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ショートショート|青森銀行記念館の漆喰壁氏にインタビュー

 弘前市に構える由緒正しい青森銀行記念館の漆喰壁氏にインタビュー、それが遂に実現しました。激動の時代、その真っ只中における壁の使命とは、矜持とは。じっくりとお話を伺いました。

インタビュアー****(以下**)「本日はどうぞよろしくお願いいたします。私自身、今日を大変に心待ちにしておりました。誌面で予告をしたところ、楽しみとの声が読者の方から多く寄せられました」

漆喰壁氏「あら、ありがとうございます。本当かしら、照れますね。東京タワー君のように赤くなりそう(笑)」

(中略)

**「世界で新型コロナウイルスの感染拡大が続いてます。この未曾有の事態であなたの人生観、生き方に転換はありましたか?」

漆喰壁氏「これはね、はっきり『いいえ』と返答することができます。壁の真髄は今も昔も『変わらないこと』です。あるいはオーナーの意向で穴があけられたり、色を塗り替えられたり、ひょっとすると取り壊されたりすることもあります。それからカビが生えたり、雨だれでシミができたりもします。我々はそれを甘んじて受けます。しかし、その時まで自ずから変わることはしません。あるとしたら必ず受動的にです。人の方のように能動的には移ろいません。自由意志という難しい話題はとりあえず置いといて、ですが(笑)。もちろん世間には人生観、生き方の転換を余儀なくされた人の方が大勢いることを承知しています。多くの壁がそれを目の当たりにし、深く考えさせられたことは事実ですね」

**「なるほど、変化という観点で壁の方と人には大きな違いがあると」

漆喰壁氏「ええ、しかし何も壁が人の方と真逆の方角を向いているわけではありません。私の壁生哲学のようなものですが、『お手軽な達成感は存在しない』と常々思います。一例ではありますが、これはきっと人の方も壁も同じですね」

(中略)

漆喰壁氏「ところで今更ですが、どうして数多ある壁の中でインタビュー相手に選んでくれたのが私なのかしら? 極論、あなたの職場の壁でもよかったわけじゃない。青森銀行記念館が世界遺産に認定されていたら話はまた別かもしれませんが、実際はそうではない。東京から青森まで来るのも大変だったでしょう」

**「いえいえ、とんでもございません。インタビューをさせていただくなら青森銀行記念館の漆喰壁様の他ありません。理由は、何と言いますか、その……」

漆喰壁氏「正直に話してごらんなさいな」

**「……はい。私のごくごく個人的な思い出話になってしまうため口ごもってしまいましたが、そうですね、素直に話します。実は先日、私は新婚旅行で夫と東北を旅しました。ここ青森では三内丸山遺跡を訪れ、いたく圧倒されました。ハードスケジュールで移動は早足だったのですが、弘前駅へと向かう道中、たまたま貴館のそばを通り過ぎました。その時『もっと時間があれば入れたのにな』と後ろ髪を引かれる思いをしたのを今でもよく憶えています。結局貴館には入れずじまいでしたが、いい大人ですから時間がなかったのは仕方がないと割り切るべきでしょう。しかし新婚旅行が終わっても、私は貴館への執着を捨てきれずにいました。その強情さに自分自身驚いたほどです。魔法のようでした。ですから、偶然にもしばらくして弊社で壁の方にインタビューをするという企画が持ち上がった時、私は勢いよく挙手をした次第です」

漆喰壁氏「本当にありがたいこと。壁の冥利につきます。壁に耳あり障子に目あり、私はたくさんの方の声を聴いてきましたが、こんなに嬉しい話はありません。ふふ。」

(後略)

(終)

 次回は愛知県半田市の半田赤レンガ建物、その多重アーチ床氏へのインタビューが誌面を飾ります。乞うご期待!

人生に必要なのは勇気、想像力、そして少しばかりのお金だ——とチャップリンも『ライムライト』で述べていますのでひとつ