ハーバード見聞録(79)

「ハーバード見聞録」のいわれ
 「ハーバード見聞録」は、自衛隊退官直後の2005年から07年までの間のハーバード大学アジアセンター上級客員研究員時代に書いたものである。


エピローグ――「筆者のアメリカ所見」(7月16日の稿)

本noteで『ハーバード見聞録』の連載を開始したのは、2023年1月31日からである。爾来、本連載は1年半以上にわたり、シリーズ最終回の本項『筆者のアメリカ所見』が79回目となる。

 『ハーバード見聞録』のシリーズを終わるにあたり、改めて筆者のアメリカ所見を述べることとする。

 ●アメリカは多民族国家である――民族の興亡がアメリカの興亡を左右
 アメリカは多民族国家である。本noteの「アメリカは誰のものか(米国内の民族興亡)」で述べたが、これまでアメリカのマジョリティだったWASP (White Anglo-Saxon Protestants)――米国の社会・文化および政治を支配し――の人口比率が減少しつつある。

筆者の私見だが、アメリカ合衆国憲法には書かれていないものの、これまでアメリカの国際・国内における規範となってきたものが2か条あると思料する。

第一は「Manifest destiny」である。この意味は「アメリカの民主主義(インディアンを駆逐し黒人奴隷を認めた)は神意にかなっている」とするもので、アメリカ建国以来、その行動原理の根本であるといわれる。

この行動原理は、英国から逃れたピューリタン「ピルグリム・ファーザーズ」により最初の植民地が開かれたのがアメリカ建国の起源にあることに由来しているものと思われる。勿論、この考え方の背景には、アメリカの国教は「キリスト教新教(プロテスタント)」であるという言外の意味も込められているものと思う。

憲法制定会議の議長を務めたジョージワシントンは、「賢明で正直な人々に尊敬してもらえるような憲法を作ろうではないか。事の成り行きは神の御心にゆだねよう」と会議の冒頭で述べたという。この神にゆだねる気持こそがアメリカの行動原理「Manifesto Destiny 」表れではないだろうか。

第二は「WASP(White Anglo –Saxon Protestant )の優位性」である。ニューイングランドの植民地を拓き、憲法を起草した主人公達はピルグリム・ファーザーズ(イングランド王兼スコットランド王ジェームズ1世による弾圧を恐れてメイフラワー号に乗りアメリカに渡ったイングランド(イギリス)のピューリタン(清教徒)たち)の志を受け継いだ人々は紛れもなくWASPであった。WASPはインディアンを駆逐して西に進み、その後、南部の綿花栽培の労働力としてアフリカの黒人を奴隷として導入した。

今後アメリカは、アジア系やヒスパニック系などの著しい人口増加により、今後WASPの優位性はいっそう地盤沈下をするのは避けられないと思う。
WASPが地盤沈下をする一方で、ヒスパニックの影響力が高まるのは必然だろう。近年、ヒスパニックの人口が急激に増大している。ヒスパニックは、他の民族に比べ出生率が高い。例えばカリフォルニア州の1990年の出生率は白人1.5人、黒人2.0人、アジア系1.9人に対し、ヒスパニックは3.2人にも上り、白人の2倍以上になっている。(出典:「ヒスパニックにおける教育問題」、林則完氏論文)

2000年に発表された米国の国勢調査によると、ヒスパニックの人口が全米人口の12.5%の3,531万人に達し、黒人の12.3%を抜いて米国最大のマイノリティ集団に浮かび上がってきた。その後も増え続け、2010年には5,048万人を記録し、全人口の16.3%にまで上昇した。つまり、過去10年間に60%もヒスパニック人口が膨れ上がったことになる。この傾向が続くとなると、2050年には全人口の30%に達するという見方もある。

恐らく今世紀後半にはヒスパニックが「マイノリティのトップ」の座から、「マジョリティ」になる可能性が高いと思われる。これまでのWASP主導のアメリカからヒスパニック主導のアメリカになるのは確実だ。

 アメリカは建国以来WASP主導で、多民族国家であることが国家発展の原動力として作用してきた。最近ではヒスパニックのみならず、黒人やイスラム系民族など様々な民族が「自己主張」する傾向が強まりつつあ。ヒスパニックの台頭に加え、その他の民族の「自己主張」傾向が強まれば、アメリカ世論は分裂し、多民族国家であることが「衰退」を加速する作用に転じる恐れがある。

 各民族の背後には、そのルーツとなる諸外国が付いている。筆者は、「アメリカは中長期的には、有力民族同士が対立抗争し、究極的には州単位の分裂国家に変貌する」と予言したい。

 筆者は「アメリカ同様に中国も中長期的には地域単位の国家に分裂する」と予言したい。従って、米中覇権争いは、究極的には「米中の国家分裂」という結末になるものと考えている。

●知は――国力なり、軍事力なり、経済力なり、情報力なり

 ハーバード大学の有様を見て、「知は――力なり、国力なり、富なり、強さなり」

イングランドの哲学者フランシス・ベーコンの「知は力なり」という言葉は、「経験に基づいた知識を応用することによって自然を支配する力になる=知識は自然を支配する力である」という意味である。

 筆者が言う「知は――国力なり、軍事力なり、経済力なり、情報力である」とは、ベーコンの意図するところとはことなり、「パクス・アメリカーナ(アメリカによる平和)の根源は『知』であり、『知』はアメリカの国力・軍事力・経済力・情報力などの源である」という意味である 。また、「知」とはハーバード大学に象徴されるアメリカの学術・研究・科学技術などの総称である。

筆者がハーバード大学やマサチューセッツ工科大学などで垣間見たアメリカの大学のダイナムズム(内に秘めたエネルギー、力強さ、活力)は素晴らしいレベルだった。左翼の牙城になっている学術会議が、大学における国防技術の研究までも阻止・阻害している日本の現状を見れば、全くお話にならない。

 アメリカの各大学は良い施設を作り、優秀な教授を集め、優秀な学生を募集するために独自に資金――国防省の委託研究を含む――を調達している。

ハーバード大学の例では卒業生からの巨額の募金を集め、これを腕利きのディーラーの力で増やしている。「『知』は富(資本)によって生み出される」という側面を持っているのも頷けると思った。

●日米関係の中長期的展望
筆者の仮説であるが、日本の地政学は図のように、米・中・ソという巨峰の
谷間に咲く〝山桜花〟のようなものである。

日本は人口、資源、国土の広さなどから見て、単独の力ではどんなに努力しても米・中・ソの一国にも対抗する力を持つことはできない。それゆえ、米・中・ソいずれかの超大国との同盟を締結するほかに、生き残る道はない。
白紙的に考えられる米・中・ロ関係の戦略的な組み合わせは、以下の五つのケースが考えられる。

ケース1:米中ロ対立
ケース2:米中ロ親和
ケース3:米中親和、ロシア孤立(ニクソンによる米中国交正常化後)
ケース4:中ロ親和、アメリカ孤立(現状)
ケース5:米ロ親和、中国孤立

パクス・アメリカーナ(アメリカによる平和)の世界である現在は、日本は大東亜戦争において「鬼畜米英」呼ばわりしたアメリカと日米同盟を組み、在日米軍を受け入れ、安全保障を委ねている。アメリカが未来永劫パクス・アメリカーナ(アメリカによる平和)の座にあれば、日米同盟は変わらない。だが「万物は流転する」のだ。

中長期的にパクスアメリカーナが終焉する時代が来れば、日本はそれに代わる同盟相手を選ばなければならない。

アパクスアメリカーナが終焉するのか、終焉するとすればいつなのか。アメリカに代わる同盟相手は、中国・ロシアのいずれなのか。その答えを得るためにはインテリジェンス体制の強化が不可欠である。

日本に求められることは、変化への柔軟な対応・克服であろう。明治維新・大東亜戦争敗戦後がそうであったように。究極の巨大な環境変化を「流血」なしに乗り切る知恵と工夫が必要なのだ。
 
なお、次週から「朝鮮半島の地政学」をシリーズとして連載する予定である。筆者は、朝鮮半島情勢が緊迫するのではないかとの予感がある。

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