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ショートショート|ワンルームのラジオ局

(洒脱なオープニング)

 ワンルゥーームラジオォ(少々耳障りなエコー)

(流れている音楽の音量が小さくなる)
 
 今週も始まりました、ワンルームラジオ! 略してワンラジ! パーソナリティの****です。
 この音声を収録しているのは3月だけど、これがYouTubeにアップロードされてリスナーのみんなに聴いてもらえる状態になるのは4月1日だね。4月と言えば入学、入社のシーズン。新しい環境に身を投じる人が多いと思う。そんな人は今からドキドキしてるんじゃないかな? 友達や仲間ができるか不安に思ってるかもしれない。僭越ながらアドバイスさせてもらうと、友好関係を築くなら積極的に声をかけるのがポイントだよ。話題はそうだねえ、「今週のワンラジ聴いた?」なんてどうだろう。このラジオはそこまで知名度がない?
 
 そういえば今日はエイプリルフールだ。嘘をついてもいい日。リスナーのみんなも騙したり騙されたりしたのかな。
 実は僕にも最近体験した「嘘」に関するエピソードがあって、丁度良い機会だから話すね。

 ついこの前、映画を観に行ってきたんだ。タイトルは一応伏せておこう。ゲームが原作のやつ。上映前には舞台挨拶もあった。全国で公開されてちょっと時間が経っているんだけど興行成績を伸ばすために巡業をしているみたいだ。制作陣や俳優が作品の見所や撮影で苦労したことなんかを話してるんだけど、不自然なのは、名前も伏せるね、俳優の内の1人が全く喋らないんだ。風邪で喉をやられて声が出ないかららしい。そう共演者が助け舟を出してた。まあ、そんなこともあるのかなと思いつつ舞台挨拶が終わり、上映が始まった。
 で、肝心の映画の出来なんだけど、これがお世辞にも良作とは言えない代物だったんだ。ただつまらないならまだ我慢できるけど、問題なのはその映画の原作であるゲームの良さを少しも引き出せていないところなんだ。「本当に制作陣は原作のゲームをプレイしたのか?」と疑ったほどだったよ。
 帰りのバスで、ネット上ではこの映画の評判はどうなんだろうと思ってスマホで調べてみた。すると予想はしてたけど非難轟々だったし、投票でスコアをつけるサイトのスコアも軒並み低かった。そうやってサイト巡りをしていると鵜呑みにはできないけど気になることが書いてあった。舞台挨拶で風邪で喉をやられて声が出ないからとただ立っているだけだったあの俳優が、この映画の原作であるゲームの昔からの熱狂的大ファンだというのだ。それで点と点が繋がった。ああそうか、あの俳優が喋らなかったのは原作のゲームを深く愛しているが故になんだってね。舞台挨拶だからどうしても「これは素晴らしい映画です」とか言って映画を持ち上げる発言をしないといけない。だけど、それはプライドが許さなかったんだ。
 きっとね、喉をやられているというのは嘘なんだよ。舞台挨拶の日に限って声が出なくなるほど喉にダメージを負う風邪を引くなんて滅多にないよ。それによく考えてみれば、声が出なくても文章にして共演者やマネージャーに代読してもらうことだってできるしね。だけど、実際にはそういう対処もなかった。舞台挨拶で舞台に上がる人間を地域ごとに調べると、やはりこの俳優が舞台に上がるのは僕が行った映画館だけだった。たぶん止むに止まれぬ事情があって、ここだけはお願いしますって頼み込まれたんだね。

 僕がこのエピソードに触れて改めて感じたのは「作品に対して嘘をつくべきではない」ということだった。舞台挨拶で喋らなかった俳優の肩を持つわけだ。ある種の気高さを感じたから。でも、正直に喋るのがベターだったようにも思う。
 この舞台挨拶もそうだし、小説本の最後の方にある他の小説を紹介するページとか、テレビの番宣なんかは「これは素晴らしい作品です」と褒めちぎるのが常だ。だけど、もっと作品に対して正直であるべきかもしれない。「それが良いか悪いかは別として、作り手の暑苦しさを確かに感じることができる。手放しで賞賛はできない及第点といったところ」とか「間違いなく大衆受けはしないだろうが、もし制作物においては独自性こそが価値あると考えるならば、昼寝をするよりはこの作品のために時間を使った方が得」みたいにね。評論は結構こういうところがあるけど、あくまで身内による宣伝の場においても正直でいられるか。ただそうは言っても、言うまでもなく宣伝する側には利益の追求が第一の目標としてあるわけで、そりゃ難しいよな。まあこれ以上ダラダラと話を続けると説教臭さが倍増するからやめとこう。

 でも、僕も口だけじゃない。深々と自分を省みた。で、だ。知っての通りこのラジオは「ワンルームラジオ」という名称だけど、これは昔ワンルームマンションでこっそりこのラジオを始めたことに由来してるんだ。今はそのマンションを出てちゃっかり2DKに住んでるけどね。引っ越すくらいには時間が経ち、同時に経験が積み重なってラジオを収録するのにもだいぶ慣れてきた。でも今ここでさっきの話に出てきた俳優のように正直になり、さらに僕の場合は一歩踏み込んで本音をリスナーのみんなの前で口に出すことにすると、大きな声では言えないけれどワンラジには初めの頃のような新鮮味はないし、端的に表現するとマンネリだと思う。それは僕の慢心のせいであり、時間という残酷な作用のせいでもある。
 だから苦渋の決断だけど、僕はこのラジオに一旦終止符を打つことにした。精神的にワンルームのラジオ局に舞い戻り、つまりは初心に返るために。しばらくの間さよならだ。今日はエイプリルフールだけど、これは嘘じゃないよ。どれくらい時間がかかるか分からないけれど必ずまた戻ってくる。その時にはたぶんリニューアルでタイトルも変わると思う。でも、ワンラジが確かに存在していたことを忘れないでほしい。
 新入生、新社会人のリスナーは友達や仲間をつくるきっかけにぜひ「ワンラジってラジオがあったの知ってる?」って話しかけてみて。これだったら「知らないなあ」って返ってきても会話を続けやすいね。

 オープニングトークが長くなっちゃったな。それでは最後のワンラジをよろしく!

(軽妙なジングル)

人生に必要なのは勇気、想像力、そして少しばかりのお金だ——とチャップリンも『ライムライト』で述べていますのでひとつ