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水のように 1

 辺鄙な場所にその大学は、ある。

 正門までの長くだらだらとした登り坂を、僕はいつものように歩いていた。いつも混雑するこの坂も、今は時間帯のせいか閑散としている。

 坂から降りて来るその老婆に視線が向いたのは、閑散としていたからだけではなかったと思う。あずき色の、どうみても外出着には見えないみすぼらしい上下に、ちいさな黒い鞄を肩から提げてお腹で抱えている。裕福でないのか、あるいは服装に無頓着なのか分からないが、とにかく田舎からわざわざ出てきました、という風情が明らかだ。

 学生ばかりが歩くいつもの坂道には不似合いな老婆から、僕は何故か目が離せないでいた。近づくに従って、老婆というほどの年齢ではないことが見て取れた。そして目が離せないでいた理由はその表情だと気づいたんだ。

 笑っているのだ。微笑んでいるのだ。

 誇らしげな微笑みだった。その誇り、その微笑みがあまりにも彼女に不似合いだったがゆえに、それだけに僕は神々しさを感じていた。


 その日がその大学の入学式であったと気づいたとき、僕はすこし胸が熱くなった。


 何故人間が地球に住むことを許されているのかいまだに分からないけれど、その時はちょっと何か解った気がして、

 「なるほどね」

 と、その辺りに呟いてみたんだ。

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