涙の数だけ強くならない

日本のポップスで岡本真夜さんという方のヒット曲で「Tomorrow」という曲がある。それをたまたま聴いた時のことである。

中の一節にこんな歌詞があった。

「突然会いたいなんて、夜更けに何があったの」
と。

こりゃあヤバいケースだぜ、と思うのは私だけではないと思う。

真夜中に異性から「会いたい」という連絡が来た場合、連絡の送り手と受け手の性別によって以下のようなケースが考えられる。

女→男:メンヘラのかまって病のケース
男→女:一発ヤらせろ、もしくは金を貸せのケース。

大体上記の3パターンしか考えづらい訳で、どれをとってもロクなものではない。

真夜中に女から男に電話がかかってきたケースを具体的に想像してみよう。

男「あ、もしもし〇〇ちゃん?うん、どうしたの?」
女「△△くん、ごめんね、夜遅くに。今何してたの?」
男「テレビ見たり本読んだりしてたけど、そろそろ寝ようかなー、なんて思ってた所。〇〇ちゃんは何してたの?」
女「あたし?あたしは今手首を切ったところ」
男「おーっとネーさん!なかなかハードコアですな!一本いっちゃいましたか!」
女「うん、流れてる血があったかくて、何だかそれでほっとするの」
男「ぎゃあ!今流行りの『あったかいんだからあ』ってなギャグですな(注:執筆当時は2015年)!それをリストカットで実感されるとは、さすがでヤンス!」

電話の後ろからはかすかにCoccoの「Raining」もしくは「強く儚い者たち」なんかが聴こえてくるのである。
男としては早々に電話を切り、全て何も聞かなかった事にして眠りの夢の世界にアイキャンフライしたい訳であるが、そんな簡単に電話は切らせてはもらえない。

女「ねえ、今から会いに行っていい?」

修羅場ゲームの開幕だあ!!

という事で、このケース、岡本女史の「突然会いたいなんて、夜更けに何があったの」の問いには「色々あった」と答えざるをえないという、そういう案件である。

続いて男→女のケース。二つのパターンを挙げたが、前者である「一発ヤらせろ」のパターンはそれほど大した問題でもない為に今回は割愛する。

問題は後者のパターン、金を貸せのパターンである。こちらの方がクズ度は遥かに高いので、このケースを勘案してみたい。以下はそこに着想を得た小説である。

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真夜中にあたしの携帯が震えて、ディスプレイにあんたからの着信を告げる文字が表れた。その電話をとった所であたしは何一つ幸福になる事はない、その事を知りながらも、あんたの声が少しでも聞きたいと思って、私は電話を取った。

あんたは言葉少なに「今から会いに行って良いかな」と言う。あたしはやっぱり言葉少なに「いいよ」と言って電話を切る。通話終了。通話時間12秒と記された携帯のディスプレイはいつも以上に無機質に感じられた。

あんたはきっとあたしの所にやって来て、金を無心してそのまま立ち去っていくんだろう。家の中にも上がらずに。あんたが用があるのはあたしの金であって、あたしではない。

そんな事をわかっていながら、あたしは洗面所へ向かって軽く化粧をした。

薄くファンデーションを塗って、簡単に眉にラインを引いて。

何をしてるんだろう。そんな事をしたって、あんたはあたしの顔すら見ないかも知れないのに。

あたしの家のインターホンが鳴った。あたしは玄関へ向かって鍵を開ける。

あんたが、そこに、いる。

「悪いね、夜中に。ちょっとさ、色々マズい事になっちゃってさ。その、悪いんだけど、ちょっと金、貸してもらえないかな」

わかっていたから、あたしは財布を持って玄関まで来ている。

「あんまりたくさんは貸せないけど」

そう言ってあたしは財布の中から三万円を取り出してあんたに渡す。

あんたはその金を乱暴に上着のポケットに入れて、「悪い、ホント助かる!今月末には絶対に返すから!」そういってあたしの前で手を合わせて謝罪のポーズをとる。

それは文字通りポーズであって、そしてその金がまず返ってくる事がない事をあたしは知っている。

「上がっていかないの?」

あたしがそう聞いても、「ごめん、すぐに行かなきゃいけないんだ」と答えてあんたは早々にこの場を立ち去ろうとする。どこへ行かなきゃいけないの、と聞きたくても聞けない。それは「どこか」でしかないからだ。

去り際にあんたがあたしの口にキスをする。そしてドアを閉める。中からあたしはもう一度鍵を掛ける。

頬の所に冷たい感覚があって、そこであたしは自分が涙を流している事に気付く。

涙の数だけ人は強くならない。

涙の数だけ人は鈍感になる。

戦場で敵を殺す兵士たちが、人を殺す度に鈍感になっていくのは、それは人を殺すと同時に自分を殺しているからだ。そうしないと心がどんどん壊れていく。自分を殺して、そして感情を鈍感にして。そういう事で戦争なんていう非日常を「仕方のない事なのだ」と自分に言い聞かせていくよりほかない。

戦争なんてなくなればいいのに。あたしは一人でそう呟いた。

あんたがこうやって度々あたしから金を奪っていくから、あたしは昼の仕事だけじゃ足りなくなって二か月前から夜の仕事を始めた。

下衆に笑う客に媚びた笑みを浮かべながら酒を注いで、そうしてあたしは少しずつ自分を殺していく。

そんな事もあんたは知らない。いや、知っていても知らないふりをしているのかもしれない。

瞼の奥から、とめどもなく涙が溢れた。

涙の数だけ人は強くはならない。

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という事でこのケース、「突然会いたいなんて、夜更けに何があったの」の問いには「ロクでもない事があった」としか答えられない。

岡本女史の歌に色々と考えさせられてしまった訳である。

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