が格段に上がっている。素人ながらもそう感じた。
男はリュックから淡々と道具を出している。
劇場内は器具同士がぶつかる金属音とロープの擦れる音だけが響いていた。
「クライムオン」アックスをホールドとホールドの間に引っ掛ける。
丁寧に上りつつ、支点を作り、ポイントでロープを通す。
静寂を貫いた女性の「頑張れ」という声に、人は思い出したかのように応援を開始する。自分は声が出せなかった。ただ祈ることしかできなかった。
登り切った男に大きな拍手が響いた。
だが、これは男の幻聴なのだ。
さらに荷物、支点の回収のため一度降り、また昇らねばならない。
一本のロープで体を支える。
いくら命綱はあるとはいえ、TRPGではダイスの数値で一喜一憂していたのが馬鹿らしくなった。
上り終えた男は景色を見回す。山肌の玉虫色に手を伸ばし落ちかける。
分かっているのに、尾てい骨がジンとした。

「滑落」

男の叫び声で起きた”男”。この時隣の観客が小声で「コージー…」と憐れんでいた。わかるぜ、おじさん…。
スクリーンに映し出された男には吹雪が容赦なく襲い続けている。
21年版にはなかった「ウロ」のシーンがあった。
正面の白い壁の裏を「洞窟」と表し、入っていく。
舞台の使い方がうまい。膝を叩いた。。。こういうアイデア大好き。
しばらくすると男が反対側から出てきて足を進める。
…一瞬の油断だった!
滑落だ!!
飛び出すようにスロープを滑り落ちる。必死にもがく男。
しゃべり動き続けたのにもかかわらず、腕立て伏せに近いポーズで止まる。
額に汗をにじませながら、肩で息をしながら舞台上を動き続けている。
もはや恐ろしい、小ka栗ショーン。

「猛吹雪」

印象に強く残っているシーンがある。
猛吹雪の中、食料を切り詰めながら耐えるシーンの8日目だ。
21年版では苦しそうな声をあげながらのセリフだったが、24年版は「発狂」してしまうのだ。笑いが止まらない男。笑いながら苦しんでいる。笑いながら「靴の底を嚙むしかあるまい」。
人は、極限状態になると防衛本能が働き心を守るために「笑ってしまう」らしい。
一目見てもわかるほど、男の心が限界に近づいてきている。
猟奇的な演技はたくさん見たが、初めて人の「笑い声」で恐怖を感じた。

「快晴無風」

10日目、劇場が無音になった。ライトも明るい。
スクリーンに目をやると、男を襲い続けていた猛吹雪はなくなっていた。
快晴無風だ。
宇宙に近い深い深い青空が見えた。

「あの人」

あの人。穂高梓に、男は嫉妬が爆発してしまう。
男の心が崩れてしまったが「見返してやる」の芯だけが残っている。
私事だが、同じ気持ちになることが度々ある。
叫びだしたい衝動を抑えて日々生きている。
この、男が大声で叫ぶシーンは本当に大好きだ。
気持ちの悪い話だが代弁してもらっている気持ちになる。

「大黒壁」

この舞台で一番のシーンだ。
体が震えてそのまま張り裂けそうな重低音が響く。
舞台の中央に堂々と佇んでいた白い壁が、黒く染まっていく。
上から、黒い液体が流れてきている。ホールドに溜まっているものもある。
白く巨大な壁が禍々しく恐ろしいものに変化していく。
「クライムオン」の掛け声があるまで、液体の流れは止まらなかった。
器具は使わずフリークライミングで登っていく。緊張のシーンだ。
ホールドに手をかける。21年版とは違い、一つ一つのホールドの距離が遠い
客席から「頑張れ」「頑張れ」と応援の声が聞こえてくる。
一度目の登攀の時以上の大きな声だ。隣の客も、僕も叫んだ。

”彼”には聞こえているのだろうか。
足を置き換える、手を伸ばす、一手一足、登っていく。
言葉を吐きながら登っていく。見返してやる。その心だけで。

「狂気山脈 単独登頂」

ものすごく長く感じた。登り切ったときには大きな拍手が起きた。
あと少し、あと少しと歩いていく。暑い暑いと上着を脱ぎ、下に投げ捨てる。矛盾脱衣だ。彼はもう。

男が山頂に立つ。体の底から喜びを示す。
誰かのためではなく、自分のために登り切った男。
喜ぶのは束の間、山が身じろぎ男の姿は見えなくなる。

…大音量でエンディングテーマ「Hold」が流れる。
拍手が鳴りやまなかった。
スタンディングオベーションをと思ったが、腰を抜かして立てなかった。
鼻のあたりがジインとしたが、涙は出なかった。
笑ってしまった。えげつない舞台を見てしまった。

ディズムさんのアナウンスで客が出ていく。
しばらくぼんやり座り込んでいた。人が少なくなって、そろそろ出るか…と上着を羽織り、ポケットに手を突っ込むと5%引きのR1が出てきた。
その瞬間、僕は、現実に帰ってきた。

感想

ギャグで始まり、シリアスへのグラデーションが山のごとく
標高が上がると比例して精神がすり減っていく。
最期まで名前も目も知らない男の生き様を見届ける。
応援の声も拍手も幻聴なんだ。登りきったところで男はこちらに向かってはにかみさえしない。
歴史に名も残らない。本当に悲しいストーリーだ。

後日。

終演後に東京にいる友人と会った。「すごかった…」としか発していなかったらしく、後日「無でした」と言われた。
2月4日のトークショーにも向かった。ホールドが当たらなくてちょっとしょんぼりしたが、そんなことは大したことはない(意地)
むしろ期待してた自分が恥ずかしい…。
すべてが終わり、駅前で教え子を待っていたら、まだら牛さんとディズムさん(らしき人物の後ろ姿)とすれ違ったが、さすがに声はかけることはできなかった。心の中で感謝の言葉を唱えた。
帰りの新幹線でboothでグッズを購入した。サントラ欲しいな~。

あの日から3日たった今、どうしてもあの時に感じた気持ちを残しておきたくなって、仕事の合間に書いている。正直、もう記憶が薄れてきている。とても残念だ。気持ちを文章や言葉に起こすことが得意ではないので、見心地の悪いものだが自分は満足している。

まだ、気持ちはあの山にある。
「下山できない」と嘆く人間の気持ちがようやくわかった。

今まで見た舞台の中で一番になった。
素晴らしくえげつない最高の舞台だった。

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