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アピアランス〈外見〉問題と原子爆弾(後編・最終回)|『子育て支援と心理臨床』より⑥

 子育て支援に関わる人々の協働をめざし、心理臨床の立場から子育て支援の取り組みと可能性を発信する雑誌『子育て支援と心理臨床』が、年1回小社から刊行されています。各号では子育てに関わる様々なテーマを特集してきましたが、そのほかにもエッセイや連載などで多角的な視点から子育ち・子育てを考える記事を掲載しています。このコーナーでは、そのなかから特に人気の記事・連載を紹介していきます。
 前回に引き続き、医師の原田輝一さんによるアピアランス〈外見〉問題に関する連載を掲載します。原田さんの連載は、今回で最終回です。

 現代社会において、人の健康や幸福と深く関連する外見(アピアランス)。病気や外傷により外見に不安や困難を抱える人々に、どのような心理社会的支援を行っていけるのでしょうか。
 原田輝一さんは、医師として治療に携わりながら、新興の学術分野である「アピアランス〈外見〉問題」の最新の研究成果を紹介し、その学術的知見と技術の導入をめざしています。本連載では、アピアランス〈外見〉問題の概要や、それに対処するための研究とケア開発の歴史について、事例を交えながら紹介していただいています。

*下記の内容は、『子育て支援と心理臨床vol.21』から転載したものです。『子育て支援と心理臨床』の詳細はこちらをご覧ください。

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前号までのあらまし
 これまで5回のエッセイを連載させていただいたが、いよいよ今回で終了となる。これまで述べてきたことは、アピアランス〈外見〉問題とは、海外でAppearance Mattersと表記されている学術領域を邦訳したものであるということだ。狭い意味では、特定の疾患をもつ患者がこうむりがちな、日常生活の中での困難と対処ケアを指す(外見に「問題」があるのではなく、外見の状態が、人によって日常生活上の「問題」をきたす場合を扱う)。広い意味では、一般人の範疇に属しているはずの人々が、外見への関心の強化によってこうむる困難も含める。後者には、メディアやSNSなどによる社会現象も含まれることから、文化全体を対象にした学術領域であると言える。前者と後者は別々のものとして研究されてきたが、臨床現場での問題と現実社会での問題は連続していることが示されるに及んで、一体として扱われるようになってきた。個々人と社会文化の両方の狭間で生じる問題なだけに、正確に把握することも対処することも難しいのが特徴であり、研究対象として最後まで手つかずに放置されてきた理由もそこにある。
 前回(原子爆弾前編)では、被爆者の問題とアピアランス〈外見〉問題の関連性を示唆したが、まだ詳しくは述べていない。今回のエッセイではその点を深く掘り下げ、被爆者とは究極のアピアランス〈外見〉問題を抱えた方々であることを示そうと思う。加えて、広島と長崎の原爆に対して、新たな解釈を提案しているミヒャエル・パルマの本を紹介した。それによると、従来言われてきたような大規模な核爆発はなく、原爆効果を偽装するために、種々の通常兵器が用いられたのではないかという。放射線と同様、それらは何年経ってからでも、被爆者たちに後遺症を引き起こす可能性があるという。
 今回のエッセイでは、被爆者のアピアランス〈外見〉問題と原爆への新解釈を並べて考えてみる。その根底に横たわっている人類の不条理について考えながら、人間社会が抱える闇の深みへと降りていこうと思う。
 
被爆者が抱える二つの苦難
 被爆者は二つの苦悩を抱えている。一つはサバイバーズ・ギルトであり、もう一つはいつ健康を失うかもしれない原爆後遺症についてである。加えて、その後遺症への不安に対して、社会からの偏見が重くのしかかる。多くの被爆者が、顔や手などの身体露出部に、消えることのない傷跡を負っている。それは、偏見を避けられないようにする烙印にもなっている。
 被爆者の体験を教えてくれる体験記やルポルタージュや小説をはじめ、童話やマンガにも優れたものが多数ある。被爆者が抱える問題を一番よく理解させてくれる作品として、私は、こうの史代『夕凪の街桜の国』をお勧めする。『この世界の片隅に』の作者でもあり、そちらのほうを知る人も多いだろう。
 作品の冒頭、主人公の女性が、友人が流行の洋服を自分で仕立てるのを手伝っている。できあがった洋服に喜ぶ友人は、その型紙を主人公にもあげようとする。しかし、できあがった洋服を見ながら、主人公は躊躇する。そして適当な理由を付けて、型紙をもらうことを遠慮したのだった。戦争が終わって10年のこと、復興途上の広島で、しゃれたノースリーブの洋服は女性の憧れだったに違いないのだが。
ページが進むにつれ、主人公の左腕に広い傷跡があることがわかる。原爆の被災から逃れるときに負ったものだ。主人公は思う。

ぜんたい この街の人は 不自然だ/誰もあの事を言わない いまだにわけがわからないのだ/わかっているのは「死ねばいい」と誰かに思われたということ 思われたのに生き延びているということ/そしていちばん怖いのは あれ以来 本当にそう思われても仕方のない 人間になってしまったことに/自分で時々気づいてしまうことだ
 
八月六日(…)何人見殺しにしたかわからない/(…)死体を平気でまたいで歩くようになっていた 時々踏んづけて灼けた皮膚がむけて滑った(…)わたしは 腐っていないおばさんを冷静に選んで 下駄を盗んで履く人間になっていた/(…)あれから十年/しあわせだと思うたび 美しいと思うたび(⋮)すべてを失った日に 引き戻される おまえの住む世界は ここではないと 誰かの声がする

(以上、こうの史代『夕凪の街 桜の国』双葉社 2004より引用)

 しかし、その愛を受け止めようとしたとき、原爆後遺症の病魔が顔を出しはじめる。そして愛してくれる人に見守られながら、やがて風が吹きはじめるとともに夕凪は終わり、主人公は亡くなる。以上が前半の『夕凪の街』のあらすじだ。後半の『桜の国』は、弟の家族の物語で、別の被爆者の女性と結婚している。現代においても被爆者の苦悩は消えることなく、その偏見は二世にも引き継がれている。
 そのことを、同じ現代に住む私たちも、私たちに関わりうる問題として知ることになる。そして後半の主人公たちが、自分の人生を肯定的にとらえようとしているところで物語は終わる。
 このように被爆者には、特に女性の被爆者には、被災のときに受けた消しがたい心の傷に加えて、自分は生きるに値しない存在であるという圧力を、世間からも自分の心の奥底からも受け続けている。爆心地付近にいたにもかかわらず生存した女性の被爆者では、後に自殺した人も多かったようである。一般的なアピアランス〈外見〉問題の苦悩と比べて、その原因は大きく違っているものの、その苦悩のありように関しては共通する部分が多い。つまり、社会文化的に圧力を受けること、そして自分自身の心によっても圧力を強く受けることである。
 

マンハッタン計画と核開発予算
 広島と長崎の原爆では、核爆発についてはもちろんのこと、その後の後遺症についても謎が多い。その謎解きをするのが、前回述べたミヒャエル・パルマの本(HiroshimaRevisited)である。幸いなことに福村出版より出版していただけることになり、現在、その校正を進めているところである。これまでに公にされてきた物理学的・医学生物学的エビデンスに再検討を行い、大規模な核爆発はなかったはずだという提案をしている。加えて、原爆の被害を偽装するために、有毒ガス(放射線疑似効果を有する薬物)などが使用された可能性も示唆している。そうした二つの原爆は、どのようにして開発されてきたのであろうか。アメリカの核開発は、多くの投資家と企業家が参集してはじまった。その計画は「マンハッタン計画」と呼ばれているが、計画全体の進行指揮を任された軍部の事務所が、マンハッタンにあったがゆえの命名だったのは有名な話である。しかし実態は、アメリカの金融界と産業界が、戦後の成長産業に賭けた大博打だった。
 戦前、ニューディール政策の単発的効果が終わる頃、世界恐慌時と同数の失業者が溢れていた。世界恐慌前の景気を取り戻すためには、第一次大戦で不十分に終わった悲願を、すなわちドルの国際基軸通貨化を達成する必要があり、ゆえにルーズベルトと彼の支援者たちは逆転を期して戦争を望んだ。戦後のドルの国際基軸通貨化は、ドルの金兌換制、ドル中心の固定相場制(ブレトン・ウッズ体制)、石油貿易のドル建て決済などで達成されていった。ヨーロッパの列強が植民地を失い、弱体化したことも関係している。そうした表だった状況の陰に隠れる形で、石油に代わる夢のエネルギー源としての核産業開発が平行して行われていた。
 パルマの提唱する仮説が正しいという前提で話を進めることになるが、なぜアメリカ側はダミー原爆を使ってまで原爆使用にこだわったのだろうか。それについては、翻訳書の解説に書かせてもらった。アメリカが第二次大戦に参戦する前、まだ世間で理解されていなかった核開発について、莫大な予算がアメリカ議会で承認される見込みはなかった。しかし、戦争に参戦して戦時体制になれば、戦時特別予算を利用できた。こうした予算は議会を通さずとも、大統領権限で機密予算として執行できた。ところが参戦する権限は大統領にはなく、アメリカ議会にのみあった。イギリスの対ドイツ戦では、アメリカ本土が攻撃されることはありえなかったため、それに参戦することをアメリカ世論が許していなかった。世論を変え、参戦する方向へ風向きを変えるためには、アメリカ本土が直接攻撃されることが必須だった。
 アメリカが日本に開戦するよう誘導していたことは、近年の歴史研究が明らかにしている。その理由としてよく挙げられるのが、日本と軍事同盟を結んでいるドイツへの開戦をもくろんでいたという点である。しかし、ヨーロッパのみならずソビエトへも、武器貸与法によって大量の兵器をすでに供与しており、アメリカは実質的に参戦状態にあった。ましてやドイツを直接攻撃する役割は英仏とソビエトにあったため、アメリカがドイツに正式に開戦する理由はなかった。
 日本に開戦誘導してまで戦時体制をとった喫緊の課題として、核開発予算の確保という点も見逃せない。1941年、それまでウランの核分裂に関する基礎研究が、シカゴ大学で行われていた。その知見から、核燃料の大量生産には、複数の方法を試す必要があること、そしてそれぞれの方法について、大型プラントを数多く建設する必要のあることがわかっていた。アメリカ参戦後、すなわち大統領権限で戦時予算が使えるようになってから、大規模な核燃料生産工場が全国に複数建設され、さらに核兵器製造研究所
がニューメキシコ州ロスアラモスに設置された。
 アメリカの核開発の名目は、核開発で先行しているドイツに対抗するためだった。ドイツ降伏の目途が立ってきた1944年、それを受けて、原爆開発の継続と日本への使用の可能性が確認されている。ところが考えてみれば、そもそもドイツへの使用は現実的でなかった。ドイツに対してはソビエトが中心に戦っていたので、そこに原爆を使用することはありえなかったからである。戦時の予算権は、戦後になると大統領から議会へ移るので、核開発に対して引き続き大規模予算を確保できる保証はなかった。ましてや、1945年時点でも核燃料の大量生産に成功していなかったとすれば、予算減額は不可避だったはずだ。結局、終戦間際に原爆(ダミーだったかもしれない)を実戦使用して、核戦争を現実に起こりうる危機として国民に突きつけ、冷戦への対処を避けられないものとして示すことが、開発予算の議会承認に必須だったのだろう。一方、原爆を使用された側の日本は、終戦に向けて努力したにもかかわらず、返答を待つしかない立場を逆利用され、無能を演じ続けねばならなかった。
 私の意見としては、原爆投下(偽装爆撃)にアメリカ軍が利用されたと考えている。つまり、アメリカ軍もまた被害者であり、終戦交渉を欲している日本に対して、無用の大量殺戮を強制させられたと考えている。終戦の年、日本の多数の都市を襲った空襲攻撃も、早期降伏を促すとか、アメリカ空軍の独立を目指していたとかの理由も挙げられているが、ダミー原爆と似た別の理由こそが、より大きな要因だったと私は感じている。
 
闇の奥底で
 アピアランス〈外見〉問題がなかなか解決しないのは、社会文化からの圧力が強力かつ執拗であることのほか、そうした圧力を自ら心の中で反響させ、結果的に自分自身を傷つけてしまうからである。それを克服するには適切な心理社会的支援が必要である。また被爆者の多くはアピアランス〈外見〉問題をともなっていたが、サバイバーズ・ギルトが強い分、問題が重篤化しやすかっただろう。平和なはずの現代でも、また平和ではない場所でも、こうした生き地獄が生まれてしまうのはなぜだろうか。それらを生み出す社会は、それと引き替えに何らかの成果を得ているのだろうか。
 原爆投下当時のアメリカ国民にはナショナリズムが浸透していたので、それを肯定する意見が圧倒的だった。最近は修正されてきているものの、肯定する意見はまだ根強い。だが、世界経済を牽引してきたはずのアメリカは、大きなジレンマを抱えるようになっている。ナショナリズムという頑なさの裏をかくように、それに関連した大きな代償を、国家予算からも対外債務からも払わされていることに気づいていない。その結果、戦略上高度なインフラや技術は実現したが、平均的な国民生活水準の向上は遅れをとるようになった。現在は二極化現象という言葉が表すように、国民の大半はその恩恵を受けられない状況になっている。今回の新型コロナ感染症拡大ではっきりしたことは、ワクチンを世界でもっとも速く量産できたにもかかわらず、もっとも死者の多い国として低迷してしまったことだ。その矛盾の大きさは覆い隠しようがない。
 こうした闇をのぞき込んでしまうと、人類は本当に進歩(進化)してきたのか疑問に思う。個人が安全と自己実現を求めて社会参加しようとする文脈と、そうした各個人を構成員として吸収しようとする共同体の文脈との間には、実は相当に大きな乖離が存在するようだ。
 その乖離は、一筋縄では理解することも接近することもできないようだ。それがもたらす弊害と閉塞感が、個人と共同体との間でずっと疼きつづけている。環境が変わりゆく中、常に新たな問題が現れ続けている。都市の拡大は繁栄なのだろうか、秩序を逸脱した過密な暴走なのだろうか。架空経済(実体経済に結びつかない信用と債務の過剰な増幅)を加えた現実の経済は、実態を把握できる範囲をはるかに凌駕しながら、逆に人類を翻弄する存在へと変化している。私たちが普段使う便利なはずのコミュニケーション・ツールは、人々を強迫的に縛るようになっただけでなく、実際に脅迫すらしている。現代社会がいまだ解決の糸口を見つけられない問題が存在するのは、その問題の根底が、光の届かない溝の奥底に根ざしているからである。その闇を照らせるだけの強い光はまだない。
 わかりにくく尻切れトンボのような結末で申し訳ございませんが、アピアランス〈外見〉問題にまつわるエッセイを終了させていただきます。これからもこの領域の発展を願って尽力していこうと思います。尻切れトンボとは、トンボは胴体が切れても平気で飛んでいく、ということからできた言葉だそうです。これまでの数々の痛みや断絶や乖離が、読者のイメージを先へと進めてくれることを願ってやみません。なお、ダミー原爆の話に興味ある方は、ぜひ福村出版の近刊(タイトル未定)をご覧ください。

原田輝一
医療・社会福祉法人生登会医師。急性期~回復期~社会適応期にわたる長期罹患患者において、一貫した心理社会的支援の重要性を認識してきた(特に重症熱傷領域において)。現在は医療福祉連携の全般で、最新の学際的知見と技術の導入を目指している。【主な著書】ジェームズ・パートリッジ著『もっと出会いを素晴らしく:チェンジング・フェイスによる外見問題の克服』(翻訳 春恒社 2013)、ニコラ・ラムゼイ著『アピアランス〈外見〉の心理学』(翻訳 2017)『アピアランス〈外見〉問題と包括的ケア構築の試み』(編著 2018)『アピアランス〈外見〉問題介入への認知行動療法』(翻訳 2018)いずれも福村出版。


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