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スピリチュアルからこんにちは

いわゆる「スピリチュアル」系のアート作品を集めた展覧会。参加したのは、アーティストのRammellzeeや宇川直宏をはじめ、障害福祉施設で暮らしたり、そこに通ったりしている人びと、さらには宇宙村村長や創作仮面館創設者、珍石館館長など、13名。いずれも何かを創作していることに違いはないが、「アート」ではなく「精神世界」を中心にした選定である。

全体的な印象からいえば、いわゆる「アウトサイダー・アート」として括られるような創作物が多い。それらに通底しているのは、精神障害、占星術、神霊、あの世など、いずれも近代社会にとって排除の対象である「外部」にほかならないからだ。生ぬるい鑑賞者を寄せつけないほど強力な唯我独尊のオーラを放っている点も、良質のアウトサイダー・アートと共通している。

しかし、個別の出品物をよく見ると、そこには必ずしも自閉的で独善的なアウトサイダー・アートとは言えない特質も含まれていることに気づかされる。それが「交信」である。むろん、宇宙を主題とした一部の出品者が宇宙や地球外生命体との交信を図っている点は改めて言うまでもあるまい。けれどもその一方で、必ずしも宇宙に関心を注がなくとも、交信を試みている者がいないわけではない。

栃木県の那須高原にある創作仮面館は、およそ2万点の創作仮面を陳列する私設博物館。主宰する岡田昇によってつくられた創作仮面が、建物の内外を埋め尽くすほど飾りつけられている。しかも岡田昇本人も創作仮面を着用しているほどの徹底ぶりだ。本展会場では、4面の壁面にそれらのおびただしい創作仮面が展示され、あわせて平面作品なども発表された。

岡田本人が仮面を着用していることが如実に物語っているように、仮面とは素顔を覆い隠すことで仮の顔を仮設するものである。その意味で、来場者との「交信」は端から放棄されているように感じられないでもない。斜視の子どもを描いた平面作品にしても、こちらと視線が決して交わらないことが、そのような「交信」の断絶をよりいっそう実感させている。しかし、にもかかわらず、おびただしい数の仮面に囲まれていると、必ずしもそのような拒否の意志に苛まれるわけではないことに気づく。むしろ、仮面をとおして、何かしらの「交信」が働きかけられているようにすら感じられるのだ。

それは、岡田がつくる仮面が日用品や廃棄品を再構成したある種のアッサンブラージュであり、その素材の親近感が来場者との距離を縮めているとも考えられる。だがより根本的に考えれば、そもそも「美術」は、言ってみれば、そのような仮面を挟んだ非言語的なコミュニケーションの一形式ではなかったか。言語的なコミュニケーションのように、正確無比な意思疎通が可能になるわけではないにせよ、どんな「美術」であれ、ある種の「仮面」を内蔵しているのであり、その制作と鑑賞は「仮面」の此方と彼方の交信と言い換えられるからだ。その意味で、岡田の創作仮面は、アウトサイダー・アートの一種というより、むしろ美術の王道を体現していると言えよう。

「コミュニケーション・アート」や「関係性の美学」という新語がいかにもいかがわしいのは、それが臆面もなく同義反復を犯しているからにほかならない。美術とは、その言葉の内側に、本来的にコミュニケーションや関係性を含みこんでいる。この自明の理を、岡田の創作仮面は仮面の向こう側から控えめに照らし出しているのである。

初出:「artscape」2015年8月1日号

スピリチュアルからこんにちは

会期:20150430~20150720

会場:鞆の津ミュージアム

参加:宇川直宏、占い天界、土屋正彦、なお丸、青樹亜依、伊豆極楽苑、羽山正二、創作仮面館、宇根正浩、藤井柊輔、橘高博枝、Rammellzee、景山八郎

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