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【九州在来種の香酸柑橘を求めて:vol,2】鹿児島県の辺塚地区に伝わる、幻の香酸柑橘

古くから日本の食卓を豊かにしてきた「香酸柑橘(こうさんかんきつ)」。香酸柑橘とは、ゆずやすだち、かぼす、レモンなどのように、料理を作る際の主たる素材にはならないけれど、目の前のひと皿にキュッと絞るだけで、その味わいがグッと華やぐ果実のことです。
さらに香酸柑橘を調べていくと、一定の地域でしか作られていない品種が多く、非常に地域性の高い素材であることが判明。ますます香酸柑橘に興味を惹かれた農劇取材班。

今回は、鹿児島県肝付町の辺塚地区で栽培されている香酸柑橘「辺塚だいだい」を訪ねました。


里山里海文化が息づく、肝付町の宝物

本土最南端の鹿児島県大隅半島の南東部に位置する、鹿児島県肝属郡肝付町(キモツキグンキモツキチョウ)。2005年に高山町と内之浦町の2つの町が合併して誕生した町。年間平均気温は17度前後と温暖な気候で、年間降水量は約3000ミリメートルにも達します。
緑に覆われた入り江と紺碧の海が織りなす辺塚海岸の絶景は、大隅半島沿岸部の中でも随一。毎年5月〜6月には、ウミガメが産卵に訪れます。一方、町の中央部には、900メートル級の山々(国見岳・黒尊岳・甫与志岳)が連なります。三山縦走は 「三岳参り」と呼ばれ、登山初心者にも高い人気を誇る、自然豊かな町です。

山の恵みが宿る里山文化と、里山に育まれた豊かな里海の文化が息づく

この地域で忘れてはならないのが、1962年に開設された「内之浦宇宙空間観測所」の存在です。日本初の人工衛星「おおすみ」を打上げたことで、世界的な注目を集めました。小惑星探査機「はやぶさ」の名前はご存知の方も多いのではないでしょうか。
2003年にこの場所から宇宙へと飛び立った「はやぶさ」は、2005年に小惑星「イトカワ」に到着。その後は、燃料漏れやエンジン停止、通信途絶など、数々のトラブルを乗り越え、2010年に奇跡の帰還を果たしました。およそ7年の歳月をかけた、総距離60億キロメートルに及ぶ宇宙の旅。前人未到の偉業を成し遂げた「はやぶさ」の姿は、世界中に感動を与えました。

辺塚地域に伝わる、碧緑(へきりょく)の宝石

宇宙に挑む最先端のテクノロジーと、雄大な自然が融合するこの町に、珍しい柑橘があるという情報を小耳に挟んだ農劇取材班は、早速現地へ足を運びました。その名は「辺塚(へつか)だいだい」。
“辺塚”とは、肝付町内之浦と南大隅町佐多の町境周辺の集落の名前だとか。この辺塚地域に古くから自生・栽培されていたことから、「辺塚(へつか)だいだい」と呼ばれているのだとか。
「見た目は『だいだい』によく似ていますが、一般的な『だいだい』に比べて皮が薄く、小ぶりで酸味が少ないのが特徴です」と話すのは、「JA鹿児島きもつき」の西角修(にしかどおさむ)さんです。

「小ぶりな玉でも果汁はたっぷり。種子が少なく、加工しやすいですよ」と西角さん

年間出荷量は、わずか約50トンと言われる希少な果樹「辺塚だいだい」。「JA鹿児島きもつき」の集荷場には、その日の朝に収穫されたばかりの「辺塚だいだい」が運ばれていました。
コンテナの中から1玉を取り出した西角さん。艶やかな皮にサクッとナイフを入れた瞬間、したたる果汁とあたり一面に広がるライムのような爽やかな香りの美味しそうなこと!目の前の小さな果樹が放つパワーに圧倒された農劇取材班は、「これは飲み物に絞っても、調理に使っても美味しそう…!」とその場に立ち込めるフレッシュな香りをしばし堪能しました。

魚や肉はもちろん、ドリンク、お菓子など、
不思議と幅広いアレンジと相性がいいのも「辺塚だいだい」の持ち味

フレッシュな香りと味わいで全国区に!

2017年には農林水産省は、「辺塚だいだい」を国が農林水産物や食品をブランドとして保護する地理的表示(GI)保護制度に登録。守るべき財産として、再びその価値を評価されています。
2020年には、飲料メーカーのキリンビールとタッグを組んで「KIRIN 氷結®STRONG鹿児島産辺塚だいだい」を共同開発。数量限定で全国発売し、その名が全国区となりました。
今回取材に訪れた「JA鹿児島きもつき」では、採れたてのフレッシュな果汁を使ったジュースを商品化。「辺塚だいだい」の爽やかな香りが自慢のロングセラー商品となっています。

「辺塚だいだい」の果汁を使った「JA鹿児島きもつき」オリジナルドリンク。
サイダーは、スライスしたりんごと煮込むだけで簡単にコンポートができるとか
写真は、農劇取材班が自宅で仕込んだ「辺塚だいだい」の果実酒。
「飲めるようになるまでは1ヶ月は必要です!」とのこと。完成が楽しみですね🎵

毎年、「辺塚だいだい」の収穫の時期を迎える頃には、「JA鹿児島きもつき」主催で「鋏(はさみ)入れ式」を行うのが通例だとか。
かつて移動手段や通信技術が発達していなかった時代、海と山に囲まれた地域の人々は「辺塚だいだい」の豊かな香りとフレッシュな味わいにどれほど癒されていたのだろうと想像が膨らみます。
きっとその歴史を振り返ると「辺塚だいだい」は、特産品としての意味合い以上に、暮らしを支える貴重な果樹として大切にされてきたのだと思います。「辺塚だいだい」が象徴するのは、自然とともに生きてきた人々の営みそのものです。

今回で2回目となる「九州在来種の香酸柑橘」を訪ねる旅は、次回の宮崎県でラストとなります。
私たち農作物劇場(略して農劇)は、まだまだ知られていない多くの野菜や果物の魅力を、地域の暮らしや歴史と共に発信していきたいと思いますので、今後もお見逃しなく!!


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