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ショートショート|地球にて惑星対抗野球大会

 宇宙の膨張するスピードよりも速く物を転送する装置が開発されたのも昔のこと。それを用いて地球から各星に封書が届けられた。ペンで文字を書くのがロストテクノロジーになりつつある今、親善の意を示すためにわざわざ紙に綴られたそれには以下のことが書かれていた。ここでは火星に送られたものを例示しよう。ちなみに、アメリカ英語で書かれた文章を和訳したものである。各星に地球の言語を読み解く力が備わっていることは事前に了解済みであり、地球の公用語として英語が使われた。

 親愛なる火星人へ
 この書状をあなた方に送付したのは他でもない。星間における交流の促進のため、地球にて惑星対抗野球大会を開催することを計画している。ぜひ参加してもらいたい。この書状は水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星と特別招待枠として冥王星に送られた。

(略)

 開催地は地球のアメリカと日本である。アメリカのリグレー・フィールドと日本の明治神宮野球場にてすべての試合が行われる。どちらもプロ野球チームの本拠地であり、設備はもちろん、アクセス、歴史ともに良好の評価を受けている。
 道具(ユニフォーム、ボール、グローブ、バット、ヘルメット、捕手のプロテクター)は前もってこちらから送る。友好の印として受け取られたら幸いである。木製のバットに関してはその材質によって微妙な使用感の違いがある。アオダモは弾きが強く、ホワイトアッシュは硬さがあるというように。実際に使用して確かめてほしい。

 さて、概略ではあるが野球のルールについて記す。詳細はルールブックを併せて送付しているため、そちらもぜひ読んでほしい。守備位置などは文章で説明するより図解した方が把握しやすいだろう(守備側は9人の選手でフィールドを守る)。また、地球で行われた過去の試合の様子を録画した映像記録も送っている。
 野球は早い話が点の取り合いである。最終的に多くの点を取っていたチームの勝ちとなる。
 ではどうすれば点が入るか? 投手の投げた球をバットでフェア内(左右に引かれた線の内側)に打ち返し、ひし形の頂点に置かれたベースを一番下から左回りにすべて踏んで移動し、元の位置に戻って来れば1点である。一番下がホームでそこから左回りに1塁、2塁、3塁と定められている。一度に1周する必要はなく、ベースにはそれぞれ選手1人まで留まることができる。打球がフェアで、かつ外野側のフェンスをノーバウンドで超えた場合はホームランとなる。これにより4個の安全進塁権が打者と走者に与えられる。
 もちろん、守備側のチームには点が入るのを阻む手段がある。打者、または走者をアウトにすればよい。アウトになった者は上記の行動をする資格を失う。打者の場合、3ストライクを取る、野手が打球をノーバウンドで捕球する、またはフェアの打球を打者が1塁に到達するまでに1塁に転送することでアウトにできる。走者の場合、後ろの塁に走者が詰まっている状態で打球が転がり(さらにフェアと宣告され)、走者が先の塁に進むまでにその塁にボールを転送する、またはプレーの最中にベースから離れている走者にボールを持った手で触れれば、これもアウトにできる。3アウトでそのイニングは終了であり、これを両チーム交互にそれぞれ9イニング行う。
 戦術として頻出する用語がいくつかある。1つ例を挙げると盗塁がそうである。盗塁とは投手が捕手に投球する間に走者が次の塁へと走り、投手からのボールを捕った捕手がその塁にボールを転送するまでに走者が到達できれば攻撃側の成功とするプレーである。成功時には結果として1つ進塁でき、失敗時にはアウトとなる。他にもさまざまな戦術があるが、それらに関しては映像を観る方が理解が早いだろう。戦術ではないが、あまり発生せずルールも複雑なものがある。ボークやインフィールドフライイフフェアなどである。繰り返しになるけれども、よくルールブックを参照してほしい。
 国によって慣例的に使用されているボールに微妙な違いがあり、大きさ、重さ、縫い目の高さなどがそれに当たる。今大会は統一してアメリカ式で行う。またルールに適合するように、自身はもちろん道具も含めて瞬間移動や反重力の力を使うことは遠慮願いたい。
 ルールについては以上である。

(略)

 試合ができる日を楽しみにしている。それでは。

 ご賢察の通りこの大会はアメリカの、それもその政府が直々に発起したものである。〈世界の警察官〉などといわれることもあるが、地球のリーダーとしてのメンツがかかっているのだ。

 封書が送られて少しして各星から返信があった。それぞれ言葉選びは異なるものの内容は似たようなものであった。その内の1通を以下に記そう。海王星から送られたものだ。海王星の言語の一つであったがアメリカ国務省にて英語に訳され、さらにそれが和訳されたものである。

 親愛なる地球人へ
 我々は招待されたことを嬉しく思っている。遠く離れた地球人とこうして情報交換ができるのも。
 野球はサッカーやバスケのような時間制のスポーツではないことを学んだ。試合を決するアウトがない限り終わらないわけだ。そこには〈永遠〉がある。打順があたかも惑星のように回る、それはどこか詩のようだ。

(略) 

 最後に、訊きたいことは多くあるが特に重要なものをいくつか。各々のストライクゾーンはホームベースによって横幅と奥行が、打者の体によって縦幅が決定されるとルールブックに書いてあった。しかしその場合、我々のその縦幅はどう決まるのだろうか? ストライクゾーンの下限は打者の膝の位置によって決まるとのことだが、我々には膝というものが備わっていないのだ。せっかく送られてきた野球道具も、地球人の体格をもとに作られているが故に装着できないのが実情である。バットを握って構えることすらままならない。守備側になった際も、ボールは投げるのではなく地球人で言うところの口から射出することになるだろうが、それでも構わないだろうか? 

 野球をプレーできる日を期待して待っている。それでは。

 うっかり地球人は、人間の姿形が宇宙においてはむしろ珍しい例であることを忘れていた。こうして宇宙開闢からの歴史と同じくらい……とはいわないが、とにかく長い時間をかけてルールのすり合わせが行われるのであった。

人生に必要なのは勇気、想像力、そして少しばかりのお金だ——とチャップリンも『ライムライト』で述べていますのでひとつ