ふろ。

生活リズム。

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最近の記事

「生活」がただそこにあった

 その人から溢れるふとした仕草や表情、紡ぐ言葉の奥にある温かさ、柔らかい眼差し、漏れる感情と、僕個人の趣味嗜好、性癖、好きが交わった瞬間に、人は愛情やつながりというもの感じるような気がする。言葉では言い表せないような、人が無意識的に発する何か同士が交錯した瞬間。それは双方向じゃなくて、その人がいるだけで何だか心地よくて勝手に身体が反応してしまうような。言葉にしなくても、勝手につながってるなあって感じられるそんな存在。表層だけじゃなくて深くて解けない赤い糸でつながっているような

    • ぐるぐるサーフィン

      欲望に支配されてから幾年もの月日が経って そこに本質的な問いが頭の中を駆け巡っていく。 走馬灯のように、過去の記憶たちが 蛇の尾を掴めるか掴めないかギリギリのラインで 久しく会った友人にどんな顔をすれば良いか戸惑うように 人生の節目でサプライズ的に浮遊してくる。 アナログ時計とデジタル時計を行ったり来たりするような 暗い夜中を乗り越えながら、インターネットの波を 右手のマウスだけで掻き分ける。 マウスに添えた右手の人差し指の腹の皮膚の細胞の繊維に すべてがつまっている。

      • 歯の奥に大きなクラブハウスができた

        部屋を掃除していたらクラブハウスが出てきた。懐かしいものに触れると、時間を忘れて過去に思いを馳せてしまう。クラブハウスを開くと、校長先生と目が合った。校長先生の話は長くて、よくクラブハウスの話をしていた。校長先生の奥さんは駅前のクラブハウスを運営する店長さんらしくて、よく集会でも生徒の前で話していた。 歯の奥に何か挟まっていると思ったらクラブハウスだった。歯医者さんに行ったら歯科衛生士さんに「大きなクラブハウスができてますね~」って言われた。「放っておくとまずいですか?」と

        • 言葉はアイスクリームのように

          一生懸命に頭を悩ませて出てきた言葉も無意識にパッと出てきた言葉も、同じ言葉として同じように人の心に届くのは、そこに温かさが存在するからだと思う。本来、言葉に温かさの概念はない。言葉は道具的で手段的で人と人を繋ぐ架け橋的なもの。けれど一般的なモノとしての道具とは少し違っていて、それは言葉はアイスクリームのように賞味期限がないことだ。一見、生モノのように見えて、永久不滅の鋭い武器のようなものにも感じる。 人は熱を帯びているから、その熱が言葉に伝わって温かさに変わる。純度100パ

        「生活」がただそこにあった