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ショートショート|招待券を探せ!

 メールが来た。初めて見る名称の遊園地からだ。〈【重要】あなたに招待券を差し上げます。ぜひご来場ください〉と書いてある。そのような物が手に入るプレゼントキャンペーンに応募した記憶はない。近隣住民に配っているのだろうか。まあ、無料で遊園地で遊べるなら棚からぼた餅だ。メールにはPDFファイルが添付されており、それを開くと招待券の表と裏を写した画像が表示された。また、別に数字とアルファベットの羅列によるコードも記載されており、これをコンビニに設置してあるマルチメディア端末に入力して、そこで実物の招待券を発券するみたいだ。僕は早速コンビニへ向かった。

 後日、とりあえず下見をということで、僕はなんてラッキーなんだと思いながらいそいそとその遊園地へと向かった。ところが目的地に近づいても周囲に現れるのは住宅ばかりで、やっと招待券に書かれた所在地にたどり着いたが、そこにあったのはやはり平凡な住宅だった。
 何事かと思い、スマホを使いインターネットでその遊園地を調べてみた。しかし、いくら探してもそのような名称の遊園地は全くヒットしなかった。言葉を失った。それもそのはずだ。今、僕が持っているのは実在しない遊園地の招待券なのだから。

 僕はがっくりと肩を落として帰宅した。ひどい悪戯だ。誰がこんなことを企てたのか。そして間もなく感情は静かな怒りへとシフトしていった。情緒不安定みたいにもなるよ。よくも人を弄んだな。何とかしてこの手で首謀者を突き止めたい。
 とはいえ、手掛かりはあまりに少ない。手元にあるのは招待券だけだ。それを机に置き、よく見た。表側にはジェットコースターやメリーゴーラウンドや観覧車が可愛らしいテイストで描かれたイラストがある。上部には遊園地の名称(****遊園地)、下部には大きく〈ようこそ〉の文字。右側部分にはミシン目があり、ここを切り離せば半券になるというわけだ。そして裏側には有効期限や遊園地の所在地が書いてある。何の変哲もない招待券だ。当の遊園地が存在しないということ以外は。
 僕は努めてより冷静になろうとした。僕には誰かから悪戯を仕掛けられるような心当たりはないし、誰からもネタばらしをされていない。ということは、何か裏があるのかもしれない。誰が、そして何のためにこの悪戯を企てたのか? こんなことは初めてだが、推理して真実を明らかにする気になった。
 とりあえず例の嘘の所在地にあった住宅を訪ねてみよう。それしか手掛かりがない。プリントした住宅地図とペンを片手に家を出た。

 この住宅に足を運ぶのは2回目だ。インターフォンのチャイムを鳴らすと小さな女の子が出てきた。
「こんにちは」と僕は挨拶をした。
「こんにちは」と女の子は返した。
「ごめんね、突然だけど、もしかして遊園地からメールが来なかった?」と僕は尋ねた。
「うん、来たよ」 と女の子は答え、タブレットを持ってきてメールを見せてくれた。
 僕は「添付されているファイルを開いてもいい?」と尋ね、女の子の許可を得てからそれを開き、招待券の裏側の画像にある遊園地の所在地を持参した地図で調べた。なんとそこには、こことは別の住宅があった。地図のその場所にペンで×印をつけた。新たな手掛かりを得たのだ。僕はこの招待が悪戯だと言い出しにくかった。しかし、黙っていても仕方がない。首謀者を見つけて問いただしてやろうと改めて決意してから僕は告げた。
「実はね、この遊園地はどこにもないんだ」
 それから女の子に地図を見せた。女の子はキョトンとしていた。驚くのも無理はない。
 僕は女の子に事情を説明してからその家を後にした。どうして自分はこんな損な役回りを務めているのだろうと思ったが、深くは考えまいとした。今はとにかく「次の招待券を探せ!」と自分を納得させる。

 次の日、女の子の家で得た新しい所在地をまた訪ねた。こちらの方は20代後半と思しき男性で、彼はメールを受け取った後コンビニで発券し、気の毒なことに彼女をデートに誘い架空の遊園地をウキウキしながら訪ね、そこで悪戯と気づき今なお立腹していた。
 ここでリレーは終わった。3人目の招待券に記載してあったのは僕の家の住所だったからだ。結果として、地図上で3つの×印が得られた。

 自宅に戻り、机に地図を広げた。目の前にあるのは3つの×印。とりあえずそれを定石に倣い直線で結んでみた。三角形の出来上がりだ。しかし、それがどうというのだろう? 早速行き詰まってしまった。
 僕は別のアプローチをすることにした。そういえば、なぜ首謀者はメールを使ったのだろう? 直接、招待券を郵送してもよかったのでは? コンビニで発券できるようにするには首謀者側にも面倒な準備がいるだろうに。そこで、ふと気づいた。郵送した場合に起こり得る、招待券が燃えるゴミの日にゴミ処理場行きになって手元から跡形もなく消えてしまうケースを防ぎたかったのではないか? つまり、地図上の三角形は直線や点ではまずいのだ。では、なぜまずいのか? 数分間僕は頭を搾った。そうだ、今までと同じように新しい点を探すと仮定すると、三角形、直線、点の中では(当然といえば当然だが)三角形でなければ重心、垂心、内心、外心、あとは傍心か、が求められない。これがまさに核心で、だからどうしても三角形である必要があった……というのは一応筋が通る。そしてもう1つ。前々から気になっていたのだが、例のメールに書かれていた〈【重要】あなたに招待券を差し上げます。ぜひご来場ください〉という文章につけられた大変わざとらしい【重要】という注意喚起、これは【重】心を見ろというヒントではないか。「これしかあり得ない」というところまでは詰められていないが、とりあえず比較的濃いこの線を突っ走ろう。間違っていたら戻って再考だ。
 僕は三角形の頂点から対辺の中点へ線をひく。これを3つの頂点からそれぞれ行う。この3つの線が交わる1点が三角形の重心だ。
 地図上のそこには公園があった。公園?

 僕は公園へ向かった。しかし、到着して見渡してみても特別なものは何もなかった。僕はまるでそれが使命であるかのようにチェーンを錆びさせているブランコに座って考えた。推理が間違っていたのだろうか? どうすることもできなくて、スマホで初めに来たメールの文面を改めて読み返してみた。〈ぜひご来場ください〉と書いてある。そうか遊園地が実在しないから〈ご来園〉ではなく〈ご来場〉なんだ。そんなことに気づいたくらいで、残念ながらめぼしい収穫はない。次に、実物の招待券をもう一度確認した。すると、これはたまたま目についたという幸運もあってのことだが、表側に大きく書かれている遊園地の名称の〈園〉の部分だけフォントが異なるのを発見した。ここだけ他の文字に比べて妙に角ばっている。こんなのフォントデザイナーか推理に行き詰まって何でもいいからヒントが欲しい人間しか気づかない。〈園〉がヒントになっているのか? 園……エン……えん……もしかして〈円〉を示唆している……遊地に公ときたもんな。
 僕は公園のなかで円を探した。すると、砂場がちょうど円状に囲われているのを見つけた。そして枠をぐるっとチェックしていくと、その内側にペンで「18番目の双子で大きい子の方」と書かれているのが目に飛び込んできた。これだけ異質すぎる。ヒントであることはまず間違いない。自分自身、意外にもすぐ答え(らしきもの)にたどり着いた。重心を求めさせるあたり首謀者は数学にかぶれている。それを念頭に「双子」という文字を見たとき、すぐに〈双子素数〉が思い浮かんだ。それに素数砂漠から連想して砂場なんだろう。18番目の双子素数で大きい方は271。この町に存在する住所に当てはめると2-7-1。地図で調べてみても確かに住宅があった。 

 もう後には引けない。僕は緊張しながら、首謀者がいるかもしれない住宅のインターフォンのチャイムを鳴らした。しばらくして男が出てきた。男は30代のようにも50代のようにも見えた。
「はじめまして」と僕は言った。
「ああ、どうも、はじめまして」と男は親しみやすい感じで言った。
「単刀直入にお訊きします。この招待券を作ったのはあなたですか?」と僕は招待券を見せながら尋ねた。
「ええ、そうです」と男は答えた。あまりにあっさり白状したので拍子抜けしてしまった。掴み所がない人だ。
 それから男は僕を家の中に招き入れ、僕は和室に通された。他人の家特有の居心地の悪さを感じていると、2人分の座布団を持って男が来た。僕と男はそれに座った。
「文句はさておき、なぜあなたはこのようなことを?」と僕は尋ねた。
「それに答えるには、まず私の心に長年棲んでいるある問いを吐露しなくてはなりません」と男は言った。「簡単に申し上げれば、もっと人が夢中になるような遊びはないものかということです。遊園地で言えばジェットコースターやメリーゴーラウンドや観覧車のようなものです。私はそれをこの手で作りたかったのです」
 僕は何も言えず、ただ耳を傾けていた。男は上機嫌だ。
「そこで私は謎解きという遊びを実現させました。招待券の差出人を探すというね。と言っても、謎解き自体は最近の遊園地で流行っているものなのですが。しかし、私が作ったものには特異なところがあります。それはプレイヤーがいる保証がどこにもないところです。私が一方的に招待のメールを送っただけで、謎に対して挑戦を申し込む人間がそもそも存在しないのですからね。謎解きが遊園地で流行っていると申し上げましたが、このような種類のものは今までになかったはずです」と男はすらすらと語った。この企ては組織ぐるみによるものだと勝手に判断していたが、語り口からしてどうやらこの男1人によるものらしい。ハタ迷惑な熱意だ。
「そういえば、どうやって僕らのメールアドレスを入手したのですか?」と僕は尋ねた。ずっと疑問だったのだ。男は答えた。
「この謎解きで用いたメールアドレスは各種の非常事態に備えて政府から国民すべてに配布されたものです。ちょいとそのデータベースを盗み見しました。早い話が悪用ですね」
 悪用もそうだが、それ以上にこの男がまったく悪びれていないところに背筋がヒヤッとした。そして男は次のように続けた。
「ともあれ、あなたが私の考案した謎を解いてくれたことを嬉しく思います」
 知らずのうちに僕はこの男の言う謎解きという遊びを体験していたのだ。だけど、それはどう考えても独りよがりな話だった。男は相変わらず嬉しそうに喋っている。僕は疲れがどっと出ていた。
「そうだ、賞品があります」と男は言った。

 貰ったのは某有名遊園地の招待券だった。自宅に戻った僕は時間をかけてそれが本物かどうか確認した。今度こそ大丈夫だ。初めに手にした偽物と一緒に机の抽斗の中にしまってある。
 次の休みにでも行こうかな。思えばここ数日は散々振り回されたし、リフレッシュが必要だ。どんな遊園地なのだろう? 誰かスケジュールの合う人がいればいいんだけれど——

人生に必要なのは勇気、想像力、そして少しばかりのお金だ——とチャップリンも『ライムライト』で述べていますのでひとつ