ランダム小噺「特急列車」

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 人生で初めてハマったものが電車である。ハマったというか、オタク心が芽生えたというか(残念ながら?いわゆる鉄オタになる程深みに入ることは出来なかった。)、いろいろな表現は思いつくだろうが要するに子供の頃大好きだったのである。

 当時はまだビデオテープの時代で(今こう書くとおっさん感が出てしまう時代だ)、幼い頃の私は電車がテーマのビデオを何回も何回も見ていた。どこでそのテープが手に入ったのかは覚えていないが、子供向けのナレーションがあって日本の色んな電車を紹介していた。ディーゼル車もブルートレインも全部載っていて実に見応えがある番組だった。もう今ではほとんど列車の名前を覚えていないのだけれども、列車の連結シーンがなぜか大好きだったのを覚えている。ブルートレイン、乗ってみたかったのだけど、結局乗る前に引退してしまったなぁ、少し残念。

 新幹線ももちろん大好きで、あの時代は新しい東海道新幹線が次々と誕生していった。物心がつくようになった幼稚園の頃はまだ300系のぞみが最先端であったが、そこから500系、700系、N700系が誕生していく度にワクワクしたものだ。今年N700がリニューアルされてN700Sに全て変更されるそうなのだが、少し寂しいというか、あの頃のワクワク感はもう感じ取れないのかなとしんみりした。0系、100系がある中で300系や500系に乗るから得られる高揚感があったと思うのだが、こだまものぞみも全部700系の形になるのはなぁ…。合理的ではあるだろうけど。

 いけないいけない、これでは老害のおっさんの戯言みたいである。

 話を特急電車に戻そう。子供の頃は関西に住んでいたので、幼稚園の私の一番の楽しみは新大阪駅に行くことであった。ビデオで見た電車が実際に動いているからである。この特急たちがどこへ私たちを運んでくれるかに関してはさして興味はなく、特急の持つ特別感や眩しいカラーリングに目を奪われていた。普段乗っている阪神電車や環状線のモノトーンな箱形電車とは異なる、流線形の目を引くカラーリングが大好きだった。今でも名前を覚えている特急列車だと、オーシャンブルーやラピート、はるか、サンダーバード、トワイライトエクスプレスくらいだろうか。まず名前がかっこいい。オーシャンブルーなんて一度見たら忘れられない鮮やかなライトブルーの発色をしている。一番のお気に入りはラピートで、当時はやっていたヒカリアンのおもちゃは宝物だった。正直新幹線より好きなデザインだった。ウルトラマンのような流線の角に紺色一色のボディ、円窓。どれをとっても近未来を感じるデザインだ。なぜこの列車が新幹線よりも遅く走るのかが分からなかった。列車の速度で言うと当時世界で一番早かった列車はTGVだったが、デザインはやや無骨な列車という印象を感じてしまい、こんな列車が世界一速いだなんて到底信じられないなぁ(失礼!)と子供ながらに感想を抱いたことを覚えている。

 新大阪駅で最も思い出深い記憶は新幹線に乗った時の話である。しかし、この記憶が私が子供の頃に作り出した妄想なのか、はたまた本当に起きた出来事なのかどうかは今となっては確信が持てない。と、いうのもあまり起きそうもない話だからだ。なのでここから話す出来事はどうか真に受けないでほしい。

 あの頃、いつものように新大阪駅に行き、入場券を買ってもらい新幹線の発着を間近で見ていた。新幹線に乗ることになるのはだいぶ先の話になるが、駅に入る入場券だけならまだ気軽に購入できた値段のはずである。とはいえ付き合わされる母親は大変だっただろう。それはさておき、いつものように新大阪駅にのぞみやひかりが到着する様子を見て楽しんでいた。そうしていると、ある日突然、新幹線の車掌さんが私の近くに来て、運転席を見ていかないかと誘ったのである。夢のようだった。今でもあれは私が憧れすぎて見た夢なのではないかと思う。新幹線が新大阪駅に止まっているわずかな間、運転手のお兄さんに抱っこされて運転席を覗き見たのだ。ビデオで見た、憧れの運転席が目の前で広がっていた。

 これが夢だったのではないかと疑うのは、運転席に部外者を入れることは固く禁じられているはずだからだ。当時はまだそんな規則が緩い時代だったのだろうか。それとも毎週のように新幹線の先頭を観に来る私を運転手が覚えていて思い出作りに乗せようとしたのだろうか。残念ながら記憶がここで途切れているため真相は闇の中である。ただ言えるのは、この時に運転席を垣間見た夢のような出来事は私の中で一生ものの思い出だと言うことだ。

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