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ショートショート

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#ショートショート

🎖️ ピリカグランプリ すまスパ賞|ショートショート|誰モガ・フィンガー・オン・ユア・トリガー

「私がピストルの引金を引くのは上司に頼まれたからなの。決して私自身が好き好んでではなく……」と彼女は呟き、静かに水を飲んだ。 「それが役割ですから」と僕は返したが、自分でも気の利かない発言だなと思いゲンナリした。それで慌てて付け加えた。「あなたのおかげで静止した世界が動き出すんです。その先には喜びも悲しみもあるけれど、それはあなたのせいじゃない。まずは誇りを持たないと」  彼女と僕は仕事仲間だ。だから彼女の苦悩も分かるつもり。上からの指示をこなす日々に嫌気がさすこともある。

ショートショート|ほんの少しの希望があれば充分です

「蝶や鳥なんか見てるとさ、飛べるのって残酷だと思わない? 人間には羽がなくてむしろよかったかもしれないね」 「そう? 空を舞うのって素敵だと思うけどな」 「だって、歩くことが心底億劫になるだろうから……。私たちは本質的に満足ができない生物なんだよ、たぶん」  竜巻のように突然ですが、僕のこれまでの――大した長さではなく残念ながら貴重でもない――生涯について語らせていただければと思います。それでも、すべてを話すとあまりに冗長ですからトピックを厳選します。聴くのに料金はとりま

🎖️ note編集部 ピックアップ|ショートショート|ハロー・グッバイ・ハロー・グッバイ

 走ること自体も楽しいが、走りながら黙々と自分の世界に浸るのがより好きかもしれない。……ちょっと大人ぶってるかな。僕は中学生で陸上部に所属している。専門は長距離走だ。  朝の澄んだ空気の中で行う自主練は至福だ。世界を独り占めしたかのよう。走るのはいつもこの砂浜。2つ理由がある。  1つは、砂に足をとられて走りにくいため、むしろこれが良い負荷になって、脚力を鍛えるのにピッタリだから。アスリートもこのトレーニングは採用しているらしく、模倣するだけでなんだか僕も一流になった気分。

プロフィール

はじめにショートショート 「2019年生まれ、火星のアウストラレ在住です」 「君、就活の場でふざけるのかね?」と面接官は厳しく問うた。と同時に、目の前の男は今までに見たことのない妙な髪型をしているな、と思った。 「いえ、これは事実なんです」と就活生は答えた。「早い話が、私は未来人です」 「……その髪型は未来で流行っているのかね?」 「あ、そうです。しまった……髪型もこの時代に合わせるべきでした……」 「しかし、なんでまた未来人様とやらがこの町工場で働きたいんだい?」 「順

ショートショート|過去はどこに?

 理科の先生はアルコールランプを手に取り、僕ら児童に向かってこう注意した。「火を扱うんです。くれぐれもふざけないように」  アルコールランプの火で金網の上に乗せたビーカーの水を沸かすのだ。しかし、最も危険なのは火ではなかったのかもしれない。もちろん僕らはそれを知る由もなかった。こう書くと必要以上におどろおどろしい印象を与えるが……。  同じスイミングスクールに通っているため多少仲が良いクラスメイトの男の子が、目の前の僕に見せつけるようにマッチ箱を手で振った。箱の中でマッチ棒が

ショートショート|金は宇宙の回りもの

「おたくはどちらに?」と僕は隣に座っている男性の乗客に尋ねた。 「アウストラレ卓状台地までです。そこにビルを構える火星支社に出張でして」と彼はにこやかに答え、こう続けた。「わざわざ足を運ばなくても仮想空間で会議やらなんやらすればそれで済むと私は思っているんですが、上の連中はどうも頭が固くてね」  先述の通り表情は柔和だ――おそらくビジネスの世界に身を置くことで体得したのだろう――が、心の底からの吐露のようだった。初対面の僕に愚痴るのもどうかと思うが、だいぶ鬱憤が溜まっているよ

ショートショート|細い糸、弱い光、軽い存在

『存在の耐えられない軽さ』という小説をご存じですか? 著者はチェコ人のミラン・クンデラ。なんて正鵠を得たタイトルだろう。  ……と偉そうに紹介しておいて、僕自身、実はまだこの本のページを繰っていません。タイトルや評判に気圧されて、手がつけられていない小説が皆様の本棚にも存在する……なんてことはありませんか?  時間は余計にあるのに金が少ない。さて、金は有り余っているのに時間が足りないのとどっちがマシだろう? ……虚しい問いだ。僕はどうしようもなく前者だから。  でも今のとこ

ショートショート|大いなる期待のレシピ

 大きなお鍋を用意します。そこに水を注ぎ、〈目覚まし時計を気にせず眠っていい安心感〉を入れます。  火にかけてください。焦げつかないようヘラで軽く混ぜながら、〈平日に学校や職場で日曜日になったらこれをやろうと考えていた計画〉を放り込みます。うっすら埃をかぶっている本の読破だったり、ジャングルの様相を呈している庭の草刈りだったり、お好きなもので構いません。多くの場合、計画とは異なりロクに投入できませんが、間に合わせの材料で構いません。  それから〈せっかくの日曜日が終わってしま

🎖️ 青ブラ文学部 優秀賞|ショートショート|愛も変わらず

 遠足を翌日に控えた小学生のようにワクワクしている。似たようなものだな。僕の場合、明日は待ちに待ったデートだ。仕事の都合で僕だけ海外に住んでおり、同棲や結婚はまだ難しく、デートもたまにしかできない。だからすごく貴重。  それなのにこの遠距離恋愛が6年も続いているのはありがたいことだ。きっと彼女と相性が良いのだろう。  お気に入りの服はクリーニングに出しピカピカでシワの1つもない状態にし、クローゼットでスタンバイさせてある。靴も洗った。髪は3日前に美容師に切ってもらい、眉毛と

ショートショート|よるはあそぶ

 夜中、尿意で目が覚めた。布団から体を起こし眼鏡を探す。……ん? ないな。……睡眠中に無意識に私の腕が動き、定位置——枕元、読書に用いた文庫本の上——の眼鏡にぶつかりすっ飛ばしたのだろうか。  眠いし電灯を点けるのも億劫だし朝になったら探すことにした。トイレに行き用を足すという作業は近視であっても困難ではない。と高を括っていたが文庫本を踏んで足を滑らせ尻餅をついた。前言撤回。  朝、起床。仕事を全うしているのに憎まれて頭をぶっ叩かれる目覚まし時計って可哀想、などと考えている

ショートショート|お天道様が見ている

 アメリカが「世界の警察」と呼ばれるように太陽系のいわゆる警察は太陽その星であり、決まって燃えるような熱い心で取り締まっている。 「おい火星よ、『見かけの等級』という言葉を知らんとは言わせんぞ」と太陽は問い詰めた。火星は答える。 「は、はい。絶対的な明るさではなく、地球から見た際の明るさのことですよね……。距離によって見え方は違うと。存じてますよ、ええ……」 「お前には地球に賄賂——鉱物のオパールだそうだな——を渡してこの『見かけの等級』を改竄した容疑がかかっている。逮捕は

ショートショート|京都タワーという名のロウソク

「京都タワーって見た目がロウソクみたいだよな。細長いし、胴体は綺麗な白で、頭の方が赤っぽくて」 「ここだけの話、素材の半分は本当にロウでできてるんだよ。耐久力のためにもう半分は鋼だけど」 「またまた」と青年は笑い、こう続けた。「やっぱり関西の人間はウィットに富んでる」  8月、京都五山送り火が執り行われる。東山如意ヶ嶽に炎でダイナミックに描かれた《大》の字は印象深い。  さて、ではなぜこの行事が開催されているか、その理由についても把握している人間は少ないだろう。  そう、京

ショートショート|通信通信

 函館市のホテルで伝書鳩パーティーが開かれた。諸国の著名な飼い主が親睦を深める……のが建前だが、互いをライバル視しているためハシビロコウ——という鳥がいる——のように彼らの目つきは鋭い。 「半年前にな、アルハンブラ宮殿の庭からモン・サン=ミシェルの尖塔までウチの鳩が飛んだよ。まさに長旅だからトリップではなくジャーニーと呼ぶに相応しいじゃないか」 「距離の話をするならこっちも黙ってないよ。俺はオーストラリア人だがね、パースからブリスベンまでウチの鳩が手紙を運んだ。あの広漠な大

ショートショート|やはり弁当は心を込めて

 新しく弁当屋ができた。よく使う類のお店が近所にできるのはラッキーなことだ。  当然だが内装はピカピカだ。やつれ気味のスタッフが応対してくれた。店主かもしれない。たぶんまだバイトを多くは雇えていないだろうから。正面上部の壁にメニューが書き並べられたボードがかかっている。 「スタミナ弁当というのは?」と僕は尋ねた。 「疲れがとれる食材の豚肉やニンニクがメインです。この夏を乗り切れること間違いなしですよ」とスタッフは答えた。ふむふむ。 「こちらの精進弁当は植物性の食品だけが使わ