見出し画像

金子勇とWinnyの夢を見た 第2話 金子勇の経歴 その2

※この記事は、Advent Calendar 2023 『金子勇とWinnyの夢を見た』の三日目の記事です。

未踏事業

 小渕内閣総理大臣の提唱により、「ミレニアム・プロジェクト(新しい千年紀プロジェクト)」として、「情報化」「高齢化」及び「環境対応」の3分野の技術革新に取り組むことになりましたが、多くの事業が短期間に終了してしまいました。

 その中で、「未踏事業」は、現在まで継続している事業です。経済産業省の情報処理推進機構(IPA)が、突出したIT人材の発掘と育成を目指し、2000年7月に文部科学省の科学技術振興調整費約10億円の予算をつけて開始しました。

 そもそも、1999年に通産省機械情報産業局情報処理振興課で「スーパーハッカー計画」というものがベースになっています。

 現在は、人材発掘・育成に重点が置かれる事業ですが、開始当時は研究所で行われるソフトウェア開発の助成に重点が置かれていました。

2000年度未踏ソフトウェア創造事業

 2000年度未踏ソフトウェア創造事業プロジェクトとして、有限会社アントラッドの代表取締役、和田健之介さんをスーパークリエイターとして「双方向型ネットワーク対応仮想空間共同構築システム」(※1)のプロジェクトに、金子さんは共同開発者として参加しました(電気通信学部情報工学科教授の竹内郁夫さんがプロジェクトマネージャー)。また、共同開発者には金子さんの他に和田桂子さん、中口孝雄さん、石井卓良さん、星和明さんの5名が名前を連ねていました。

 11月11日ら2月25日の最終デモまでの間、月に1,2回、4~6日の集中合宿を行い、短期間で挑戦的な課題をクリアしていきました。この時の3Dの高速描画システムや物理シミュレーションのプログラムの完成に多大な貢献していたと想像できます。

2001年度未踏ソフトウエア創造事業

 2001年度の未踏ソフトウエア創造事業でも、竹内郁夫さんがPM、和田健之助さんがスーパークリエイターとして、2000年のプロジェクトを引き継いだ「双方向通信型3Dワールドシミュレータ」(※2)のプロジェクトに参加します。共同開発者には、先のメンバーに加えて黒田大介さん、西尾泰和さんの2名が加わります。

 今回の目玉は、3D空間の中での、ユーザーが操作するアバターと人工知能を搭載したアバターの共存です。この人工知能は、ニューラルネットを使っており、突然変異や有性生殖の要素を取り入れたりしています。加えて、リアルタイム超高速物理演算による惑星公転のシミュレーションや、波しぶきや髪の毛のウエーブ、空気力学演算による凧揚げなど、金子ワールド全開なのではないかと感じさせます。もちろん、彼一人がプログラミングした訳ではないと思いますが、人一倍プログラミング速度の早い金子さんが多くのコードを作成したことが想像できます。

 竹内PMは、「このプロジェクトの成果の凄さは、簡易なわりにリアリティの高い物理シミュレーション、オブジェクトに対するスクリプト、自律エージェントの仮想センサー・知能エンジン・進化エンジン、さらにはネットワーク経由で複雑な仮想世界を共有するための通信制御が、それらとうまく融合していることである。これがこの 3D 世界にとって鬼に金棒であり、世界の深みを一挙に増している。このような統合ソフトは世界に類例がないと PM は信じている。」と評価しています。2001年度の成果報告を眺めてみると、他の未踏事業に比べて、非常に評価が高かったように思えます。

 なお、2002年度からは、人材発掘育成事業として「未踏ユース」が新設され、これまでの未踏ソフトウエア創造事業は「未踏本体」と呼ばれるようになります。

NekoFight

 金子さんは、このプロジェクトの後、2002年3月17日に「AnimeBody」を元に作成した「NekoFight」(※3)をフリーソフトとして公開しました。ゲーム画面には3Dのブロックで描かれた二人の人物が表示され、一方をユーザーが操作して格闘ゲームっぽい雰囲気を出しています。

 2007年3月3日公開したVer1.5では、敵キャラに3層ニューラルネットに独自のED法(誤差拡散法)で学習するAIを搭載し、それまで棒立ちだった敵が学習していきます。しかし、だからといって本格的な格闘ゲームには程遠く、「enchantMOON」清水亮さんに「ここまでやってもトントン相撲」と評されています。金子さんにとっては、ゲーム性よりもアルゴリズムを実際に動かすことの方が重要で、清水さんは「彼は、手段のためなら目的を選ばない」と表現されています。

 このニューラルネットによる人工知能の試みは、現在でいうディープラーニング(深層学習)につながるものです。世界的には、2006年にジェフリー・ヒントンの研究チームが多層ニューラルネットワークを用いたオートエンコーダを発表したことがきっかけで急速に広まった手法です。

 ここで用いられたED法は、現在の深層学習で一般的に使用されているBP法(バックプロパゲーション)を否定し、金子さんが新たに考え出した学習アルゴリズムです。10年前から考えていたという金子さんの言葉を信じるなら、「NekoFight」作成当初から考えられていたことになります。残念ながら、「数々の制約によりプログラムソースの方は公開しない」ということでソースコードは公開されていません。

 このソフトだけは、金子さん独自開発のアルゴリズムの試みとして、亡くなる1か月前の2013年6月8日Ver2.4までバージョンアップが続き、ライフワークとなりました。

戦略ソフトウエア創造人材育成プログラム

 未踏ソフトウエア創造事業では、研究所系の事業が多かったため、大学が中心となって新たに2つのプロジェクトが立ち上がりました。

 1つは「戦略的研究拠点」で、もう一つは「新興分野人材養成」でした。「新興分野人材育成」では、大学の教育では扱わなかった新しい分野で積極的に人材育成をしていこうというものです。その、新興分野の1つにソフトウエア分野があり、「戦略ソフトウエア創造人材育成プログラム」として始まります。

 東京大学大学院情報理工学系研究科内に「戦略ソフトウエア創造」(※4)ユニットを設置し、平木敬教授が運営委員長となり、戦略ソフトウェア創造人材養成プログラムが2001年に開始されました。これは、先の未踏事業と異なるプロジェクトで、”新興分野人材養成”を目指しています。

 未踏ソフトウェア創造事業のPMであった平木教授と竹内郁雄さんの推薦で金子さんが特任助手に選ばれました(※5)。金子さんのことを「すごく手が動くというんですか、どんどんソフトウエアが作れると。その分、論文を書くのはあまりお好きじゃなかったかもしれない。」「周りの人でその部分(論文など)を書ける人が補ってでも、育てていきたいと感じるような人でした。」と語られています(※6)。

 金子さんは2002年1月に、新たに制定された特任教員という制度で東京大学の専任で教育にあたっていました。「戦略ソフトウェア講究 -- サクサク動くプログラムを作ろう」で講師となっています。(※2)。

 このプログラムは、はっきり書かれていませんが2003年度で終了したように見えます。


※1

※2

※3 Kaneko's Software Page

※4

※5 戦略ソフトウェア創造人材育成プログラム教官リスト

 https://www.i.u-tokyo.ac.jp/edu/training/ss/klist.html

※6 『“Winnyは金子さんの天才的な一面にすぎない”——東大 平木教授インタビュー』, イトー, 週刊アスキー, 2013-07-12,



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?